60年代マンション、ビラ・ビアンカが提案する都市の生活空間。
鼎談
興和商事株式会社 取締役 新槇照代 × LAPIN ART 坂本大/関電不動産開発 中平英莉
東京・神宮前エリア。明治通り沿いに建つ高層マンションのビラ・ビアンカは、日本の高級集合住宅の先駆けとなった、RC+SRC造、地上7階地下2階の建造物。興和商事株式会社の創業者・石田鑑三が「ビラ・シリーズ」の第一弾として計画し1964年に竣工しました。時代は高度経済成長期、新しい都市生活に向けて提案されたデザインの意味とは?
興和商事取締役の新槇照代さんに、「わたしの部屋」のディレクションを担当するLAPIN ARTの坂本大さんと関電不動産開発の中平がお話を伺いました。今回はその前編です。
ビラ・ビアンカといえば、特別仕様のキッチン
坂本:ビラ・ビアンカといえば、やはりこの特徴的なキッチンですよね。近未来的なデザインがたまりません。これは1964年当時のものでしょうか?
新槇:はい、そうです。ビラ・ビアンカには45戸の部屋がありますが、オリジナルのキッチンは3戸ほどしか残っていません。デザインもスペックもほぼ当時のまま現存するのは、この部屋だけ。とても希少です。
坂本:背面のキャビネットもキッチンに合わせたものなのでしょうか。
新槇:こちらは十数年前にリフォームされたものですが、オリジナルの物件にも壁付のキャビネットがありました。キッチンの左側の壁は、隣室のベランダに接しています。いまは残っていませんが、オリジナルの仕様では、壁の一部にガラスブロックを入れて視線を遮りながら採光していました。
発売当時のパンフレットによると、ビラ・ビアンカのコンセプトとして「恵まれた環境に、快適な住宅」、「住む人の誇りとより豊かな暮らしを保証するユニークな高級分譲住宅」とうたわれています。デザインにこだわったマンションは、都心を生活拠点とする富裕層にとって理想の住空間だったのでしょう。
部屋の随所に当時の最先端デザイン
坂本:シンクももちろん特注ですね。ステンレスと木の組み合わせもいいですし、シンク下の筒型のデザインは扉でもあり、物入れとしてちゃんと機能するよう考えられています。
新槇:興和商事の創業者・石田鑑三は、ヨーロッパやアメリカへの視察旅行で見聞きした、最新の住宅デザインや機能を取り入れました。ビラ・ビアンカのキッチンシンクには、1964年の時点ですでに冷水の出る蛇口とディスポーザー付きの排水溝が搭載されていたほどです。
坂本:日本に上陸したばかりの最先端の機能をあれこれ盛り込んだ共同住宅だったんですね。
新槇:石田の頭の中には、デザインやディテールについてかなり具体的なイメージがあったようですが、本人は専門家ではないので図面はひけません。いくつかの建築家の作品を見比べて、堀田英二氏に設計の依頼をした後も、「こうしたい、ああしたい」と活発に意見を述べたようですので、この建築には、石田の希望が強く反映されていると思います。
給湯をはじめ、冷・暖房は、セントラルヒーティングで供給されています。「スイッチ一つで季節を自由にコントロールできるエアコンディショニングシステム」も、都会で心地よく暮らす住空間を提案するビラ・ビアンカの売りの一つでした。
空中にせり出すようなリビングダイニング
坂本:二面採光のリビングダイニングは、障子を開けると床から天井まで全面、窓です。
新槇:ビラ・ビアンカの部屋は、コンクリートの構造体に設置したアルミサッシのガラス窓が、壁のような役割を果たしているのが最大の特徴です。
坂本:それにより、空中に張り出したような浮遊感のある造りが実現したわけですね。
中平:内側の障子を閉じれば浮遊感は消え、落ち着きのある空間にもなるというわけですね。
坂本:格子の比率が美しいですね。この比率には何か理由があるのでしょうか。
新槇:どうでしょうか。特に理由はなくともデザインとして美しかったり、効果的だから採用されたのではないかと感じられるディテールが随所に見られる部屋なので、実際はどうだったのかわかりませんが、サッシの大きさに合わせて美しい比率を割り出したということかもしれません。障子とサッシの間にはカーテンレールも標準装備しています。
障子とカーテンのどちらも取り入れた和洋折衷な部屋にしたのは、暮らし方に応じて室内の明るさを自由に調整しながら暮らせるようにとの配慮からでした。竣工当時の間取り図を見ると、リビングの一角には和室も設けられていたようです。
コンパクトな水回りをはさんで寝室を配置
中平:バスルームとお手洗いの先に寝室が配置されているんですね。
新槇:外観を見るとよく分かりますが、ビラ・ビアンカは、ガラス窓の居室とテラスが上下で交互に配置されて、建物の外側を取り囲むような構造です。その分、水回りを建物の内側や玄関寄りにまとめた間取りが多くなっています。
中平:こうしたデザイン性の高い構造を評価して、この物件を購入される方がやはり多いのでしょうか。
新槇:そうですね。職業的にもデザイナーや建築関係の方が多い傾向にあります。カーペットや壁は住みよくリフォームするけれども、昔からのディテールは残してくださる方が多いです。水回りの事故でサニタリーの工事をされた入居者の方で「タイルがとても好きだから、なんとか変えずに残したんです」とおっしゃる方もいました。老朽化による不具合はどうしても生じてしまうのですが、「それでも好きです」と言ってくださる方が住んでくださるのが嬉しいですね。
中平:60年代を彷彿とさせるタイルがサニタリースペースを取り囲んでいますね。白ではなく、色があるのも、大胆で、かわいい……。
ディテールにこだわるから、スタイルが生まれる
坂本:寝室はカーペット敷きで高級感がありますね。「わたしの部屋」は、ヴィンテージ住宅にただよう上質感を意識して計画したんです。新槇さんが「意味はないかもしれないけれども、デザインとして美しかったり効果的だから採用されているのではないか」とおっしゃった細かな部分のディテールこそが、他にはない空気感を生み出しているのだと、とても腑に落ちました。
新槇:「わたしの部屋」は写真で拝見しましたよ。照明や塗装の壁、それから玄関のニッチなんてとても素敵だと思いました。
坂本:ありがとうございます。現代のマンション空間は「ただ寝られればいい」というシンプルすぎる部屋や、反対に、なんでもかんでも機能を備えたことを売りにする物件など、両極端な提案が大多数を占めているような気がして、そうではないものを目指しました。この部屋を見ていると、多くの人にとっては気がつかないほどの小さなことでも、そこにこだわることで新たなスタイルが出来ていくのだと背中を押されたような気がします。50年以上の間、大切に住み継がれ、愛されていることがその意義を証明してくれていますよね。
後編に続きます。
構成・文 衣奈彩子
写真 米谷享
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後編
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