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②攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

さっき手を取った時は何ともなかったが、何故かよくわからなかった。

「とにかく動きましょう。夜明けにはまた追っ手が来るかもしれないし、もう追って来ているかもしれないから」

「そ、そうだね。動こう、とにかく歩こう」

月明かりしか頼りにならない。松明も持っていない俺たちはとりあえず道らしき道を歩く。
河の辺りを抜けると近くに街の灯りが見えた。
とはいえ寝静まるような時間だったので、灯りはちらほらついている程度だ。

「……ねえ、ここは何処なのかしら? 私、ずっと馬車に乗せられて来たからわからなくて」

「エルム王国の西の辺境。この辺りはリード辺境伯の領地だね」

「なるほど……そんなに遠くに連れてこられたのね」

エリーが囁くように言う。その言葉に俺はまだなにもピンと来ていなかったが、後から考えればそりゃそうだと言いたくなる。

「エリーは何処から来たんだ?」

「王都よ」

それだけを聞いた俺は、勝手にエリーは王都の裕福な家庭で育ったんだろうというくらいしか考えていなかった。
王都エルム。国の名前がそのまま着いた王城のある街。こことは違い華やかで、夢のような街。父さんから何度か王都の話しを聞かされたことがある。
思えば父さんは不思議な人だった。
街ではよく慕われていたし、あの肥えた大人達も父さんが出るとそう逆らえずにいた。
そのためか、父さんと母さんが暴走した荷車に轢かれて亡くなった時は街中の人間が悲しんだ。
そして、何にもならない、誰かも必要とされない俺が残った……。

「どうかしたの?」

エリーが俺の顔を覗き込む。考え事をしていたから歩く速度が落ちていたようだ。

「なんでもない……」

「河を越えて月が出て来た方角があっちだから……今は東に向かっているのね。すごい、何も考えずに王都の方へ向かっているのね」

エリーは言葉を交わした分だけ少し馴れ馴れしくなってきた。俺はそれに心地悪さを感じることなく、寧ろ気分は良かった。

「俺だってあの街から出たことないからわかんないけど、本気で王都を目指すんだったら馬車とかそういうので移動しないと、歩きだとどれだけかかるか……」

「そう……ね」

「……ごめん。人売りに売られたからここにいるわけだもんな」

「んーちょっと違うかな……私は……攫われたの」

「誘拐?」

「そう。それで色んなところを転々として、ここに居るの。正直、家の面倒事に巻き込まれて辟易としていた。でも逆にこのままあの家を離れられるならって思ったから、余計なことをしてくれたなって、ちょっとかんがえてしまったわね」

「余計なことって……でもあのままじゃ慰者になってどうせまた別のところに売られてを繰り返して、人らしく生きることができなくなる」

「そうね。恐らく、死んだほうがましに思えるような人生を送るんでしょうね。でも、今までの私もそうだったから……」

「今まで?」

歩く足を止めて俺は訊いたが、エリーの口は開くこと無く前を見つめていた。
無理に問うことでもない、詮索無用なこともあるはずと俺は割り切ってあるき始めた。

遠くからは小さな街に見えたが近くまで来ると結構な規模の都市だった。
門には『アリンガム』と掲げられていた。

「この街に来たことはあるの?」

「多分ない。覚えてないくらい幼い頃に来たかもしれないけど、さっきも言ったけど基本、あの街を出たことないから」

アリンガムと俺の居たスウィントンは別に交流を持っている街でもなかったし、噂すら聞いたことない。
むしろ隣町と言う意味では更に西に行ったグウェンダルの方が有名だった。

「君たち。子どもがこんな時間に外にいるのは……とにかく中へ入りなさい」

そうだった。俺は今年十四歳とはいえ、まだ子どもだったことを忘れていた。
守衛のおじさんは俺たちを門の中へ入れた。

「念の為だけど、旅券は持ってるかい?」

「いえ……」

「旅券……とはなんですの?」

エリーが突飛もないことを言ったがため、おじさんは目をまん丸にして数回瞬きをした。

「まあ子どもは免除されてるからいいが……旅には旅券が必要だからな。覚えておくんだぞ」

「旅……か」

エリーは俺の不安を払拭するように何やらソワソワしていた。

「とにかくここへ行け。このメモを持っていったら泊めてくれるだろう」

おじさんはそう言うと、一枚の紙切れを渡した。
そこには地図が書いてあり、おじさんの署名付きだった。
俺たち二人は知らない街を歩く。
アリンガムはどちらかというと交易都市といったところか、エルムの西側の交通の要衝でもあるが故、多くの行商人の旅団が荷車を停めていた。

地図に記された宿屋。少しボロくて、繁盛してそうにもない。
これだけの旅団が居て、ここまで流行ってないのは不思議でしかなかった。

「おや……こんな時間にお客さんかい?」

奥の暗闇からぬっと、中年女性が姿を見せる。
ふくよかで活気のある女性。おそらく、この宿の店主だろう。

「あの……これを渡せって言われて」

「なんだい……ったく……またラルケの面倒事かい? まあいいよ、見たところ怪しそうにもないし、一晩だけ泊まっていきな」

そう言うと、後ろの鍵掛けから一つキーを取ると投げるように渡してきた。

「あの……食事は?」

「あぁ? そんなのないよ。それに見ての通りうちは客入りが悪いからね。予約客の分しか食材も用意してないのさ。ま、客は居ないけどね」

俺たちはキーに記された部屋へ向かった。

「ベッド……一つだけじゃん」

エリーは当たり前のようにベッドに潜り込むと、一つ伸びをしてから、目を閉じた。

「寝ないの?」

「狭くない?」

「大丈夫。もしかして、嫌なの?」

「嫌というか……年頃の男女が一つのベッドでって……」

「意外とうぶなのね」

「じゃあそっちは初じゃないって言うのかよ」

それはまるで子ども同士の争い。
結局俺は、隣の寝転がり、エリーに背を向けるようにして眠りについた。

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みゃこいち(myacoichi)
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