⑫攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見
「な……」
文字通り絶句するサイモン。
その隙に私はサイモンから距離を置く。
運良く部屋の入り口付近に立ち位置を持ってこれた。
ドアを開けようかと後ろ手でドアノブに触れる。
「おっと、今は開かねーよ。外でヘイズが抑えてるからな。姫さんの腕力じゃ……」
『ほう……そうか?』
誰のものでもない声が聞こえてドアが勢いよく開く。
「まあ、もう少し行儀良く入って来たかったんですけどね」
「ちょっと……先に行くなよ……」
美しい女性が不敵な笑みを浮かべて部屋に入ると、後ろからルカが顔を覗かせた。
「ルカ!」
私は思わずルカに抱きついてしまう。
「あらまあ……少し妬けるわね」
「な……なんだお前!」
サイモンは剣をルシアに向ける。
なぜ私は彼女がルシアとわかるんでしょうか?
「サイモン、お前の企てはとうに破綻している。国王は聖騎士団を再設立することも、ましてやお前を復隊させるつもりもない。要するに、お前は捨て駒というわけだ」
ルシアがサイモンにそう言うと、サイモンは肩を落とし項垂れた。
しかしそれは偽り。
サイモンは剣と腹元に据えるとそのままルシアに向かって突き出した。
「なっ……?」
まるで障壁が、大楯でもそこにあったかのように剣は弾かれる。
「……っくしょう」
自棄になったサイモンは私に剣を振るおうと駆け寄るも、ルカにあっさり両腕を切り落とされた。
「俺は……エリーを守ると誓ったからな」
少し大人びて見えるルカ。
少しの間離れていただけなのに、どうしてこうも心が安らぐのでしょうか。
これも魔導石のせいでしょうか。
「ルシア……」
「分かっている」
ルシアが魔法を使うと、何事もなかったようにサイモンの腕が元に戻った。
「……分かったぞ。あんた、荒野の魔女だな。確かルシアと名乗っていたはず」
サイモンがそう言うとルシアは鼻で笑うと踵を返し、その場から立ち去る。
「ルカ、その子を連れて下まで来てちょうだい」
「でもサイモンさんは……?」
「放っておけ」
私はルカの手を取り部屋から出てルシアの後を追う。
床にへたり込んだサイモンは放心状態になって空間を見つめていた。
「ルカあなた、彼女と一緒に?」
「うん。俺にもよくは分からないんだけど、サイモンが何か企んでるって教えてくれたんだ」
「私は……心配したんですよ? 逸れてしまったと思って探し回りましたわ」
「ごめん……俺も急に連れて行かれたから」
「連れて行かれた?」
私の問いかけにすぐは答えないルカに少しヤキモキしたが、下の階の食堂へ行くと、ルシアがミモザに何か食べるものをと料理をさせていた。
「早く、こっちへ」
私を自分の隣に座るように指示するルシア。
私は特に断る理由もなく席に着く。
荒野の魔女。私でも噂は聞いたことがある、エルム国で最も有名な魔導士。
知識が豊富で私も一度は会ってみたい人物だった。
そんな荒野の魔女、ルシアがすぐ隣でミモザが作ったペンネを頬張っている。
「今日は何も食べてなかったから」
ルシアはそう言い訳するが、ものすごいペースで皿の上のペンネは姿を消す。
「ふう……」
お腹をさすりながら一息つく。
そしてじっと私を見ると、少し笑って頭を撫でて来た。
「な……なんですか?」
ルカがものすごい目で見ているが、ルシアは構わず頭を撫でて更に抱きしめる。
「14歳の私可愛い!」
「えっ?」
私?
今そう言ったの?
そう私は思いながら、訝しげな顔をしていた。
「あ、まだ言ってなかったわね。私は未来のあなたよ」
さらっと言った一言に私だけでなく、その場にいたミモザもジェフさんも驚いていたが、ルカは特に反応を見せなかった。
「未来の……私ですか?」
「ええ、私はあなた。あなたは私」
「それって……大丈夫なんですか?」
未来と現在の同じ人物が出会うことで何か影響はないのだろうか?
そう心配するのも野暮であろう、実際ここにいるのだから。
「ではずっと私と未来の私がいたということですか?」
「そうね。まあ、全く一緒ではなくなったけど、そのうち私、消えてしまうんじゃないかしらね」
そう言うと、ルシアはルカを見る。
ルカは少し俯きながら、コーヒーを飲んでる。
「未来の話をしましょうか」
ルシアはそう言うと、ルシアの未来であった出来事を教えてくれた。
私を庇ってルカが死んでしまうこと、それが不完全な契りによるものであると。そして怒りに身を任せてこの街を吹き飛ばしてしまうということ。
「だから、まずはルカとの契りをちゃんと結びなさい」
「契り……?」
「そう。だからさあ、キスをしなさい」
驚きのあまり机を叩いて立ち上がってしまった。
ルカを見ると、少し諦めのような表情をしていた。
「……じゃないと、エリーが受けたダメージが全部俺に来るらしいんだ」
「わかっていますけど……」
照れながらも私はルカの傍に行き、目を閉じた。
聞こえてくるミモザの照れる声。
ルカが唾を飲み込む音ですら聞こえてくる。
柔らかい物が唇に触れる。これがルカの唇?
「お子様のキスをしてどうするの?」
ルシアはそう言うと、私を引き剥がし、ルカと無理矢理キスをする。
「たぶん、私がしても大丈夫だと思うから」
絡まる舌が見え隠れする。
少し、胸の奥がギュッと抓まれたように痛む。
これは嫉妬なのだろうかと私は痛む胸を抑えた。
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