
絵本作家ユリ・シュルヴィッツの世界を旅する
1冊の絵本との出会いが、作家さんの世界を旅することになりました。
ユリ・シュルヴィッツ Uri Shulevitz
1935年ポーランド ワルシャワ生まれ
ワルシャワ⇒ロシアの難民キャンプ⇒カザフスタン
⇒フランス⇒イスラエル⇒ニューヨーク
コールデコット賞、日本絵本賞翻訳絵本賞
シャーロットゾロトウ賞などを受賞
英語絵本ワークショップで出会った絵本SNOW
英語は全く得意分野ではありませんが、多分子どもの頃からずっと外国語への憧れを持ち続けているのだと思います。
常にちょっと英語が生活の中にいる気がします。なので、英語絵本ワークショップにも定期的に参加しています。
そんな中で1月、このSNOWに出会い美しくもあり、子ども心も思い出し
幸せな気分になりました。
日本語でも出版されています。
日本語バージョン ゆき
よあけ
実は、絵本としてはこの よあけ の方を先に知っていました。
静かな夜明けの美しさが伝わってくる絵でこの絵本が好きな方もたくさんいらっしゃるはず。
SNOWがきっかけで、この絵本を再び手にとってみることに。
この絵本のモチーフは実は唐の詩人 柳宗元の詩「漁翁」なのです。
そして水彩の美しい絵も、西洋と東洋が融合したような印象です。
この絵本の最後、やまとみずうみがみどりになった という瀬田貞二さんの訳もまた漢詩的で心に響きました。
漁翁は、夜は西の崖に寄り添って眠っている。
明け方になると清らかな湘江の水を汲み、竹を燃やす。
やがて煙が消え、日が昇ると
人影は見えず、ただ漁翁が舟を漕ぐ掛け声が響き、山も水も緑に色づいている。
空の果てを振り仰いで川を下っていくと、
崖の上から雲が無心に私を追ってくる。
チャンス:はてしない戦争をのがれて
原題Chance from the Holocaust
図書館でユリ・シュルヴィッツの絵本をたくさん予約していた私。
予約本を取りに行ったら「チャンス」という1冊が。実はこれ、ユリ・シュルヴィッツ自身の自伝だったのです。
ユリ・シュルヴィッツの絵本の奥付には彼の情報が割合長く書かれているものが多いです。それを読んだだけでもポーランド生まれのユダヤ人であり、
年齢的にも戦争を体験して色々な土地に移り住んだことはわかるのですが、
「チャンス」は、副題にはてしない戦争をのがれてとあるように、ある意味戦争の記録です。
彼の一家が果てしない戦争の中でどんなにつらく大変な人生を乗り越えてきたのか、そしてこの表題にある「チャンス」には好調、機会、可能性だけではなくて偶然という意味も勿論あると彼が語っています。戦争の元では、真面目にやっているとか頑張っているとか正しいことをしているといったこととは無関係にただ偶然によって運命が分かれる。つまり一家3人が生き延びられたのは彼等の選択とはほぼ関係がなく、運命を決めたのは全くの偶然でもあるという事実に心を揺さぶられるシチュエーションの多い本でした。
しかしながら、その中で彼をずっと支えてきたのは
一つは絵を描く楽しさであり
もう一つは母による物語りが彼に遠くの知らない場所や知らない人たちの人生を味合わせてくれたことだったと語っています。
彼の父も母も愛情深く、大変聡明な人であったことが私もこどもの親としての学びになりました。
あるげつようびのあさ
もう少し読みたくなって借りたのがこの本です。訳は谷川俊太郎さん。
ニューヨークに住む男の子の憂鬱そうな雨の朝。
毎日の出来事とトランプから抜け出した空想のユーモラスな王様や王女様のお話。
シュルヴィッツは、SNOWでもそうでしたが物から遊離させた画面が子どもらしい空想や願望の世界観なのですね。
つらい子ども時代の中でも、恐らく空想の時間が彼の子どもでいられる大切な時間だったのかもしれません。それこそが、子どもにとってどんなに貴重な時間なのかよくわかっているのだと思います。今の日本の子どもにも必要な時間 ですね。
ゆうぐれ
シュルヴィッツはワルシャワからナチスドイツの侵攻によって放浪生活をし、まずはロシアのシベリアに近い難民キャンプへ。その後カザフスタン、フランス、建国と共にイスラエルへ。
勿論絵本作家になったのはそのずっと後だけれど、この絵本にはフランスのクリスマスマーケットによく似た風景が描かれているのは、その記憶によるのかもしれない。
夕暮れは段々暮れていくものだけれど、この絵本では暗くなるのではなくて明るいライトが点灯する明るい夕暮れが描かれているのが素敵。
そして街にはSNOWにもあったような子どものための本屋とマザーグースシアターがあるし、男の子は愛犬を連れていて幸せそうだ。
ねむいねむいおはなし
ねむいねむい夜には表紙を見ているだけでも眠くなりそうな絵本。
せっかくベッドに入ったのに、ちょっと何故だか明るい音楽が聞こえてきたりして思わず家じゅうが踊り出す。楽しい夢の時間が過ぎたら、また、ねむいねむい。
それにしてもこの深い色の選び方がシュルヴィッツを好きになった理由の一つなのでした。
ぼくとくまさん
まだシュルヴィッツが絵本を出版する以前、かれは広告の仕事をしていました。それは24歳でニューヨークに渡りブルックリン・ミュージアム・アートスクールで油絵を学んでいたころのこと。
なんと、ニューヨークにくるまで彼は絵本を見たことがなかったそう。
彼を魅了したのはアーノルド・ロベールの絵本。
そしてある日、自分のいたずら書きがそれまで描いてきた絵と全く違ったタッチになっていることに気づく。
そしてそれをもとに初絵本ができた。
それが、「ぼくとくまさん」
小さな男の子にとってくまさんは、冠を授ける位大切な友達。
いつまでも ずっと 仲良しの友達。
シュルヴィッツは幼い子供の心をとても大切に扱っているのです。
私も自分と自分の子どもたちの幼い日をこの絵本で思い出しました。宝物ですよね。
すぐに魅了されたよ。ぼくは人生をささげて情熱を傾けつづけたいと思うことが二つあるとずっと感じていたんだけど、それが絵画と物語だった。絵本でなら、その二つが結びつけられると思ったんだ。
二ばんめの魔女
先ほどの「ぼくのくまさん」とタッチが似ているこの絵本も名作です。文はあのモーリス・センダックのお兄さんジャック・センダックです。
たからもの
この絵本は少し大人向けかもしれません。
都へ行き、宮殿の橋の下で宝物を探しなさいという夢のお告げを3度みた貧しい男が旅に出るお話。
遠回りもまた本当の宝を見つけるための一つの行程なのだという考えに至るお話でした。でも決して暗い話ではなく、むしろ安心するお話です。
おとうさんのちず
「チャンス」にも出てきた戦争中のお父さんのお話しが題材になっています。
白いパンを買いに行ったはずがお金が足りなくて、食べられもしない地図を
買って帰ってきたシュルヴィッツのお父さん。
お母さんもシュルヴィッツもがっかりし、空腹を抱えて布団をかぶって眠る哀しい夜。
ところが、翌朝壁に貼られたこの地図は狭い貧しい部屋からまだ見たこともない世界へシュルヴィッツをいざなうのでした。
原題はHow I Learned Geography
この地図がなかったらシュルヴィッツという素晴らしい絵本作家は育たなかったのかもしれないとさえ思わせる素晴らしいお父さんの考えを感じる絵本でした。
あめのひ
シュルヴィッツの魔法にかかると、雨の日だって暗くない。
光を感じる画面がいきいきとしていて、憂鬱とさよならできそうです。
子どもは雨の日だって空想に溢れているんだなあと思い出しました。
空とぶ船と世界一のばか
最後に紹介するのは、1969年にアーサー・ランサムの文に絵をつけてコールデコット賞を受賞した「空とぶ船と世界一のばか」です。
ロシアで過ごしたこともあるシュルヴィッツならではの絵がこのロシアのおとぎ話を子どもの頃に戻った感覚で読みました。今流行りの読み聞かせもこのくらいの長さの楽しいお話だったらどうかしらと思うのでした。絵は美しいし、お話もしっかりしているのですから。
長々とシュルヴィッツの絵本を紹介してきましたが、お読みいただいてありがとうございました。
一人の作家さんの絵本を旅してみたら思いがけず、現在の世の中の戦いの中にある子どもたちとと共通するシュルヴィッツの子ども時代を知ることになりました。それは本当に過酷でありながら父母の愛情と絵に支えられたものでした。やせ細り身体は弱っていたけれどもその子供らしさは健在で、世界を移り住みながら大人になっていく姿を追うことができたのもまた、チャンス=偶然でした。