⑪攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見
広場を駆け回りルカの姿を探すも見当たらない。
もしかして、追っ手に捕まりでもしてしまったのだろうか?
私はそんな予感に身を震わせる。
「あれ、姫様一人かい? 騎士くんはいないの?」
「ええ、はぐれてしまったみたいで」
ヘイズはジェフの露店辺りにおり、片腕を三角巾でぶら下げながらも一応の身辺警護をしていた。
「さっきまで大道芸人を一緒に見ていたんですけど、私が夢中になってる間に突然……」
「まあいなくなるのが突然だからね」
ヘイズは物腰の柔らかいナイスガイというか、優男だ。
腕を折ったのはこの前の魔物襲撃騒動時だとサイモンから聞かされている。
ヘイズも探しに出てくれるようで、一度宿で寝ているであろうサイモンに声を掛けに行くとのことだった。
私には、店の手伝いをするようにジェフが命じ、とりあえず店先に立つことにした。
「……ルカ」
行き交う人混みの中にルカを探すもいない。
距離があるのか、魔導石の波動も感じ取れない。
不安と恐怖が私を包み込む。
ここまで来られたのはルカのお陰で、自分一人では無力で、籠の中の鳥が外に出てどうすればいいのかわからないようなものだ。
自分が情けなく感じる。
力の使い方を知らない、大空をどう飛び回ればいいのかわからない鳥。それが今の私だ。
私は風がないと飛べない鳥、だんなてロマンチックなことを考え、それに対して自分に嫌悪を感じる。
自分が変わり始めていることを実感した瞬間でもあった。
同い年くらいの男女が通り過ぎたり、大人の恋人同士が手を繋いで歩いていたり、白昼堂々キスをしていたりと人々の多様さに目を細める。
我が国の民はこうも色々な人がいるのか……私は初めて自分が王族であることを自覚した。
「あの……」
「はい。どうかされましたか?」
幼女が声を掛けてきた。
自分と同じブロンドの髪と白い肌のまだふっくらした幼女だ。
「もしかしてわたしのおねえちゃん?」
「いいえ、私はあなたのお姉様ではありませんわ」
「そっかー」
女の子は駆け出すと別の少女にも声を掛けていた。
「なんだ、迷子か?」
「迷子……なのでしょうか」
「まあこのボスウェルも人が多く行き交う街だからな。色んな事情の人間が大勢いる。家を無くしたもの、家族を亡くしたもの、金を失ったもの。ここに限らずだがな……」
「父は何か手立てを講じてはいないのですか?」
「国は動かねえ。国は国益重視だ。しかも今の王権は今目の前の金しか見てねぇ。そりゃ中央はガッポガッポだろうが、地方都市はどんどん疲弊してる。若い働き手も王都に取られちまったり……」
アルマの娘であるカレンも王都へ働きに出ていると言っていたが、そこまで若者が王都に拘る理由が、私はわからなかった。
確かに流行った王子と給仕との恋物語があるとはいえ、そこまで王都に魅力があるのか、少し疑問に思った。
「私はほとんど王宮から出ることがなかったので、あまり街の様子は知らないのです」
「まあ、あんたが気にすることじゃないさ」
ジェフは正面を向いたままため息をついた。
人々は何を求めて何処に向かって歩いているのか。目的の店に向かう者であったり、家に帰るものだっている。
私はその中に相変わらずルカが紛れていないか探す。
すると遠くからサイモンが走ってくる。
「おい、ルカがいなくなったって?」
サイモンは少し息を切らせて言う。
「ええ、途中ではぐれてしまって……」
「そうか……とにかく俺も探しに行ってくる」
というと、サイモンはまた走って雑踏に消えていった。
結局、その後もルカは見つかること無く、宿で夕食を摂った。
川魚の塩焼きは、丁寧に焼かれており身がホクホクで塩気も相まって甘く感じられた。
そして近くの川で捕れた貝を使ったスープも旨味が凝縮されており、優しい口当りですごく美味しかった。
大人達は酒を勢いよく飲み、盛り上がっていたが、私は一人部屋に戻り体を休めていた。
なんだかんだで、あちこち歩き回った疲れが出ていた。
ジンジンと足の筋肉が脈打つのがわかる。
食べてすぐというのもあり、横になると猛烈な睡魔に襲われた。
目を閉じてそのまま夢の世界へと誘われる。
粗末な夢のようで、どこか現実味のある夢。
王座の間で私はルカと何かを話している。
父の姿はない。が、私はルカと王座の間を出ていく。下に待たせていた大臣と竜人族の娘と何やら話している。
その様子はわかるが、何を話しているか、言葉は汲み取ることができない。
「はっ!」
目が覚めると汗でぐっしょりした服が気持ち悪かった。湯浴みでもできないかと思ったが、贅沢は言えないしと、起き上がると違和感を感じた。
誰かの気配がする。
近くのランプへ火を灯す。
「うわっ!」
そこにはサイモンがおり、驚いたようにこちらを見ている。
「何をしていますの?」
「いや、寝顔を覗きに来たというか……別にいやらしい目的ではないんですけど」
「非常識ですわよ。女性の部屋に無断で立ち入るだなんて」
私がそう一喝すると、サイモンの表情が変わる。
「いやらしい目的ではないんですけどね」
ぬらりと背後に隠していた剣を抜くと、切っ先を私の喉元へ向ける。
「ルカがいなくて好都合だ。恐らく力比べでも剣技でもあいつには敵わない。だが、姫さん、あんたとなら、ね」
切っ先が肌に触れる。
その瞬間、一つ強い風が窓を叩きつける。
外にはおとぎ話に出てくるドラゴンがおり、こちらを睨みつけていた。
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