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人生はDo It Yourself!! 限界オタク達の旅行とはアニメを見る最高の口実である

Do It Yourself!! -どぅー・いっと・ゆあせるふ-

それは神アニメの名前である。かの神アニメがいかにどれほど美しく光溢れる神アニメであるかと語るにこの場はあまりにも短すぎる。抑えるべきマストポイント、そして私が話したいことは以下に全貌を叩き込んでいる。

なぜこの話をしたのか、それはこの美しき神アニメを見る為に旅行へ行ったという人生に刻まれるべき輝かしき記憶をここへ記す為である。どこへ行って何をしたかなど些事に過ぎない。
なぜならば熱海というハイパワー観光地に行ったのに基本的にホテルでアニメを見てきただけだからだ。だがここにこそ我々の魂の救済は存在した。

一応伊豆シャボテン公園なる場所へ行きゆるキャンの聖地エナジーを吸おうともした。
だがそこにいたのは風呂に入るカピバラでもそれを見るあかりちゃんでもなくトリケラトプスに乗りパンクラトプスのポーズを取る妖怪だけであったのでこれは些事に過ぎない。

伊豆シャボテン公園にはトリケラトプスがいます。

我々は何をしに、何を求めて旅へ出たのか。それは神アニメ、即ち【Do It Yourself!! -どぅー・いっと・ゆあせるふ-】を見る為である。より厳密に言うのであれば、特に遠出する理由などないからアニメを見るという理由を無理やり放り出している。
限界オタクには文化が分からぬ、観光や映えになど毛ほども興味がない。戦いには口実が必要なのだ。泊まりで遊びに行くに値するほどのものがな。
それが私の友人関係における旅行の動機だ。強きアニメを持ってして遠出の理由とする、そうすることで年に何度かの旅行を可能としている。

今回は特に実り大き戦いであった。そこに存在するのもはあまりにも高すぎる質。
即ちDIYが本当に揺るぎない神アニメであることを意味している。今だかつてないほど一気見で感動とカタルシスを得ることができた。

万人が楽しめ、その道の者が狂える

本題に入ろう。私はこの旅でついに3週目のDIYを脳髄に叩き込んだ。やはり何度見ても圧倒的に鮮やかで美しい神アニメと呼ぶ他ない作品であった。
流石に3週目ともなれば落ち着いて見られるかと思ったが全然そんなことはなかった。大いなる神アニメの前ではどこまでいっても私なぞちっぽけな存在に過ぎないのだと改めて感じた。

今回改めて感じたこととしては前述した限界関係性オタク魂の救済要素以外の部分も素晴らしく面白いということだ。限界関係性オタクならば狂える作りであり、それ以外の人もしっかりと楽しめる構築になっているのがすごいのだ。
そしてそれらがまたしっかりとせるふとぷりんの関係性に深みを引き立てているのが一番の狂いである。
言ってしまえばこのアニメ、限界関係性オタクの到達点は最終回Bパートである。全てがあの時間の為に存在している。それまでは溜めであると言っても過言ではない。溜めではあるが踏み台ではない。

最低限の動きで最大限の効果、最終回Bパートとは限界関係性オタクが最も見たかった時間であり、この作品最大の武器である。だがこのアニメはそこに全てを注いでいない。そこにこそ限界関係性オタク狂いの輪郭が存在している。

そうである、時間をかければ思い入れも抱く感情もでかくなるのが常。だからこそ一点特化のアニメは火力が高まる。

だが福利厚生の充実と供給過多は常に背中合わせである。
人間は、慣れる。そして充実した展開には必ず予測と期待が伴う。そういった点でDIYのバランスは圧倒的に神がかっていると言わざるを得ない。
せるふとぷりんの話は重厚で力に満ち溢れているがこのアニメにおいてはそれだけではない。これが全てではないのだ。
毎話毎分この2人の爆裂関係性オタク特効エナジーの奔流があるわけではない。むしろ全体の時間割合、比率としてはそこまで巨大にウェイトを占めてはいない。

各キャラ各々に抱えているものがありDIY部がかけがえのない居場所足り得るまでの世界がある。しっかりと1本のアニメとしての完成度を高めに高めている。その上でせるふとぷりんの話があるのだ。だから染み渡るのだ。
ただ限界関係性オタクにぶっ刺さるだけの作品ではない。圧倒的な完成度とクオリティの中に限界関係性オタクだけを的確に射抜く必殺の一撃が潜んでいるのだ。ここにこそ力のなんたるかは宿る。
過度に供給を与えすぎない、そこが全てという造りにしない。その道の者には深い理解を与えるがそうでない者にも大いなる楽しみを。

かような観点で本当にせるふとぷりんの話は実に濃密、高圧縮であった。だが物足りなさはない。必要なもの、本当に見たかったものはそこに全て含まれていたから。この明瞭さには感服せざるを得ない。
ちゃんとやるぞ、というその道の者への匂わせも完璧であった。特に1話冒頭2分だけで全てを理解することができる、限界関係性オタクならばな。

そしてやはり特筆せざるを得ないのはかの神のED「続く話」である。あまりにも神の曲がすぎる上に歌詞を見ればもう何もかもを理解することができる。よもやサビで未来の、違う道を進む2人の話をする曲をEDにしてくるとはまさか思うまい。
高校進学のようにせるふとぷりんはこれからもあるいは別々の道を歩むことになることがあるだろう。だがそれでも本当の距離感は変わらない。

【心はそばにいる 隣にきみがいる】

そう、どれだけ物理的に離れていようと心は繋がっているからだ。これはDIYアニメの答え、到達点といっても過言ではない。こんなものが序盤から当然のように毎話流れる。
つまり、最初から向こうは答えを提示してきているわけだ。最終的にはこういうのがあるぞと。【続く話】という神の曲を通してEDの度にゴールを見せてくれているわけだ。
限界関係性オタクであれば気付くのはあまりに容易だ。だからこそ、気付くことのできない人たちも楽しめるものであるという事実が素晴らしいのだ。その道のオタク以外が聴いても【続く話】は良い曲であると信じているし、その歌詞は尊い。
それは歌詞が本編からブレていない上に中身が光であるからだ。万人に刺さる内容だ、限界関係性オタクには深く鋭く刺さり抜けないというだけの話だ。

万人受けアニメの理想の形であると私は強く考える。誰が見てもちゃんと楽しく一定以上の満足が約束されている。その上で狂える者は大いに狂い散らかせる。あまりにもうってつけだとは思わないか。

ありふれた毎日にアイデア

私が何を言いたいか分かるか? DIYは万人が楽しめる神アニメであるということだ。ではそれが何を意味するのかということも分かるであろう。

私がここで伝えたいのは可能性。要するに何が言いたいかというと旅行は楽しいということだ。
行くための口実がないのであればアニメを見ればいい、アニメを見て飯食って帰るだけでも人生の充実度は高まる。見るものが当人たちにとってのプレシャスならば尚の事だ。
旅行へ行きたくなってきただろう。ならばすべきはシンプルだ。旧石器時代、大先輩。その時から変わらない。欲しいものがあればこの手で今すぐI do it myself。

もう、言葉は必要ないはずだ。あなたが旅に出る理由、それらは私の口から生まれない。そうだ、いつだって自分の手で作ることにこそ意味があるからだ。その思い出こそプライスレス。いつかの思い出、変わらず愛しい。

言わずとも、例えばアニメであれば何を見に行けばよいか。その答えは出ている。もうあなたは答えを手にしている。
いつだって、そう。人生に必要なもの、それは一言に全てが詰まっている。

─────────Do It Yourself!!


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