ブルーファイア・ブルーアイス

 極寒の氷雪世界。猛烈な吹雪の中を、一人の旅人はさまよっていた。旅人は故郷の惑星・ネプチューンの文明が滅んだため、今いる別の惑星に移っていた。

 孤独と極寒の中、旅人は小さな生き物と出会う。その生き物は氷の海よりも遥かに冷たく、まさに猛烈な吹雪を生み出す張本人のようであった。当然、旅人はその氷の生き物を目にするとすぐに身の危険を感じ、氷の生き物から離れた。

 それからしばらくして、長期間続いた猛吹雪は少しずつ落ち着いていき、やがて雲一つない青空になった。旅人が地上を探検をしていると、再び氷の生き物と出会う。やはり、素手では触れないほどの冷たさだったが、以前会った時に比べると生き物の体温は少し高くなったように感じられた。

 氷の生き物は懐いてきているようだったため、旅人は氷の生き物に「ブルーアイス」と名付け、一緒に探検するようになった。冒険の中で二人の絆が深まるにつれ、ブルーアイスの体温も高くなった。それに連動してなのか、周りの氷や雪も溶け出し、代わりに小さな草木が生え始めた。

 そしてブルーアイスが人間の肌と同じ体温になった時、二人は初めて抱き合うのだった。若緑の木の下で深く抱き合い、芝生に寝転がった。以前は冷たかった海も暖かくなり、水面下には色鮮やかな花畑が出来ていた。冷たすぎず、そして熱すぎない抱擁を二人で交わしたのは、それが最初で最後だった。

 ある日、ブルーアイスが高熱を出した。ブルーアイスの体はベッドが燃えそうなほどに熱くなっていたが、旅人はブルーアイスを看病した。そしてブルーアイスのために遠くへ赴き、手に入れた氷で新しいベッドを作ってあげた。

 ところが、ブルーアイスの高熱は治らないどころか悪化した。氷のベッドもすぐに溶け、雲になって消えてしまった。旅人を火傷させることを恐れ、ブルーアイスは急いでどこかへ逃げ去った。

 今のブルーアイスはどこへ行っても、森を焼き野原にし、湖を干上がらせ、王国の建物を破壊してしまう。王国の人々はブルーアイスを恐れ、ブルーアイスの被害を止める方法を模索。そんな中で、ブルーアイスと仲良しだった旅人が王国を訪れ、「私の相棒の高熱を治してくれ」と懇願する。

 心優しい王国の人々は旅人の願いに共感しながらも、今のブルーアイスを止めるには、ブルーアイスをこの星の最深部に隔離するしかなかった。王国の人々は旅人に「いつか必ず治す」と約束を結ぶ。そして終始、ブルーアイスと旅人に申し訳なさそうながら、ブルーアイスを最深部へ封印する。

 それから何百万年もの間、この星ではちょうどいい気温が保たれ、人々は安心で快適な生活を送っていた。

 ところが現代になって、再び気温の急激な上昇が発生した。この問題は温暖化と呼ばれ、世界中の国々で対策が進められたが、その原因はすぐにはわからなかった。

 ある日、大きな国の首相の元へ一人の青年が現れた。古代の予言を知る青年は、その予言が温暖化と大きく関わっていると告げる。

「大昔、まだこの星が寒かった頃、小さな氷の生き物がいました。彼は高熱を患ってから、周りの物を何でも燃やすほどに体が熱くなりました。

このまま彼の高熱を放置すれば、いずれ取り返しのつかない状況になります。ブルーアイスが第二の太陽になれば、地球は太陽よりも灼熱で、生き物の住めない星と成り果ててしまいます。

やがて、ブルーアイスの熱は銀河系全体にも広がり、銀河系のすべてを青い炎で破壊しつくします。最悪、ブラックホールでさえ彼には抗えず、長い時間をかけてこの宇宙すべてが青い炎の海に沈むでしょう。最後には、彼も自身の炎に飲まれて地獄の苦しみの中で死んでしまいます。

今、彼は青い炎の姿をしています。青い炎は赤い炎よりも熱い。それだけ、今の問題は深刻なのです。

彼の高熱を治す方法はありません。しかし人間の場合、どんな不治の病をも治す方法があります。それはブルーアイスにも言えること。悲しいけれど、何の罪もないブルーアイスを倒すしかないのです。地球のどの生き物よりも遥かに巨大なブルーファイア・ブルーアイスを倒せるのは、私一人だけです。

本当はブルーアイスも、安心して生きることを望んでいると思います。しかしもう、ブルーアイスは冷たい姿にはもう戻れません。子供だった、あの時みたいに。もうすぐ、ブルーアイスは新しい星になる準備を迎えています。それも、ブラックホールをも越える究極の天体です……」

 最初、首相は青年の話がよくわからなかったものの、事実を受け入れる。

「私は一人でブルーファイア火山へ向かい、ネプチューンを呼びます。それまでに必ず、住民を全員避難させてください」

 一人で立ち向かおうとする青年を、首相は引き止めた。

「一人で行くのは危険だ、私も一緒について行く」

 住民全員を安全な場所へ避難させたあと、青年と首相は急いで火山へ向かう。その巨大な火山の奥には、青白いマグマの海があったが、それはブルーアイスの体の一部だった。

「待っててね、ブルーアイス」

 心の中でそのマグマの海に寄り添い、青年は山道を急いだ。道を進めば進むほど、空気が熱くなるのを感じる。歩いた疲労もあるのだろうが、一番はブルーアイスが高熱に苦しんでいるからだった。

 やがて二人は山頂へたどりついた。地表に迫り来るマグマの海をみつめ、青年は青い空へ向かって叫ぶ。

「お願いネプチューン、ブルーアイスの熱を治して!」

 その時の青年は、長い時間を共に過ごした友達を何とか助けてくれ、と祈るような必死な瞳だった。

 すると、青年の祈りに呼応し、氷惑星・ネプチューンが上空に現れた。その姿は空も飲み込むほどに巨大で、穏やかな青色の球体であった。

「ネプチューン……かつて古代に文明の栄えた惑星か」

 ネプチューンの姿に圧倒される首相だが、急激に周囲の空気が熱くなるのを覚えた。青いマグマが深刻な熱暴走を起こし、ついに地表にまで流れ込んできた。

「早く逃げろ、君も危ない」

 首相は青年の手を引こうとしたが、青年は青いマグマから離れない。

「大丈夫、ブルーアイスはネプチューンが助けてくれます」
「しかし……」

 火山口から出てきたブルーアイスは今、浮遊して巨大な青いマグマの球体へと成り果てていた。周囲のあらゆる物体はブルーアイスの青い炎で燃やし尽くされ、首相も青年も高温で意識がもうろうとしていく。

 この間もブルーアイスは熱暴走を続けながら、どういうわけか、地表を離れて青空へ向かって飛んでいった。大気中に彼の熱が伝わり、この星の地上が青い炎に包まれる。

 ブルーアイスの熱に飲み込まれ、この星のほぼすべてのものが青い光を放ち一斉に燃え始めた。地上に広がる光景は青い地獄であり、青い炎の海であり、そして過酷な戦場でもあった。

 しかし、ブルーアイスもまた自身の青い炎に苦しんでいた。本当は何も傷つけたくないのに、涼しく温かく快適な場所で生きたいのに。ただ生きるだけで急速に熱くなる。生きるだけで、とても、熱い。けれども、どんなに熱くなっても彼は死ぬことはなく、ただ決して下がらぬ自身の体温に永遠と焼かれ続ける苦しみを味わっている。

 生命由来の知性も、冷静に考える理性も大火傷した彼は、この星すべてを燃やし尽くす青い悪魔と化していた。そして今、彼はこの星の大気圏も越えて冷たい宇宙空間へ到達した。しかし絶対零度の宇宙空間も、ブルーアイスの炎に触れた瞬間、一気に高温の灼熱空間に変わった。

 自分を冷やせる者、助けてくれる者はもう、この宇宙にはいない。ブルーアイスの中の絶望、そして苦しみは彼の青い炎をさらに大きくしているようだった。

 一方のネプチューンは、青い光を放ち続けもがき苦しむブルーアイスに、心配そうな輝きを放つ。片方は絶対零度、もう片方は灼熱地獄。真っ黒な宇宙空間で、真逆な温度の二つの惑星が対峙する。

 海のように心優しいネプチューンは、ブルーアイスをじっと見つめた。しばらく間を置いて、ネプチューンは一歩ずつ、ゆっくりと、ブルーアイスの方へ歩み寄る。ブルーアイスの周囲はとても熱かったが、それでもネプチューンは決して離れず、ただブルーアイスの側に寄り添う。

"今、君は熱くて苦しいんだね"

 そう穏やかに声をかけるように、抱きしめてあげるように。ネプチューンは青い炎も含めた、ブルーアイスのすべてを包み込んだ。

 ネプチューンの中にブルーアイスが飲み込まれた時、急激にネプチューンの温度が上昇したが、ネプチューンはブルーアイスを離さなかった。むしろどこまでも、彼の欲するままに思い切り抱きしめてあげた。

 ネプチューンの表面はとても冷たいけれど、見えない心の部分はほんのり温かいようだった。冷たい体の中で青い炎は暴走を止め、温かい心の中でブルーアイスは久しぶりに心地良く気持ち良くなった。

 低温のネプチューンと高温のブルーアイス。二つの青い星が重なり合う光景は、一人の聖人がもう一人の病人を抱きしめているようであった。

 しかし、両極端な温度の両者が急激に融合した弾みで、ネプチューンは蒸発し、ブルーアイスは凍結と、二つの星は非常に不安定な状態になった。

 同じ青だけれど真逆の青が、完全に混じり合ったその時、青い炎と青い氷の超新星爆発が起こった。

 その次の瞬間、別の新たな青い星が生まれた……。

おわり

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