⑨攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見
王都の傍で着陸し、リュカは元の竜人族の姿に戻る。
守衛がこちらを確認すると、リュカの姿を見て、急いで門を開けた。
「顔が利くんだな」
「どちらかといえば竜人族だからってのもあるし、魔女が手を回してくれてるから」
「荒野の魔女……どんな人なんだ?」
「一説では未来人。魔法で過去にやって来た人と言われていたり、未来予知ができるとか」
「確かに、予知と既知は似てるもんな。ようは、何が起こるか知ってるってことだから」
「そう……だから竜人族に病が流行ることも知ってた」
未来を予知できる割には事に対して対処しないのは少し変だ。
流行り病が里で起こるのがわかっていたのならば、起こさせない手もあるはず。そこは本人に聞くしかないか。
「どうして俺に用があるんだろう」
「さあ……何かムカつくことでもやったんじゃない?」
リュカに案内された先は、まさかの王城だった。
魔女の使いの者であるリュカに衛兵達は敬礼をする。
対するリュカは引っ切り無し会釈をしていた。
「あはは……慣れないなぁ、こういうの」
「俺は、この場が慣れないよ……」
俺のこの汚らしい格好で怒られないのだろうか?
「リュカ殿!」
小太りのおそらく、それなりに偉い身分であ中年の男性が駆け寄る。
「そちらが……」
「はい、ルカさんです」
「ルカ……ランドール」
「……!」
なんで知ってるんだ?
俺はエリーにさえ自分の名前をフルネームで言ったことはない。サイモンには父の名を尋ねられた時にラストネームは言ったが……。
「君の父上、デイビッド・ランドールはよく知っている。なんせ聖騎士団長だったからな」
「父は有名だったんですね……」
「ん……まあな。それにしても、あの子がな。いやはや、時間というのは怖いものだ」
『そう、時間とは恐ろしいものね。私を待たせないでちょうだい』
まるで頭の中に直接話しかけるような女性の声がする。
「まずい……機嫌を損ねるとどうなるかわからん。ルカ、早く王の間へ行くんだ」
「私は?」
「お前はここで待ってろ」
リュカは少し不安そうな顔で俺を見送った。
少し長い階段が緊張の糸を揺らす。吟遊詩人のギターの様に、弦が弾かれて震えるように心音が爆発するかのような音を奏でる。
階段を登り終えると、衛兵が重い扉を開く。少し音を立てながら開いた扉の先には遠くに王座があり、そこには誰も居なかった。
「こっち」
聞き覚えのある声がする。さっき頭の中に聞こえた声だ。
いや、それ以上に……この声は……。
「久しぶりね。ルカ」
「その声……エリー?」
「そう呼ばれるのも久しぶりね……尤も、私はもうその名前は捨てたわ。今はルシアって名乗ってる」
漆黒のドレス。カラスの羽のような襟元。鮮やかな紅色の口紅。美しいブロンドの長い髪はそのままで、顕になったたわわな胸元の妖艶さに魔女らしさを感じた。
所作の端々に、エリーを感じる。が、何より少しの高揚感が俺を襲う。それはその艶やかさのせいから来るものなのか、他に何か要因があるのかわからない。
「リュカにはお礼を言わないと。それに後で里に寄らないとね。それから、ルカ」
「な、なんですか?」
俺は何故か敬語になった。年上の女性。俺にそんな経験あるはずなく、どう接すればいいにか、わからなかったからである。
「嘘は良くないわよ? あの時、体になんの異変もないって言ってたけど……」
「え?」
魔女は俺のシャツを魔法で消し去ると、心臓のあたりをじっと見つめた。
「やっぱりね。私の魔力が確かに少し入ってるわね」
「それってどういう……」
「覚えてないかしら? ほら、あなた私が口をつけたコーヒー、飲んだでしょ。あのせいで、不完全だけど、契りが結ばれてしまってる。それによって僅かな魔力の共有と……」
「契ってなんだよ」
俺は話を遮るように問う。
「あの頃の私は心底、あなたに惚れていたようね。そのせいであなたを我が物にしたい、その独占欲のせいで無意識下であなたを文字通り騎士に、私の守護者に仕立て上げた。つまり、契が解除されない限り、あなたは私を守り続けなければならなくなった」
「あの程度の事で? 極僅かの唾液しか……」
魔女は僕の体を観察しながら納得の相槌を打っていた。
「ね、私とあってからの変化はわかる?」
「え……なんというかさっきまで一緒に居たのに、懐かしいというか、久しぶりに会えて嬉しいみたいな感じかな? リュカに連れて行かれてから、ずっと胸の奥がザワついてて、ずっとザラザラするような……。王都に入ったあたりから少し楽になった気がするくらいだけど」
「じゃあ、ちょっと試しに……」
魔女はナイフを腰元から取り出し、ロンググローブを外すと指先を切ってみせた。
「……っ!」
すると、俺の指先に切り傷ができて血が滴り落ちる。
「やっぱりね。これがルカが死んだ原因ね」
「お、俺が?」
「ああ、ごめんなさい。これは未来の話。あの間接キスで知らず知らずのうちに不完全で不平等な契りを交わしてしまって、私が殺さるはずが、全ての負傷があなたに行くようになってしまっていた。だから……」
「そんなことが……」
「ボスウェルでの三日目の夜。翌朝出立のため早めに床についた私は眠れなくて、あなたの部屋に行ったの。すると、サイモンとあなたが切り合ってた。サイモンの目的は私の命を奪うこと。そしてその命令を下したのは……国王」
「でも、サイモンさんは聖騎士団が解散して傭兵業をやってたんじゃ」
「未練があったのね。聖騎士団を復活させるのを餌に父がそうけしかけたのよ。ほんと、悪い知恵だけは働くんだから」
「じゃあジェフ達は……」
「彼らは別よ。でも口封じのためにミモザもジェフもサイモンに殺されてしまった。まあ、肝心の私は魔法の力で……あの街ごと吹き飛ばしてしまったんだけど」
「ま、街ごと?」
俺はあまりの事の重大さに驚いた。
「そう。あの街に漂う魔力全てを爆発させたの。怒りに身を任せてね」
「その後は……」
「色んな所を彷徨って、竜人族の里に辿り着いて、そこで流行っていた病を治したりした後はもう人里から離れた荒野に移り住んだわ。退屈な生活だったけど」
「思ったけど、そのせいかお嬢様口調が抜けてるな」
「これは未来での話になるけど、私は暇だったから兎に角古い文献を読み漁ったわ。そして、ある一つの古文書に辿り着いた。そこには、魔導石を持つ者同士の契りについて書いてあったの。契りとは、お互い深いところで結び付きあう事。それだけなら勿論、普通の人間でも極当たり前のことではあるけど、魔導石を持つ者同士は違う。結び付くとはお互いの魔導石の一部を共有するということだったのよ」
「つまりのその不完全で不平等な契りを交わしてしまったて、俺の中にエリーの魔導石の一部が?」
「たぶん……その契りが接吻による唾液の交換によって行われる。けれど、これについてはお互いの同意がなければ結ばれることもないらしいの。だから、魔導石を持つ者同士を無理やりそうさせるのはできないってことね」
「同意で言えば地下水路で騎士になる約束はしたけど、たったそれだけでいいのか?」
「まあ、私もあなたもお互い好き同士、だったってことね」
「な……何言ってるんだよ」
頭の中で誰と話しているのかわからなくなってくる。
荒野の魔女であるルシアとなのか、エリーと話しているのか……言葉の端々に違いはあれど、感じとれる雰囲気が、彼女をエリーと認識させる。
「それで……俺はこれから何をすればいい? エリーが刺されて、それを俺が代わりに受けたのならエリーの身が危険なんじゃないか?」
「ええ、だから全ての大元を、元凶を抑えた。いや抑えようとしたけど、遅かったわ……だから一緒に行きましょう」
「一緒に行くのならば、そっちが来ればよかったじゃないか」
「そうね。でもいきなり行ったら受け入れてくれないでしょ? それに、そもそもあなたとサイモンが取っ組み合ってる場が無ければ、事が起こることもないかも知れない」
「で……サイモンさんを殺すのか?」
「最悪ね。願いは既に頓挫してる事を伝える。さっき父に聞けば騎士団の復活なんて、そんなつもりはない、という事よ」
サイモンは捨て駒として利用されたのであれば、それを助けることも救いなのだろうか……?
俺は少し考え事を始めた。