㉖攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見
「ええい!」
リュカの跳び蹴りがミモザに炸裂し、ミモザは壁際まで吹き飛ばされていた。
それを見たジェフは俺とリュカにも動かないよう指示をする。
「竜人族の娘か。だが何の解決にもなっておらん」
ジェフに囚われたエリー。身動きの取れない俺達は、為す術がなかった。
いや違う。何か考えろ。動けなくても頭は動かせるじゃないか。
ここまで来て、こんな最後はない。王都へ来てまで結局エリーを守れなければ、俺があそこで助けなければよかったんじゃないか。
そうか、俺が関わったせいで皆んなこんな目にあってるんじゃないか。
全部、俺のせい?
ジェフもミモザも、こうしているのは俺のせい?
そう考えていると、俺は剣を手放していた。
カランと金属音が鳴ると、全員こちらに注目した。
「ルカ!」
「もういいよ。やめにしよう、こんなの」
俺は一歩ずつ前へ踏み出す。
「う、動くな!」
「さっさとやればいいじゃないですか。それともできないんですか?」
「ぐっ……」
「ルカ、よせ!」
ルシアがそう叫ぶ。ウィルは変わらず様子を窺っている。
リュカも動けず、目線で俺を追いかける。
「く、来るな!」
「ルカ!せめて目を閉じろ!」
ルシアがそう言うと、その腹に王妃が一発蹴りを入れる。
「余計な口出しはするな」
「私としてはあなたの意識を反らせただけでも十分だ。行け!ルカ!」
俺はそれを合図に、身体強化を掛け一気に間合いを詰める。
それは疾風のように、目に追えぬ速さ。
「返してもらう」
そう言ってエリーを引き剥がすと、ウィルは一気にジェフに斬りかかる。
「チッ、老いぼれがぁ!」
ジェフの振ったナイフはウィルの左腕を擦ると間合いを詰めたウィルの剣がジェフの鳩尾に入る。
ウィルは切らなかった。だが、そのショックでジェフは気を失っていた。
「ふっ、どうせジェフにもまじないを掛けてやがるんだろう」
「恐らく……意識を失うと解除されるだろう」
「クソっ!役立たず共が!だったら……」
それは一瞬だった。
ドラグライトの剣が軽くてよかったと思った。
夫同様、首を切られた王妃はその場に倒れ込んだ。
「……」
その凄惨な状況にエリーは言葉を失っていた。
そしてその瞬間、エルム王国の国王ならびに王妃が亡くなったことで、王国は滅びた。
エリーに正式な王位継承権がなかったのだ。そしてその存在は抹消されていたので、エリーは王位を継承させようという大臣の言葉を断った。
「まあ、なんというか、解決したと言えるのだろうか」
「二度目のお別れですね。もう来ないでください」
「冷たいな。今度は未来に君がいるんだな」
「たぶん。楽しい思い出と一緒に」
「そうだな」
ルシアの体が半透明になっていく、そしてまたエリーを抱きしめるとこう言った。
「多分これは、この時間の自分と同期する作業なんだろう。私は先に未来に行くが、その情報の絞り滓が残る。エリーへのお土産みたいなものだ」
「ルシアさん……」
「私が来ればまた何か未来であったということだ。私が来た未来ではルカは王妃に操られてしまった。それでルカとは対立していたんだ」
「今度は一緒に手を取り合って過ごせますね」
そう言うとルシアはスッと溶けるように消えた。
それから一日が経った。
驚いた事に、ジェフとミモザは王妃に操られていた時のことを覚えておらず、事実を伝えると平謝りだった。
ミモザはジェフに同行せず、歳の近い俺達と行動することになった。
そして、自分たちがぶっ壊しておきながら何もしないのも申し訳なかったんで、国の特に政府の再建について助力することとなり、しばらく王都に滞在した。
エリー、エレナは王宮に戻り、俺は騎士団の宿舎に泊まった。
元聖騎士団の人達が国家反逆罪で牢に捕らえられており、それを解放すると、俺を担ぎ上げてまた聖騎士団を作るとか言い出した。
何処かで放浪しているサイモンもいつか出逢えば誘ってやろう。
次の日、会議室でエレナと会うと王女の雰囲気が出ていた。それは服装のせいなのか、装飾品のせいなのかわからなかったが、言葉にすれば美しいが似合う様相だ。
「まずは紹介します。こちらはルカ・ランドール。かつての聖騎士デイビッド・ランドール氏の息子であり、私直属の騎士です。それからこれは今まで伏せられていたことですが、私も同じくデイビッド・ランドールの子、つまりはルカとは双子の兄妹なのです。彼が兄で私が妹となります。以後、お見知り置きを」
その言葉に議場はざわついた。
そしてあくまでエレナ・エルムとしての出席だったが、その場の宣言でエルムの名は捨てるとした。
「私自信が、この国の恥であると言って差し支えないでしょう。先代の不貞により生まれた。それも勘違いだったのですが、それにより一つの家庭を崩壊させた。ましてや最も力のある聖騎士のです。このような国は早々に滅びて良かったと私は思います」
エレナは少し言い過ぎじゃないかって思うくらいだった。
「そして、ここに私は正式にランドールを名乗ることを宣誓いたします」
「では、この国はどうされるのですか?」
「ご自由に。私も自由に生きようと思います。それに、魔導士が王になるとあまりよろしくないと聞いておりますし私は相応しくありませんので」
お慌ての議場。大混乱の模様だ。
「私としては誰でもいいんですけど、例えば大臣なんてのはいかがでしょうか?」
「い、いや私は……」
「そうでしょうね。ならば国民に選んでもらいましょう。各地にお触れを出して、立候補者を募り、期間を定め自分をアピールしてもらいます。そして、国民に投票してもらい王を決める。これでどうでしょう」
「それだと街ごとの偏りが出そうだ」
「そうです、決まる間はどうされるおつもりですか?」
「そうですね。その間は私が王の務めを果たしましょう。私が崩御させたわけですし、責任は取らせていただきますが、先も言いましたが魔導士が王になる、それは皆さんの中で良いですか? 早速ですが多数決を取ってみましょう。今ここに私とここにいるルカとミモザを除いて二十五人います。賛成が十三人以上ならば私が王になる、それより少なければ別の候補を立てる。それでどうでしょう」
その場の全員はざわつきながらもその提案に同意した。
「ならば早速、私が王位に就くことに賛成の方、挙手をお願いします。ルカ、数えてください」
「はい!えっと……全員挙手です。二十五票ですね」
「全会一致で私が王位に就くことになります。すみません、この議事録をしっかり書いておいてくださいね」
エレナはミモザに命じる。
「それでは準備期間の間、暫定政府という形でやらせていただきます」
結局、王位に就くことになったエレナの毎日は忙しいものになった。
国中に国王の崩御は伝えられ、その真相も明らかにしていたため、国中からの不安の声、街の貧困鉱山の鉱物の産出量。財政難など大量の問題があった。
「この国……どうしてこんな状況なのでしょうか。いっそこの王城を売ってしまいたいくらいです」
「そんなに金にならないだろう」
「お兄様が王になればよかったのに」
「おいおい、自分で言い出したんだろう」
「そうだ、エレナが最初に言い出したんだ。自分で掘った墓穴だ」
項垂れるエレナに、俺とミモザは言葉責めを仕掛ける。
最近になってこの三人だけの時だとか、二人きりのときはエレナ『お兄様』と呼ぶようになった。
実際兄であるのは確かだが、なんだか気持ちがザラッとする。
「そう言えば、ふと思い出しましたが以前に二人が内緒話していましたわよね? 私の名前が聞こえたんで何か用でもあるのかと思ったら、そうでもなさそうで、物陰から聞いていたんですけど」
あれは何時の話だったか半分忘れている。
確かボスウェルでのことだった。
「あれは、ルカから告白された」
「嘘だ。あれはエレナに誕生日を聞こうと思って、理由を聞かれたか驚かせたいからってエレナには内緒にしておいてくれって言っただけだ」
俺は即座に嘘を訂正した。それでも、エレナは膨れ顔だった。
「お兄様はよくモテますね」
「モテる?」
「好かれるってことです。最近の若者言葉ですよ。同い年なのに知らないんだなんて」
「エレナ、ルシアに似てきた。胸以外」
「うん、確かに。喋り方もそっくりだ。胸以外」
「そこを強調しなくてもいいでしょう!そのうち大きくなるんです!」
そう言ってエレナは胸を抱き寄せた。俺はそれをじっくり観察した。
「確かに、大きくなったか?」
「ルシアのアドバイス通り、寝る前にマッサージをしているんです。よかった成果が出てきてますね」
「成果といえば、街の経済連携対策の街道整備が始まったぞ。職にあぶれた貧困層が作業員として雇用されてこれで少しは底辺の押し上げにはなるだろう」
「でもまだまだ三角形の底辺が広すぎます。それに国民が潤うだけでは国としてはやっていけません。一旦は税を下げていますが、上げる時に猛反発は目に見えています。それに帝国との国境沿い、数件ですが領土侵犯の報告がありましたね」
帝国は巨大で強大だ。エルムには資源が少ないから別に侵略される理由はないが、一気に来られたら一溜りもないだろう。
「攻められる前に軍事力の強化は必要です。兵の練度もそうだが、武器や兵器についても」
「エルムは言っても小国だからな、どう立ち回るかによるが、俺は帝国が嫌いだから付くなら極西連合国側かな。
「まあそれまで私が女王をやっていることはないでしょうけど、備えあれば憂いなしです。今後の王がやりやすいように土台を作ることにしましょうか」
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