【毎日更新】初恋の相手が義妹になった件。第6話
次の日からはお互い少し落ち着きなく、それでも僕は集中して授業を受けた。
百花はといえば少し落ち着きがないのは確認できたが、だからと言って大きく変化が見られたまでではなかった。
時折、カレンダーを僕らが互いにチラチラ見ている様子を、清恵さんは微笑ましく見ていた。
「なんだか変な気持ちね」
「自分の子供のことのはずなのに、なんかよそのカップルのことを見ているみたいだね。リアリティー番組とか観てる感覚」
そう笑いながら、食器を洗う清恵さんと父さん。
二人だって仲良さそうに台所仕事をしてじゃないかと、僕はそれを見て思っていた。
そしてすぐ、週末土曜日になり、僕らは初めて二人で遊園地に出掛ける。
「忘れ物はない?」
「大丈夫だよ。全部昨日にチェックした」
「……悠人、父さんと遊園地行ったことないから、百花ちゃんにちゃんとエスコートしてもらうんだぞ」
「父さんとは行ったことないけど、修学旅行とかで行ったことあるから大丈夫だよ」
僕らは駅まで歩いてそこからターミナル駅までまず行って、そこから乗り換えて目的地のファンタジーアイランドへ向かった。
アイランドと銘打っているが別にしまってわけじゃない。ただ、テーマとして不思議な島と云うものがあり、園が離島というコンセプトになっている。
ありがたいことに、園の周りを堀が囲んでいるので、まさに島感はある。
「意外と人少ないね。もっと賑わってるのかなって思った」
「確か距離はあるけど、同じ市内に外画のテーマパークができて、今はそっちに集客を取られているらしいよ」
「へえ、じゃあゆっくり回れるね」
百花は鞄からチケットを取り出して僕に手渡す。
「ぺ、ペアチケットだから、一緒に出さないと」
「ああ、うん」
少し照れている百花の雰囲気に呑まれながら僕は返事をした。
入場口は空いていて並ぶことなく、僕らは無事入場手続きを済ませた。
園内に入ると、様々なアトラクションが点在しており、定番のジェットコースターや観覧車、急流滑りなどがあった。
「どれから乗る? やっぱり定番どころは抑えたいよね。ジェットコースターからにする?」
「いいね。とりあえずそれで、気持ちを盛り上げよう」
僕らはジェットコースターへ向かう。
ヘルマウンテンという名のジェットコースターはこのファンタジーアイランドで地獄と名付けられているが、ただ単にゴツゴツした岩山から着想を得ているだけだった。
「あ、これ、写真撮られるらしいよ。最後の大きい落差のところで」
「え……意識するの忘れそうだな」
僕らはスムーズに案内されて、座席へ着いた。
スタートしてまずゆっくり登りから始まる。いきなりクライマックスのような雰囲気だが、こういった上下のアップダウンを繰り返すタイプのジェットコースターだ。
「あー緊張するー。ね、手握ってて」
「……いいけど、サラッとそういう恋人ムーブするんだな」
「え、だって今恋人タイムじゃん」
百花は僕の手を握ると、そこから伝わる不安が僕に伝染する。
変に緊張していた僕はそれを意識すぎて目を閉じてしまっていた。つまり、急に僕の体は落下エネルギーに晒されたのだった。
「う、うわあ!」
思わず声を上げてしまったが、隣を見ると、目をギュッと閉じた百花が僕の手をギュッと握り締めていた。
声をかける暇もなく、車体はアップダウンを繰り返す。
そして最後の山は、最初のものより高く、徐々にそれを登っていく車体。
「あう……」
百花は何かを言いたそうだが、恐怖で言葉になっていなかった。
「もしかして君、絶叫系苦手?」
「ふぇ?」
百花が返事をしようとした瞬間、またも不意を突かれて体が落ちていった。
僕の手は百花によって握りつぶされるのではないかという恐怖と、落下する体の恐怖が入り混じる。
そしてスタート地点に戻ってきた僕らはフラフラになりながらその場を後にした。
「百花、苦手ならそう言えよ」
「悠人だって……最初変な声出してたじゃない」
出口でもらったスナップ写真。そこには目を瞑った百花と驚きの顔をしている僕が写っていた。
「これ、絶対お母さんたちに秘密ね」
「もちろん。これは墓場まで持っていく僕らの秘密だ」
とりあえず休憩をしようと売店で飲み物を買う。
「あ、私、お手洗い行ってくる」
僕はテーブル席のエリアに向かい席を確保しようとすると、どこかであったような人と鉢合わせた。
「あ……どうぞ。私、別の席に……ってこないだの信号待ちの少年じゃん」
「え?」
僕は少し驚いた後、彼女の顔をよく見て思い出す。
「ああ、あの時の後ろにいた……って、咲洲ひなさんですよね!」
「しーっ、声が大きい!」
まさか期待の若手女優と会えるとは……。
僕は変な意味でドキドキしていた。
「この前の子と来てるの?」
「あ、はい。今お手洗い行ってて……」
「うちのもそうだよ。さっきジェットコースター乗ったらヘロヘロになってた」
「……もしかして立山美夜子さんですか?」
「そうそう、よく知ってるねーって、まあ記事になってたしね。美夜子と来てるんだ」
なぜか僕は陽菜さんと一緒のテーブルに座って談笑をしていた。
「実は僕、小学生の頃に立山道場に通ってたんです。その時美夜子さんと会って、綺麗でかっこいいなって思ってました」
「でしょ? うちの美夜子は私より美人だし、胸も大きいしで自慢のパートナーなんだから」
しかし、二人の戻りが遅いことに僕らは疑念を持っていた。
が、そう思ってすぐ、お手洗いのある施設の方から二人が歩いてくる。
「あれ、なんでそっちも一緒なの?」
「陽菜こそ……誰よその男」
「悠人、なんで咲洲ひなと仲良くお喋りなんかしてるのよ」
百花は僕の隣に、美夜子さんは陽菜さんの隣に座った。
「悠人……もしかして澤田悠人君?」
「あ、そうです。昔道場でお世話になってました」
「大っきくなったね。私より背が高いんじゃない?」
「そうですね。いつの間にか美夜子さんを抜いてしまってました」
僕と美夜子さんのやり取りを驚いたように見ている百花。
陽菜さんは鞄からさっきのジェットコースターのスナップ写真を取り出して見せてくれた。
「見て見て、憧れの美夜子お姉さんの情けない姿」
「ちょっと陽菜!やめてよね!」
あれは初恋なんかじゃなかった。背も高いし、師範の娘だしということもあり、美夜子さんは大人の男性ですら軽く捻っていた。
あれは恋ではなく、単純な憧れ。ヒーローに憧れるのと似ている。
「それにしても、時間掛ってたけど、結構並んでたの?」
「あ、ええっと、私のせいなんです。ちょっとナンパに遭いまして……それで困ってるところを美夜子さんが助けてくれて」
「へえ、流石はうちの美夜子だね。私の時と同じじゃん。私は上級生から助けてもらったんだ。それで、恋をしたんだけどね」
「もう恥ずかしいからその話」
美夜子さんは照れながら陽菜さんの背中を叩く。
なぜか陽菜さんはそれが嬉しい様子で、まるで飼い慣らされた猫のように頭を美夜子さんに擦りつけていた。
僕と百花はそれを見て、大人の何気ないスキンシップの凄さを肌で感じていた。
「あ、ごめんごめん。高校生には刺激が強かったよね?」
「い、いえ別に……なんならずっと見ていたいくらいです!」
百花は前のめりになりながら、そう答えた。
「えーじゃあ一時間千五百円でいいよ」
「え、お金取るんですか?」
「そりゃ私、プロの役者だからね」
気さくに話してくれていたので僕らは忘れていたが、目の前にいるのは咲洲ひなだったことを思い出した。
「ねえ、よかったら一緒に回らない? 私達だけだと思ったより目立ちそうだからさ」
「確かに、人の少なさ的に目につきやすいけど、二人だって楽しむために来てるんだから、その時間を邪魔したらダメよ」
「美夜子はいつもそう言って二人きりになりたがるんだから、もう」
「そういうわけじゃないわよ!」
僕らはそのやり取りを微笑ましく見守っていた。確かに、お金を取られても文句は言えないかもしれない。
「まあ一応私にもWINな部分があるからこその提案なんだけど……どうかな? もちろん、断ってくれてもいいけど」
僕と百花は目を合わせて色々考えた。僕の考えと百花の考えが一致するかは別として、僕としては百花の決断を最優先するつもりでいた。
「じゃあ是非、一緒に回らせてください!」
「よし決まりね。これで今までやったことのなかったダブルデートってのができる」
「美夜子さんはいいんですか?」
「私は陽菜のやりたいことをやらせてあげるだけだから。あの子があなた達を気に入ったってことだし」
大人な考えだと思うと同時に、まるで陽菜さんの保護者のような見方だなとも思った。
「まあ僕も、百花の意見を尊重させるつもりでしたし」
「流石はお兄ちゃんね」
「知ってたんですか?」
「さっき聞いた」
美夜子さんは百花に抱きついている陽菜さんをひっぺがすと自分の隣に置いた。
「いやー高校生の男女と一緒に遊園地回れるなんて、自分達もその頃に戻った気分になるね」
「陽菜……それが一番年寄り臭い発言よ」
「え、そうかな?」
陽菜さんが僕らに訊ねるが、僕らはどう答えていいのかわからなかった。
「えっと、陽菜さんってテレビで見るイメージと全然違いますね」
百花はそう言うと、陽菜さんはニヤッと笑った。
「でしょ? あれはね、作ってる咲洲ひななの。私、本名はひなを漢字で書くだけなんだけど、漢字の、プライベートの陽菜と、役者であるひなは自分の中で敢えて分けてるの」
「へぇ……でもそれ疲れませんか? いやでもオンオフのスイッチ切り替えなきゃいけないってことですよね?」
僕の一言を聞いて、陽菜さんは少し表情を曇らせた。
「正直、そうだった。それで高校生の頃わからなくなってた時期もあった。けどね、その時支えてくれたのが美夜子なのよ。美夜子がいなければ私、もしかしたらもうこの世にいなかったかもしれない」
僕は今日一番の衝撃を受けた。あの咲洲ひなでもそんなことがあるのかと。
「だからね、人生の先輩として、ちゃんと自分には素直になること。そして、自分の大切な人を信じること。これが大事よ」
「それで散々な目に遭わされたのが私」
美夜子さんはイケメンのように陽菜さんの肩を抱き寄せた。
「あれは最初、美夜子が思わせぶりな写真送ってきたのが原因でしょ!」
「まあまあ……」
僕はその場を治めようと必死になった。
「そういえば二人の馴れ初めは? 今後の役者人生の糧にできればと思うんだけど……」
「あ、僕らは連れ子同士です」
「え、連れ子同士で付き合ってるってこと?」
陽菜さんに僕らのことを説明した。付き合う経緯などを話すと、陽菜さんはときめいたかのように話を聞いていた。
「なんかそれ運命ね。私たちも結構な運命だなって思ってたけど、そっちもなかなかね」
「いや、別に勝負してるわけじゃないんですから」
「そうよ陽菜。私達の愛はそんな天秤で計るようなものではないわ」
「そ、そうですよ!私と悠人だって……」
そう言いかけて百花は赤くなり、恥ずかしそうに顔を手で覆っていた。
「あら、百花ちゃんは結構自分で墓穴を掘るタイプなのね」
「うぅ……」
「純真な高校生をいじめるな大人」
陽菜さんはまた美夜子さんからお仕置きを受けている。
「それよりも何かアトラクション、どれにする?」
「お二人はもうどれかに乗られてますか? 僕らは来たばっかりで、ジェットコースターだけなんですけど」
「私達もジェットコースター以外乗ってないわ。あ、よかったらこれ行かない? お化け屋敷」
その言葉を聞いて、美夜子さんと百花は顔を引き攣らせていた。
「……二人、趣味合うね。なんか妬けちゃう」
「べ、別にお化け屋敷なんて怖くないですよ。ね、美夜子さん?」
「そ、そうよ。ね、百花ちゃん?」
僕もなんだか妬けてきた。
憧れだったお姉さんと意気投合している百花に少しジェラシーの気持ちを抱いていた。
「じゃあ、私、悠人君と二人で行くからね。そっちは仲良し同士で入るのよ?」
「ごめんなさい陽菜。お願いだから、私を置いていかないで……」
「そうよ、悠人。私もごめんない。私、悠人と一緒にお化け屋敷行きたいな?」
百花はあざと可愛い様子を見せた。ちょろい僕はそれにまんまと転がされていた。
「今時のJKはすごいな……」
「そうね……私もしたらよかったかしら?」
美夜子さんは陽菜さんにそう訊ねていた。
お化け屋敷には先に僕らが入った。定番の驚かせポイントや演出に加え、ミラーハウスのように鏡張りの部屋から脱出するエリアで、僕は百花を見失った。
ようやく見つけたと思ったら、その小さくなっていた人物が美夜子さんだったことに気が付いた。
「あれ……陽菜は?」
「見かけてませんよ? 百花、見ませんでした?」
「ううん、見てない」
「……歩けますか?」
「なんとか……」
美夜子さんは立ち上がってから自然に僕のシャツの裾を強く摘んでいた。
あの強くて憧れだった人が、こんな弱い一面を見せるだなんて……ギャップ萌えとはこのことだろうか? 僕はそう考えながら出口を探した。
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