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⑬攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

ルシアとのキスで、少しとろけた表情を見せるルカに私は嫉妬してた。
そして変な気分にもなった。
一応は私とキスをしているわけではあるが、それが今の私でない未来の私という点では少し納得がいかない。
しかしこれで、より深い所まで繋がりを持つことができ、契りと呼ばれるものになるということだ。
ルカは少し気まずそうに私を見る。
私も同様、少し気まずい。

「まあ、そう嫉妬するな。形式上唇はちゃんと重ねたんだから、ファーストキスはちゃんと奪えたんだから」

「しかし!ああまで情熱的なのを見せられると……」

私が赤面していることに気づいたルシアは、少しの間私を観察する。

「もしや……」

ルシアは私の方を掴むと、唇を近付けてきた。

「ちょっと、なんですの!」

「いや、試してみたいんだ」

「た、試すって……ん!」

重なり合う唇、入ってくる舌。私は、その初めての感覚に戸惑った。
しかしそれは刹那的なものであり、私は夢中でルシアと舌を絡める。
ルカがとろけた顔をしていたのがわかる。
脳髄まで痺れるような感覚、そしてずっとこうしていたいという欲求が私の中で駆け巡る。
そして胸の奥に感じていたざわつき、ざらつきが消えるとルシアはキスを止めた。

「ぷは……」

「流石は私、中々素質がある」

「そ……素質?」

「初めてにしては上手じゃないか。キス」

「そ、そんなことありません!」

「いや、ルカより上手だったぞ」

「俺よりって……」

私はルカを見れなかった。おそらくだが、だらしない表情をしていただろうし、淫らな姿を見られたと同じような気分だった。
ミモザは完全に顔を手で覆ってしまっているし、ジェフは興味なさそうに今日の売上の計算をしている。

「まあ、これで契りは平等になっただろう」

ルシアはそう言うと、再び椅子に腰掛ける。

「で、このあとだが……」

「ルシア!」

大きな声をあげて竜人族の娘が入ってくる。

「……どなたですか?」

「私はリュカ。竜人族のリュカだよって、ルシア、小さくなった? もしかして若返りの魔法でも使ったの?」

「おいおい……私はこっちだ。わかりやすいように口調まで変えているんだぞ?」

ルシアの言葉に少し驚いたが、わざわざそんな事をしていたのか。
確かに、話し方が少しルカっぽい。
私は王族としての振る舞いを意識しての口調だが、私であるルシアは違った。
ある意味では大人の女性の話し方とも言える。

「ルシア、早く竜人族の里に行こう」

「まあ待て……流行り病に効く薬草を集めに行かないといけないんだが、生憎、私はもう力になれそうにない……」

「どうして?」

「時間の流れを変えてしまったからな……今はまだ大丈夫かもれないが、何処かでタイムパラドックスが起こる。未来の人間が過去を変えてしまうと、本来不可逆で不変である過去を変える行為を私はした。私の時間での過去では、契りのせいでルカが死に、怒りで街を吹き飛ばし、その悪名だけが一人歩きをして、誰も来ない荒野に移り住んだ。だが、それは起こらなかった。ということは別の未来が存在することになる」

「そうですね。あと考えられることがあるとすれば、本来であればその枝分かれしていくところの枝の根元から折って枝分かれすることがなくなったはずなのに、まだあなたがここにいる理由があるのではないですか?」

「理由か……確かにタイムパラドックスが発生するのであれば、もうすでに私は存在できないはず。過去の改変により、この未来の私は存在しないはず……まさかまだ私が街を吹き飛ばす要因が何処かにあるのか?」

ルシアは机に肘を付き考え事を始めた。

「で、あるならばだ。なぜ私はそれを知らないんだ?」

「あ、あのー」

ルカが挙手して発言の許可を求めると、ルシアはどうぞと言わんばかりの仕草をする。

「俺が王城で聞いた話だと、口封じのためにジェフさん達もサイモンに殺されるってことでしたよね。さっきからの話からすれば、その部分が抜けてる気がするんですけど……」

「何を言っている、サイモンは無力化済みだ。それに私の記憶は正しいはずだ……君が殺されて怒り狂うのは……」

ルシアは珍しく言葉を詰まらせた。

「もしかして、過去が変わったせいで、ルシアさんの記憶も変わってしまった?」

「……そうかもしれない。では、ルカは誰か他の者に殺されるのか? 契りの件はクリアした。だが、それ以外で……」

そう話しているルシアの方を全員が向いた瞬間、私の腕を誰かが強く掴んだ。

「あ、動かないでね」

「ヘ、ヘイズさん!」

ルカが声を荒げる。

「サイモンがどうせ失敗するだろうなって思って隠れててよかった」

「どうして? あの時ドアを抑えていたんじゃ……」

私は首元に腕を掛けられながら苦しそうに言う。

「あれはつっかえ棒を噛ましていただけだよ。僕だって騎士団に戻りたいからね」

「どういうことだ、父はそんなこと言っていなかったぞ」

「僕は王様に頼まれたんじゃなくて、大臣に頼まれたからね」

「クッソ!あの狸め!」

ルシアは唇を噛む。

「……ルカ、お前は引け。お前が殺されてはおそらく未来と同じことになる。私は怒りでここにいる全員を巻き込み、魔力を爆散させる」

「でも……」

「忘れたか? 私は荒野の魔女だ」

少し得意げな表情をして、ルシアはヘイズに正対した。

「ヘイズ……君の望みは騎士団への戻ることだけか?」

「当たり前だ。僕は兄弟のために金を稼がなきゃいけないんだ。だから、今は傭兵の仕事なんかしてるけど、王都にいる兄弟の傍で働きたい……末の妹が病気なんだ……だから薬代を稼がなきゃいけない」

「それが望みか……もっとそういうことは根幹部分から説明するんだな。だったら助けになれたかもしれない。まあいい、ルカにそのことは任せよう」

ルシアはそう言うとキッとヘイズを睨みつける。
ヘイズは魔法を掛けられたのか、その巨体は膝から崩れ落ちた。

「骨折も偽装だったのですね」

「すみません」

「最初から言っていれば何か変わったのかな」

ルカがそう言うと、次の瞬間、ルカから赤い血飛沫がまるで火花の様に散った。



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