【青春恋愛小説】いつかの夢の続きを(22)
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〈22〉壮大なテーマソング流れりゃその気にもなるかな
「陽菜?」
「ごめん、もう玖美子さん達、帰ってたか……」
「ううん。1人で寂しかったから。でも、陽菜ももう帰るでしょ?」
「そうだけど、挨拶だけしておこうかなって思って」
私はベッドのそばに寄り、美夜子の唇に軽くキスをした。
「じゃあね。明日には退院できるんでしょ?」
「うん、多分お昼くらいになると思うから、学校は行けないかな」
「そっか……ちゃんと美夜子の分のノート、書いてあるからね」
「ありがとう」
「じゃあね」
私は病室を出て一階へ降りると、玖美子さん達が待ち合いで待っていた。
「あ、陽菜ちゃん。電話しようかと思ってたんだけど……」
「美夜子の病室行ったらいなかったんで、帰ったと思ってました」
「陽菜ちゃんどうする? 今日も泊まる?」
「あー、今日はいいです。家も片付けなきゃいけないし」
「そう……」
「あ、でも荷物だけ取りに行ってもいいですか?」
「わかったわ」
病院の駐車場に泊まっていた車に乗り込む。
運転席には健一郎さんが座っていた。
「でも、大きな怪我じゃなくてよかったですね」
「そうね。受け身が役に立ったのね」
「私だったら、ダメだったかもしれないな」
「陽菜ちゃんも道場来る?」
玖美子さんの言葉に、健一郎さんが過剰に反応を示した。
「よかったら私自ら教えてあげるが……」
「だったら美夜子が元気になってから教えてもらいます」
「そう……か」
後部座席から見ていると、少ししゅんとなり小さくなった健一郎が確認できた。
立山邸に着き、美夜子の部屋からリュックサックを持ち出すと、帰りはタクシーで帰った。
いつものお姉さんではく、口の達者なベテランドライバーだった。
「あれ、もしかして、咲洲ひなちゃん?」
「え? あ、はい。そうですけど……」
「噂は本当だったんだねぇ。この辺りに住んでるって」
「そうなんですよ。あ、でも、あんまりプライベートの詮索はやめてくださいね」
「それはもちろん」
すぐに自宅マンション近くまで辿り着き、最寄りのコンビニで降ろしてもらった。
「晩御飯、何食べようかな」
コンビニの店内で色々物色していた。
結局、たらこスパゲッティにすることにした。
それと、濃縮タイプの野菜ジュースとカップのコーンスープも一緒に買った。
自宅へ戻り、たらこスパゲッティをレンジで温め、その間にお湯を沸かしていた。
その待ち時間に野菜ジュースを飲みつつ、ダイニングチェアを定位置に戻し、私のポジションに座った。
「やっぱり、家が落ち着くなぁ」
しんとした室内。レンジの稼働する音と、徐々にお湯が沸く音。それに換気扇の音しか聞こえてこない。
「テレビでも見るか」
テレビを点けると野球がやっていた。シーズン序盤の局面を左右するわけではない試合だった。
別のチャンネルに合わせると、バラエティー番組だったりニュースだったり、音楽番組だったり、どれもキラキラしていて、今の私には眩しい。
レンジの終了のブザーがなり、お湯も沸いていたので、コーンスープのカップにお湯を注ぎ、レンジからたらこスパゲッティを取り出し、蓋を開けた。
「いただきまーす」
プラスティックのフォークでスパゲッティを食べる。
安定のクオリティで丁度いい味付け、たらこの旨みが口に広がる。麺の硬さも抜群だ。
コーンスープはコーンの甘味と奥から出てくる塩気がなんとも言えない。
「こういうのもいいよね」
自炊するスキルがないため、1人の場合結局こういう食事になってしまうが、私はこれはこれで好きなものではある。
食事を終え、少し休憩してからお風呂に入った。
手早く済ませたかったので、シャワーだけで済ませた。
髪を乾かして、久しぶりに自分のベッドで横になった。
「なんだか、懐かしいくらいだな」
ここ数日、このベッドで寝る回数が少なかったせいか、そういう気持ちになった。
美夜子や優衣がいない、1人のベッド。
依存していた私と、本当の意味でさよならができた気がした。
結局、私はそのままスマホに充電ケーブルを挿して、すぐに眠りに就いた。
翌朝、私はアラームで飛び起きた。
「やば、遅刻する!」
歯を磨きながら寝癖をとりあえず直し、制服に急いで着替えて家を出た。
「あ、陽菜……」
「お、おはよう沙友理」
「おはよう……寝坊?」
「うん」
「そっか。今日は美夜子と一緒じゃないもんね」
「そうなんだよ。美夜子の家に泊まったら、やたら早起きなのに……」
「ふーん」
沙友理は、わざわざ学校の手前の交差点で待っていてくれた。
昇降口で紗季と合流し、教室へ向かった。
「美夜子ちゃん、今日退院なんやろ? 行かんでええの?」
「午後になるって言ってたし……帰りに美夜子の家に寄ろうかな」
「そうなんや。じゃあ今日も美夜子ちゃん休みなんやね」
教室に入り、自分の席に座る。
スマホを取り出し、少しSNSを見てから鞄にしまった。
「あ……」
「どうしたの?」
私の変な声を聞いた、隣の席の健斗が声を掛けてきた。
「美夜子の連絡先、聞いてないなって」
「え、そうなの?」
「いや、ずっと一緒にいたから連絡することなかったし」
「でも普通聞くでしょ」
「まあそうだよね……それを忘れるくらい夢中だったのかな」
「陽菜ちゃんって、結構大胆だよね。そういうこと、サラッと言っちゃうもん」
「でしょ? めちゃくちゃイケメンだと思ってる」
私はドヤ顔で健斗を見た。
すると、健斗はそれを見て鼻で笑った。
「僕の方が世間ではイケメンに思われてるからなぁ」
「それは物理的にでしょ。内面では私の方がイケメンかもよ?」
と、話していると予鈴が鳴り上坂先生が入ってきた。
いつもの日常。なんの変哲もない時間が過ぎていった。
昼休みは久しぶりに売店でパンを買い、沙友理と紗季と3人で中庭で昼食をとった。
相変わらず、紗季のお弁当は美味しく、沙友理は羨ましがっていた。
「あ、清隆さん」
「ひ、陽菜ちゃん!」
「なんで私をみてビビってるんですか」
「いやだって……その……」
「お知り合い?」
沙友理がそう訊いて来たので、美夜子のお兄さんと伝えると、沙友理も紗季も驚いていた。
「見えない……むしろ弟さんじゃないの?」
「でも、武道やってはるだけあって、腕とか逞しいですね」
「え、ああ、そりゃ今年も全国大会目指してるから」
「へぇすごいですね!合気道、うちもやってみたいなぁ。護身術にええんですよね?」
「い、いつでもうちの道場に来たら教えてあげるよ」
清隆はにやけながらそう言っていた。
「それじゃあ」
そう言って清隆は校舎内へと戻っていった。
「紗季ってああいうのがタイプ?」
「そんなことないけどなぁ。なんか弟と喋ってるみたいな感覚やったわ」
「いいじゃん、付き合っちゃいなよ」
「えーそうなると、美夜子ちゃんも陽菜ちゃんも妹になってまうやん」
「私もそうなんだ……」
食事を終えて教室に戻る。
その道中に福川さんと鉢合わせて、教材を運ぶのを手伝わされた。
「ありがとう、助かったわ」
「これ……なんか見覚えがある気が……」
「やっぱり気づいた? 昔作った、咲洲ひなを売り出すぞ作戦のでっかい手書きのプレゼン資料。あれを模して作ってみたの」
「へぇ……すごいですね」
「3人ともありがとね。あ、ジュースなんか飲む?」
「え、ええんですか?」
「やったー私、サイダーがいいです」
福川さんは昇降口脇の自販機でまず沙友理のサイダーを購入した。
「で、平岡ちゃんは?」
「うちは、リンゴジュースで」
「オッケー」
手際よくリンゴジュースを買い、次は私の番になった。少し何にしようか考えていると、福川さんはそそくさとボタンを押していた。
「はい、陽菜ちゃんはこれでしょ?」
「え、はい……」
「あれ? 違うかった?」
「いえ……なんか懐かしいなぁって思って。福川さん、いつも飲み物買って来てくれる時、これでしたもんね」
福川さんが私に手渡したのはレモンライムの炭酸飲料だった。
「陽菜ちゃん、意外と好み男子だからね」
「流石は元担当さんですね」
「こういうところで見せつけておかないとなって思って」
私達は教室に戻り、ジュースを飲みながら少し話、やがてすぐに午後の授業が始まる。
それが終わり私は立山邸へと向かった。
「あ、咲洲です」
インターホンに向かってそういうと、美夜子が出てきて引き入れてくれ、そのまま美夜子の部屋へと入った。
「大丈夫なの?」
「別に寝たきりになったわけじゃないんだから」
「そっか」
「それより、学校どうだった?」
「ん、楽しかったよ」
「どう楽しかったの?」
「え、そうだなぁ……」
私は美夜子に今日の出来事を伝える。
まるで親子の会話のようだった。
「しばらくはお預けだね」
「何が?」
「その……色々するの」
「そうね……横向いたりするのがまだ痛むから。このコルセットが取れるまで辛抱ね」
首コルセットを触りながら、美夜子は少し寂しそうな顔で言った。
私は肩を抱くと、美夜子の耳に口を寄せた。
「絶対、浮気はしないから」
「当たり前」
美夜子は払い除けるように私をあしらった。
「そうだ、美夜子の連絡先、訊いてなかった」
「そういえば……そうだったわね。忘れてたわ」
メッセージアプリのアカウントを交換し、早速スタンプを送信した。
「通話とかしてもいい?」
「いいよ。有料だけどね」
「お金取るの?」
「美夜子は特別無料でいいよ」
もちろん、冗談である。
そのことを美夜子も承知で、話を合わせてきた。
「今日ね、この連絡先知らないって話を健斗君にしたの。そしたら、普通最初にするでしょって言われた」
「確かに、普通最初にするよね。なんでだったんだろ」
「美夜子がいきなり色々したから……」
「私のせい? まあ、そうかも」
「私も気にしてなかったからなぁ」
スマホの画面を見ていたら通知が鳴った。
「あれ、お祖母ちゃんからだ」
メールを読むと、どうやらぎっくり腰をやってしまったので明日の母の退院には行けそうにないとのことだった。
「ぎっくり腰かぁ」
「代わりに私行こうか?」
「いや、怪我人連れて行けないよ。私だけで十分だし」
「そう……」
「それじゃ、そろそろ帰るね。家の掃除とかしなきゃだし」
「うん。また連絡する」
「うん、待ってる」
立山邸を出て、そのままのんびり歩いて自宅へ帰った。
途中のハンバーガーチェーンでチーズバーガーのセットを買って帰ってそれを夕飯にした。
部屋の掃除を、お掃除ロボットと協力して行う。
床はお掃除ロボットに任せ、私はそれ以外の部分の担当だ。
先に風呂掃除をして、お湯を溜めるスイッチを押しておき、掃除が終わったらお風呂タイムという楽しみを作って掃除を進めた。
「しまった、アイスも買ってくればよかったな」
そんなことを言いながら私は家中をピカピカにしていった。