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京大連続講義(2)環境史⑤「科学技術社会における『災害』」瀬戸口明久先生

京都大学のオンライン公開講義
テーマは、ウィズコロナ時代に必要な「人文学」

8/1(土)環境史⑤ 瀬戸口明久准教授
科学技術社会における「災害」 #環境史

【感想】そもそも「死」はわざわい(災or禍)なのか?
衝撃の問いかけで終了。
ヒトは100年前のスペイン風邪の時も「モニタリング」をやっていた。今は、さらに「シミュレーション(予測)」もやるようになった。
科学技術社会ではすべてがモニタリングされている。交通事故を避ける生活様式が身について内面化されたように、”コロナ災害”に対応する新しい生活様式は、普通のことになっていくのだろう。
瀬戸口先生はコメントを全部見てくださっていたのですって。すばら。


振り返り

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「災害」概念を問いなおす

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科学技術社会を生きる

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「科学技術社会」は、狭義のものとして瀬戸口先生が作った言葉。
他の生物に比べて、ヒトは人口数が把握されていて、最も「モニタリングされている」生物である。
一方、DNAは汎用データなので色々な生物のデータが蓄積されている。
コロナでもすぐにDNA解析された。

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現在では、もはや、戦うべき敵は外部にいない。
今、政治家は「コロナと戦う」と言って、外部(外国とか夜の街とか)に敵を作ろうとしているが、現実的には内部世界からどんどん湧いてくるのが現代の災害である。
マンフォードは「私たちは宇宙服の中で生きているようなものだ」と表現した。常にモニタリングされている。
必死に日常を回復しようとする作用=電車が止まるとどうにか走らせようとしてしまう。

「わざわい」とは何だろうか

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『新選漢和辞典』(小学館、2018年)
新型コロナは、流れによって引き起こされているので、「禍」よりも「災」であろうと思われる。ヒトの”流れ”によって感染し、”流れ”をせき止めることで感染を制御しようとしている。
でも、一人一人の不幸である「禍」のほうが重要である。

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ハート島の共同墓地には、普段から毎年1000人ぐらい埋葬されている。
「災」だけを処理して、こういう風景を忘れてしまう。
「死」「禍」について考え続けよう。

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