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⑭攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

思えばそうである。
ああ、こういう光景だったなと私は思った。
赤いその生命の源が、ルカの首元から噴き出る。
ただ一つ思えるのは契りを結んでいて良かった、ということだ。
その作用が私と幼い私とで共有されて、ルカは一命を取り留めた。

「何が……起こったの?」

まるで何も起こっていないような様子に、幼い私が思わずそう言うと、最も驚きを隠せていない首を切った本人であるサイモンに対し、魔力で強化した拳を打ち付けるルカがいた。

「あんたって人は……!」

馬乗りになり殴り続けるルカ。
私は徐にそれを引き剥がした。

「もうやめておけ、これ以上は殺してしまう」

呆然としているヘイズから幼い私は逃れてルカに駆け寄る。

「ば……化け物だ。やっぱり、魔導士は化け物だっ!」

ヘイズはそう言うと、逃げるように宿から出て行った。
私はサイモンの傷を少しだけ治療し、外の生ゴミ置き場にそれを捨てに行った。

「執念……と言うべきか」

私はそれを見下しながら言う。

「……へへっ、そんな立派なもんでもねえ。結局は、自分可愛さにやったことだ……理由はどうであれ、仕えてた国の姫に剣を向けた時点でとっくに終わってたんだろう」

「何もかもが、私のせいなんだな。私と言う存在がなければ、お前がこんな事をせずに済んだ」

「馬鹿を言うな。そんなこと言い出したら世の中全部がそうじゃねえか……」

「それもそう……だな。皮肉なことに、これがトリガーになるようだな」

私の意識が薄れる。
存在自体がもう無かったものになろうとしている。
記憶が鮮明に蘇る。
幼い頃に不思議な体験をした。それは未来の自分と出会う事だ。

「ルシアさん!」

ルカ……ああ愛しのルカ。
これからの私はルカと共に生きられると言うのか……なんと素晴らしい事だ。

「……お別れだな」

「未来で待ってて……ください。俺、絶対忘れない」

「忘れるも何も、私は隣にいるでしょう?」

エリー。
彼女がこれから色々な経験をして私になる。
荒野の魔女ルシアはこの未来には存在しないのだ。
つまり、私が荒野で孤独に暮らすことはない。
新しい未来が始まる……私も見てみたいものだな。

「ルシア……さん」

「っと……どうした?」

「私はあなたのように立派な魔導士になれますか?」

「なれるさ……だって私だろう? 当たり前じゃないか」

私の意識はまるでエリーに吸い込まれるようにして消えた。
不思議な感覚だ。まるで合体でもしたかのような感覚。
エリーとルシアが混在するような。
しかし、二つで一つ。繋ぎ目というものが存在しない表裏のような存在になった気がした。

「エリー?」

ボーっとする私を見かねたルカが声を掛ける。

「なんでも……ありませんわ」

そう。私はエリーだ。エレナ・エルムである。
まだ少しだけ浮遊感が残る足を動かして宿の中へと戻る。

「ルシアは?」

「未来に帰った」

リュカの問いかけにルカがそう答えた。

「じゃあ私達一族はどうなるの?」

「これを……」

私はポケットに入っていた紙をリュカに渡した。

「これ薬の作り方?」

「ええ。特効薬ってわけではないけれど、症状を緩和することができます。あとは免疫力次第なのでしっかり栄養を摂るように、とルシアさんが仰っておりました」

「ありがとう!ちゃんとお礼言いたかったけど……早速帰って試してみるね!」

そう言うとリュカは駆け足で出ていき、広場に出るとドラゴンの姿になり飛び去った。

「あのメモって……」

「もちろん、私が書いたものよ」

「やっぱり……」

「理論上起こり得ないことが起こるのが、現実ってものでしょ?」

私はウィンクをすると、ルカは何かを察したようだった。

「そもそもルシアもエリーも私ですから……ちょっと今はどっちなのかわかりませんが……人格と云えばわかりやすいかと思います」

「エリーの中にルシアがいる?」

「そうですね……どちらかといえば、私の延長線上にルシアがいると考えるのが自然でしょうね。記憶を受け継いだわけではないので」

とにかく言えるのは、よくわからないということだ。
私に吸い込まれるところを見ていたルカにとっては、私とルシアが一体化したように見えただろう。
だが、私は変わらず私だ。
ルカを失うことでルシアになるとすれば、つまり今はルシアではないということだ。

「ルカは、ルシアのほうが良かったですか?」

「そ、そういうわけではないけど……」

「未来の私ですから、いつか私もああいう風に成長するんでしょうね」

「……ルシアの未来では俺、死んでたんだよな」

「そう、ですわね。これからないわけではないことですから、逆にルシアが現れたらあなたに危険が訪れるサインなのかもしれません」

とりあえずその場は解散し、傭兵を失ったジェフがルカにその代りをするようにお願いをしていた。
部屋に戻りネグリジェに着替えた私はベッドに横たわり天井を見つめる。
同じ部屋のミモザは疲れているのかすぐに眠ってしまった。
私はさっきも寝てしまっていたので、少し寝付けず、色々と考え事をしてしまった。
父が私を邪魔に思っていたのはなんとなくわかっていた。
しかし実際命を奪おうとするだなんて思ってはいなかったし、誘拐されても助けることもしないくらいだ。
王都に帰ったとして、私はどうすればいいのだろうか……。
荒野に移り住んだほうがいいのだろうかと、私からルシアに近付くような思考回路を閉じて眠りについた。

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