「わたしの部屋」暮らしレシピ#6 宿に泊まる
宿に泊まるのは楽しいです。
泊まって寝るだけの宿もありますが、滞在自体が一つのエンターテイメントとして楽しめる宿も多くあります。
自分の暮らしに何か活かせないかと、地方や都会の様々な宿に泊まっていろいろと勉強させて頂いています。
宿は外界でも暮らしに近い、また他人の提案する暮らし、おもてなしを体感できる良い教材のようなものです。
僕の宿での気付きは、本当にささいな事です。
え、当たり前じゃない?そんな事、と言われるような部分。当たり前だと思っていたことが主人の絶妙な感性のさじ加減で設えられている場面に遭遇するとやはり気分があがります。
そんな宿をこの暮らしレシピでも紹介していきたいと思っています。
今回は奥能登、珠洲にある「さか本」という宿に泊まった時の事を書こうと思います。
この宿は能登空港から車で30分ほど、
山里に隠れる様に佇むその宿は派手さもラグジュアリーなサービスもない所です。
知り合いを介して紹介してもらい泊まった時の事です。
さか本のホームページにはこの様な記載があります。
「もしかしたら、さか本は大いに好き嫌いを問う宿です。なにしろ、部屋にテレビも電話もトイレもない。
冷房設備もないから、夏は団扇と木立をぬける風がたより。
冬は囲炉裏と薪ストーブだけ。
そう、いたらない、つくせない宿なんです。」
確かに、周りには何もなく、寒くて、朝は鶏のコケコッコー!という鳴き声で叩き起こされます。
なかなかこれはこれですでに体験出来ない事なのですが、、
しかしご主人も気さくな方で、このホームページの記載ほどつっけんどんな無愛想な感じはありません。
泊まってみたいと思っていた方はその点安心されていいと思います。
この宿で印象的だったのは光です。
布団にあたる光とそれが作り出す陰影。
明け方、木々を通って青みがかった光がすだれを通りだんだんと明るくなっていく、時間差で変化する見たことのない色。
外界から部屋への接続部分には、黒漆が塗られ毎日拭きあげられている床があります。
鏡の様にはっきりと映らずぼやけていて、わざと作り込まれた反射ではなく、あくまで自然な反射なのです。
田舎暮らしの家ようにみえるこのような光景ですが、実はどこの田舎でも見る事ができない、宿の主人が選び、配置し意図的に作り出された一つの景色なのです。
その意図的と自然の間のバランスが絶妙です。
人工物と自然の境を曖昧にして。分かりづらい他人の主張を、それが正解でも間違いでもなくただ自分が感じる事が出来るという事は、例えば美術館で現代アートの作品を見て、見方が分からないながらどこかに感動する事と少し似ているのかもしれません。
この宿は、食事や地元能登の漆器の器が素晴らしいのですが、やはり一番印象的だったのはこの光のバランスでした。
適切な照明。光を当てる対象の位置。素材。そこには確かにご主人の拘りが宿っています。
自宅へ帰ってきてからというもの、部屋で、朝電気を着けて夕方までそのまま付けっぱなし、という事がなくなりました。
今や人が部屋に来る時も、来ない時も僕はこっちを点けたり、あっちを消したりして時間によってこまめに部屋の光を調整しています。
能登さか本で感じた、”時間と共に部屋に入る光の角度も量も動く”という事を前提に、光を楽しむことを考えながら調整しています。
部屋に遊びに来た人は多少変に思っているかもしれませんね、、
ぼんやり明るく、そして光量を絞った照明を点けた夕方の時間は1日のメインとも言いたくなるほど贅沢な時間帯です。
暗くなりかけた太陽に雲がかかって一気に暗くなると、部屋の小さなペンダントライトが際立ちます。
雲は動いているので明るくなったり暗くなったりするのが夕方の時間の特徴で、
そういうシーンを見ていると、あぁ、いいなあと思うわけです。
普段都会で暮らして、一日中一定の照明下にいることが多いので、なかなかそういった事に気付きづらいものです。
そういった生活の意識が変わるきっかけが能登さか本のような宿だったりする訳です。
田舎の宿でも、都会のホテルでも、そこで感じた小さな事が実際に自分の生活への意識を変えてくれます。
宿に置いてあるこの家具いいな、とか、この照明いいな、とか少しでも感じると僕はどんどんその宿の人に聞くようにしています。
宿の主人も聞かれたら嬉しいものなので、そこで楽しい会話が生まれるかも知れません。
あそこで使ってて聞いて僕も買ったんだよね、とか、このしつらいはあそこがやっていていいと思って真似したんだ、とか。
思い出と共に生活がアップデートして、それによって友人達との会話も弾みます。
こういった時期で、いろんな場所に旅をするのは少し先になりそうですが、そういった自分をアップデートしてくれる宿に訪れてゆったりとした時間を過ごしに行きたいですね。
おわり
LAPIN ART 坂本 大
現代のうつわと古美術骨董を取り扱うLAPIN ART OFFICE ディレクター。本プロジェクトを通して、自分の大切な物との向き合い方を、自らが描く理想の暮らし方とギャラリストとしての知見を掛け合わせながら提案する。
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