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7.私をいじめていた友人

ともだちという定義や概念は、ひとによってちがう。それに正しいも間違いもない。深く考えると、きっとその関係はくずれてしまう。それほどに脆く、たくましい存在が「友」なのだと思う。

私には、20年以上の付き合いの友人が2人いる。年齢を重ねるごとにひとり、またひとりと減り、今は友人と呼べる人間はこの2人だけだ。そのうちの1人が、中学時代いじめに加担していた。仮称で、ミユと呼ぶ。

ミユはどういう女性かと問われれば、いつまでも少女みたいな、天真爛漫なひとと答える。よくも悪くも、天真爛漫なのである。だから、「ひとを傷つけている」という自覚があまりないのだと思われる。
そう思う理由として、そのとげとげした態度は私だけに当てはまらないからだ。

ミユは、一度も恋人がいたことがない。本人は「恋愛なんて面倒」と常々言っており、それは私も同意する部分が大いにあるので、否定することはなかった。
ミユは、「どんなに好きでも自分からアプローチすることは絶対にしない」と言い、男性からのアプローチを待つような子だった。ミユが絶世の美女なら外に張りついた皮で異性を引き寄せることはできるかもしれないが、ミユの皮は凡庸であった。

ミユは私の友人を気になっていた時期があり、それを察してよく食事の機会を作ることがあった。
私の友人は、性格も穏やかで盛り上げ上手だった。マラソンが趣味で、大会が終わった次の日に「おつかれ会をしよう」と食事の席をセッティングしたのだが、あいにくの雨で結局大会は開催されずただの飲み会となってしまった。
乾杯してそこそこに、ミユが口走った。

「私、マラソンするひときらいなんよな」

きょうは、「マラソンおつかれ会」なのだ。彼がマラソンを趣味にしていることはミユも知っている。空気が濁ったが、彼の持ち前のあかるさで立ち込めた暗雲がはらわれた。
にもかかわらずミユは、「マラソンって、長時間道路封鎖して通れへんやん。ほんまに腹が立つ」と追い討ちをかけた。
ミユ以外の人間が力を合わせて話題を変えつつ、食事会はお開きになった。その後、彼と会うことが何度かあったが、「ミユちゃんは連れてこないでほしい」と直々にお達しがあった。ミユにその事実は言っていない。

ミユの思惑としてはあの発言をすることで、もうひとつ上の包容力で自身の言葉をつつんでくれることを期待していたのかもしれない。いわゆる「ツンデレ」のような所作であるが、ミユの所作には肝心の「デレ」がなく、ただのいやなひとに成り下がってしまっているのだ。

よくも悪くも、ミユは本能のまま生きている。それは、私の元婚約者にも如実にあらわれた。
24歳の時、私は5歳上の男性と付き合っていた。出会ったタイミングも親しくなる機会もミユといっしょだったが、私と彼は音楽の趣味が一致したことがきっかけで、急速に仲を深めていった。
付き合ったことを前述した友人とミユに報告すると、ひとりは「おめでとう、付き合うと思ってたわ」と言い、ミユは、

「はあ?」

と怪訝な顔をした。想像を絶するリアクションに、私ともうひとりの友人は固まってしまった。2人と別れたあと、もうひとりの友人から「フォローできんくてごめんな、ミユがあんなリアクションするとは思わんかった」と連絡がきた。
どうやらミユは、私の元婚約者が好きだったようだ。今思えば、元婚約者がいる「バスケ」や「家系ラーメン」に誘うと、必ず参加していた。普段のミユなら、「そんなの絶対に行きたくない」と言うはずだ。

それからというもの、ミユは元婚約者を悪く言うようになった。
「服がダサい」「名前がダサい」「色が黒い」などと嘲るようになり、「もっといいひとと付き合えばよかったのに」「早く別れろ」と会うたびに言われた。友人に罵られる関係は思った以上にくるしく、それが原因で別れようと思ったこともあった。
それとはまったくちがう理由で彼と別れることになったとき、ミユは、

「ほら、だから言うたやん」

と笑顔で言った。
結果的に別れることになったが、婚約破棄という事象はどんな理由であれつらく、それを脇に置いて「私の言ったことが正しかった」と証明を続けるミユに疑問を抱いた。

この一件から私は、男女のごたごたは友人に言わないことを決めた。
その後自身のセクシャリティが「アセクシャル」「アロマンティック」に近いものがあることに気付き、落ち着いて男女関係について俯瞰できたことはよい収穫だった。

ミユの父と私の父は、小学校時代の同級生だったそうだ。父は、「昔いじめたことがある」と言っていた。スピリチュアル的なものは一切信じていないが、子世代に因果応報としてまわってきたのは、ほんとうにいい迷惑である。

ときどき、私の父の行動に対して「それ絶対不倫してるわ」と嘲笑うミユを見て、複雑な思いを抱いている。なぜなら、私はミユの父が不倫していることを知っているからだ。知人がミユの父と同職種で、たまたまその事実を知ってしまったのだ。
ミユは知らないみたいで、疑ってもいない。このことは誰にも言っておらず、墓場まで持って行くつもりだ。

ともだちと一口に言ってもさまざまな概念がある。
きっとミユは、自分より下の存在である私が近くにいていい気分で生きていることだろう。受験の結果を伝えたあとの、ミユのうれしそうな顔が想像できてしまうのがくやしい限りだ。

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