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【毎日更新】初恋の相手が義妹になった件。第2話

 百花は真剣にアニメを見ていたが、僕としては少し青春の傷を舐められてしまうような感覚だった。
 もしも、新しく家族ができるとすれば、最も可能性がある父の再婚を考えていたからだ。
 そしてそこに連れ子がいたとしたら……と、このアニメを見ていた。
 僕の勝手な妄想だ。それが現実に、さらにまさか忘れようとしていた初恋の相手が義妹いもうとになるとは、思いもしていなかった。
 その元初恋の相手が僕のベッドに座って、隣にいることも、そう簡単に想像できなかったわけで、僕はこれからどうすればいいのか、少し考える時間が必要そうだ。

「あー、面白かった……けど、義理の兄妹ってこんなもんなのかしら?」

「これは元カノって設定だから、僕らとは全然関係性が違うにきまってる。僕らはただの同級生だったわけで……」

 少しそう明言することが複雑だった。僕にとってはそれだけではないからだった。
 一つ大きな息を吐いた百花は、僕をどう思っているのだろうか。
 それはまるで、夢の中で騒ぎ立てるあの頃の僕のようで、自己嫌悪に陥る。

「……そろそろ下に降りよっか」

 百花のその言葉で、二人は僕の部屋を出て一階のリビングへと向かった。
 なんだかんだ、夫婦になるくらい仲が良い二人が和気藹々と料理をしてた。
 炊事については祖母が担当していたが、亡くなってからは父が率先して料理をしていた。
 徐々に腕前が上がっていくのを目の当たりにしていたので、正直、不安はない。

「ご飯、もう少しでできるぞ」

「もも、片付けは済んだの?」

「うん。悠人に手伝ってもらった」

 清恵さんはびっくりしたような表情をしてから、安堵の表情を浮かべた。

「そういえば、悠人君とは二年の時同じクラスだったのよね? その時は仲良かったの?」

「良かったというか、波風立ってなかったというか」

「うん。多分殆んど喋ったことなかったと思う」

 僕と百花はグループが違うというか、僕は本を読んだりアニメを見たりと、オタク気質なグループに居たが、百花は普通の、キラキラした女子のグループにいた。
 なので、僕は常に、彼女を遠くから見ていただけだ。
 だけど、なぜか惹かれる所があった。顔が好みだったのだろうか、それとも他の何かが気になったのだろうか。
 そうだ、クラス替えがあった新学期初日に消しゴムを拾ってあげた時に、一言二言、言葉を交わしたんだった。
 自己紹介程度の会話だったろうか、その程度の会話だった気がする。
 その頃の僕は、周りと自分は違う。自分は特別だって思っていて、周りがやってること、流行りに逆行するような生活を送っていた。
 外に出て遊んでるやつを、嘲笑うように家に引き篭ったり、恋愛関係になった者がいたら、硬派を気取ってみたり、謂わゆる逆張り人生を送っていた。

「私、あの頃尖ってたかも。男子と話すだなんて、色目気立ってるって」

「僕もそうだったな。なるべく、人と関わらなかったり、恋愛なんてもってのほかだった」

「クリスマスとか、皆んなデートするんだーって言ってる中、私だけ一人でケーキとチキン食べてたし」

「僕なんか誰も来るわけない駅前広場のベンチに座って、如何にも待ち合わせしてますって雰囲気出してたりしてたよ」

 何故かお互いの黒歴史を暴露し合う僕ら。そこでふと疑問に思うことがあった。
 僕の記憶では彼氏っぽい男子がいたはずだが……それで僕は初恋を諦めたはず。

「百花、彼氏いなかったの?」

「え、うん。今まで誰とも付き合ったことない」

「へぇ……そうなんだ」

「え、悠人はあるの? 誰よ、教えて」

 ソファーの上で僕に詰め寄る百花。恐らく僕は、このあざとさにヤラレてしまったのだろう。
 無意識なモテムーブ。特に僕みたいな異性に耐性を持っていない人間には効果は絶大である。

「僕も彼女いない歴=年齢だからな。自慢じゃないけど、手も繋いだことない」

「……じゃあ今年のクリスマス空けといてね」

「予約にしては早くないか? せめてスーパーのケーキの予約が始まってからにしろよ」

 あざとい笑みを浮かべて、百花は僕を見遣る。そして、少し考えたのちに口を開く。

「じゃあさ、クリスマスまでに売れ残ってたら、クリスマスデートしようよ。家族で出掛けるって考えたら普通でしょ?」

「確かに、そうだけど……中学の奴らに見られたら、絶対そうは思ってくれないと思うけど」

 僕らは同時に、テーブルの上のコップを手に取り、入っているお茶を飲む。

「あなた達、一日で仲良くなり過ぎじゃない?」

「そうだ、悠人。父さん、嬉しくて泣いちゃいそうだぞ」

「そうそう、私達より結婚歴が長い夫婦みたいよ」

「そんなわけないでしょ、お母さん!逆に気を使いすぎてもなって思っただけよ!」

「そうだぞ、父さん!」

 僕らは二人同時に言い返すが、それをも仲の良さを演出してしまっていた。
 同級生であったこと、百花が割とコミュ力があったこと、僕の初恋相手が百花だったこと、それらが起因して、この親睦度になっている。
 夕食後、リビングでの家族団欒は慣れないことだった。4人で寛ぐだなんて、親戚の集まり以外では経験がない。
 恐らく、向こうもそうだろうなと、母親と娘を観察する……ことはなく、清恵さんは僕に質問責めをし、それをずっと隣で百花が聞いている。
 父はテレビのバラエティーを見て笑い、僕は数多の質問に苦笑を浮かべるしかなかった。
 多分だが、清恵さんなりに、僕を知りたかったんだろう。それもあるだろうが、叩けば延々と埃が立つ僕を半分おもちゃのように扱っているだけかもしれない。

「初恋の相手とか、すぐに言えそうだけどなんで秘密なの?」

 百花がそう言うと、僕は脳みそをスパコンくらい演算させて考えた。
 いっそ明かしてしまった方が楽ではないかだとか、これは墓場まで持っていく話だとか、楽になりたいだとか。
 叶わないものというのが、分かりきってる分、たちが悪い。

「例えばさ、小学校の時の同級生とかあるじゃん」

 じゃあ中学生の時の同級生と言えばいいのか?
 そうすると、誰かを特定せずにはいられないだろう。

「もしかして、中学の時? だったら言い辛いかも」

 そうだ、わかってくれて感謝する。
 僕はそっと胸を撫で下ろす。

「なんかでも気になるな……そこまで秘密にしたいくらいの相手ってもしかして、楓とか? ほら、めっちゃ美人の白坂楓。男子からめちゃくちゃ人気あったから」

「違うかな」

「ちょっと百花、あんまりそういうのはズカズカ訊くもんじゃないわよ」

 清恵さんの助け舟に救助されて、僕はなんとか一命を取り留めた。
 しかし、それはボロボロの舟で、勢い良く僕は水中に沈んでいった。

「もしかして、百花じゃないの? なんとなく、その話になってから、気にしてるから」

「それは単純に、中学の時の子だったら気付かれるからって、それで気にしてたんだよね?」


 動揺を隠しきれない僕は、穴があったら入りたいくらいだった。
 木を隠すなら、森にというが、動揺はどうやって隠せばいい?
 僕の脳内の1ビットのプロセッサーが火を噴いている。
 冷却ファンは回りっぱなしだ。

「……実は一瞬だけいいなって思ったことはある」

 こいつは臆病者だ。逃げた。楽になりたかったから、逃げた。
 しかも、すごく抽象的に言って逃げた。

「へ、へぇーそうなんだ……へぇ……」

 百花の様子がおかしくなった。動揺? そんなわけないか。

「つまりは百花が初恋の相手ってこと?」

「……そうなるのかな」

「運命……」

「は?」

 僕は百花の言葉に疑問符を160キロくらいで投げつけた。

「……私、チョロいからさ。憶えてないかもしれないけど、一緒のクラスになって初日にさ、消しゴム拾ってくれたじゃん? あの時からずっと……」

「冗談じゃないのか? その事なら憶えてるけど、どう考えてもあの一年間、脈があるとか思えなかったぞ」

「だって……周りの子はもっと明るい男子と付き合ってたり、好きになったりしてたから……言い出せなくて」

「まあ、まあ」

 清恵さんは完全に僕らの様子をエンターテイメントとして見ている。まるで、恋愛リアリティー番組を見ているように。

「でも、初恋は諦めて終わったって言ってたよね」

「男子と仲良さそうにしてたからさ、夏休み明けに。ああきっと彼氏ができたんだって思って」

「夏休み明け?」

 百花は心当たりがないのか、首を折れそうなくらい傾げていた。
 僕は一つ咳払いをして、少し頭の中であのときの事を整理してから話し始める。

「中学二年の夏休み明け。ほら、三年になると受験とかでそんなことに感けてられないだろ? だからみんな中二の夏に彼氏彼女作ってしてたから」

「言ったけど、私、彼氏できたことないよ……」

「じゃああの男子は……」

「俺じゃないか?」

 これまで無関心だった父が急に話に入ってきた。

「確かそうだ。夏休み終わりくらいに、百花ちゃんと二人で清恵さんの誕生日プレゼントを買いに行ったんだ。多分、それを見かけたんじゃないか?」

「そんなこと……父さんなら一目見ればわかるはず……」

「あの時、結構若作りして、美容院行ったりして髪型を変えたりしたからなぁ」

 父の当時の姿を僕はあまり憶えていない。
 確か夏休みの終わりあたりから出張に出ていたはずだ。確かに九月初旬には帰ってきていた記憶はあるが、雰囲気が変わってただなど、気にもしていなかった。

「そんな……」

「あ、確か百花ずっと初恋相手のこと名前で呼んでたわよね。そう、悠人君って。だから私、悠人君の苗字知らなかったのよね」

「そんなフィクションみたいな話、本当にあるんだ……」

 僕は笑いが止まらなかった。
 つまりは僕の叶わなかった初恋は、ある意味叶ったのか?
 僕が勝手に叶うまいと思い込んでいただけで、アクションを起こせばちゃんとリアクションがあったはずなのに、遠くから見ているという選択をしてしまったせいで、初恋は賞味期限を迎えてしまった。

「でも義理の兄妹になったわけだし……ある意味、家族になれたから、恋人関係とは少し違うわよね?」

 百花は僕にそう訊ねるが、僕はどう答えるべきか悩んでいた。

「だったら、私達、愛のキューピットだったってことね、利行さん」

「そうだね、清恵さん」

 二人が幸せそうで何よりだ。僕は、そう思って高らかに笑った。

「改めてこれからよろしくお願いします」

「それは、兄妹として?」

「それも、あるかな」

 母さん、天国から見ているなら僕はどうすればいいか教えてください。
 僕はこのまま初恋を叶えていいのだろうか。
 兄妹として、義理だけどその関係を築くだけじゃダメなのなら、僕は百花にどう接していけばいいのか……。

「単純に家族でいいんじゃない? ただ、少し特別な家族。そもそも連れ子同士だから仕方ないよ」

「なんで百花が答えるんだ」

「全部声に出てたよ」

 僕は気持ちを治めるために深呼吸をしてから、百花を見た。

「……こちらこそ、改めてよろしくお願いします」

 これはフィクションだ。ドラマやアニメ、小説の類いだ。そう思い込んで僕はヤケになって百花を抱擁した。

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