人生は自分でコントロールしているのか?何かに操られているのか? エピソード2
前回のエピソード1では、僕はこれまでワーゲンバスシリーズに何故か縁が有ったので、ボンネビルのサポートカー兼キャンパーにと思って、新しいID BUZZが出るのを長い間待ち焦がれていたこと。ところが、近頃発表になった新型は、映像を見て”ちょっと?”だと感じたことと、アメリカでは2024年まで販売されないことが分かって、当分はこれを諦めたこと。だったらどうするか?と、単なるアイディアとして、ワーゲンバスシリーズの中から、まだ関わった事の無かったモデルT3”Vanagon”をネットリサーチしてみたら、これが驚くほど世界中で人気のカルトカーだったと言うこと。1979年から1991年まで生産され、数多いバリエーションの中からどのモデルにするか?と、年式、仕様まで理想のVanagonを妄想したら、自分の好みと用途で1985年の素のモデルになったこと。
そして、このターゲットを定めてから間も無く、フードデリバリーの仕事をしながら家の近所のサンペドロの街を走っていたら、アプリのAIのナビゲーションで、理想の仕様、装備、年式にドンズバなFor Saleサインを付けたVanagonに出会ってしまったこと。ただ、この時点では経済的準備も出来ていないので、買う気も能力もほとんど無く、気楽にリアルなマーケットリサーチのつもりで、その車を見せてもらう約束をオーナーとしてしまったところまでを書いた。
さて、エピソード2は、結局、僕はこの車を買うことになってしまったのだけれど、これが正に自ら仕掛けた罠にハマってしまった様に展開して行ったのである。
お昼の12時に車を見せてもらう約束をしていた当日の朝、メッセージが入って、「時間を3時に変更してくれないか?」とリクエストがあった。「OK」の返事をして、その時間に車を見つけた場所へ行くと、車は前回見た時よりキレイで、どうやら洗車してきたばっかりの様である。
周りにまだ誰も居ないので、窓越しに車内の様子をチェックしていたら、そこを通りがかった杖をついたそれなりの年齢の女性が、「Are you ready to buy?」と聞いてきた。For Saleサインはまだ付いたままだったので、散歩で通りかかった近所の人が、僕を冷やかしているのかと思い、軽い気持ちで「Yeah!」と答えた。冷やかしのつもりで見に来ているのに、こっちが冷やかされてしまった。すると彼女が次に「Do you want to see inside?」と聞いてきた。テキストのやり取りだけだったのでオーナーはオヤジなんだろうとばかり思っていたら、それは僕の勘違いだった様だ。
オーナーの彼女はFelipaさんと言ってスペイン系の方ではあるが、便宜上ここから急に日本語が話せる様になる。
彼女が「テストドライブに行くか?」と聞いてきたので、てっきり僕にキーを渡してくれるのかと思ったら、自分自身が「よっこらしょ」とドライバーズシートに乗り込んだ。
ここからは、彼女のつぶやきと僕との一問一答。
「病気を患って体の自由が利かなくなって」と、ちょっと曲がった右手でシフトレバーを重そうに引いて、一旦セカンドギアに入れてから前に押してファーストギアに入れると、淀みなくクラッチを繋いで車はスムーズに走り出した。
「ギアは一旦セカンドに入れた方が入りやすいのよ」
後ろから聞こえてくるエンジン音は、空冷VWエンジンを知る者からすると、とても静かで、寝かせた冷蔵庫の様なスタイルだけあって、ボディーもガッチリしている。サスペンションにも緩みがない。
角を曲がる時には、「この車はパワーアシストが付いてるからハンドルは楽だけど、アメ車のパワーステアリングと違って、あくまでパワーアシストだからね」と念を押された。
表通りに出ると慣れた感じでギアチェンジが進み、クルージングが始まったところで、僕からの色々質問をしてみた。
Sam「テキサス州のナンバープレートが付いているけど、テキサスから来たんですか?」
Felipa「つい2ヶ月ほど前、エルパソからここに住んでいる娘のところに引っ越してきたのよ。この車を本当は手放したくないのだけど、道に止めておくのが忍びなくて」
エルパソはロサンゼルス以上に日差しが強く乾燥している場所だから、どうりでこの車は「湿気って何ですか?」と言っているかの様に、どこも錆びていない。それなのに屋根の塗装もダッシュボードもまだちゃんと生き残っている。きっと走っている時以外は、ガレージもしくは屋根の下に止められていたことが、彼女の話からも読み取れる。オドメータは16万マイルを超えている(この年代のVanagonは、大体このぐらい走行距離が普通)けれど、シートはVWのシートの硬さが残っている。
Sam「US Army Veteran(アメリカ陸軍退役軍人)のバッチが付いているけど、あなたがそうなんですか?」
Felipa「あれは前のオーナーが付けたのよ」
Sam「じゃあ、あなたは何時この車を買ったんですか?」
FIlepa「私が2人目のオーナーで、2007年よ。でも、この車を買うのに2年もかかったの。エルパソの新聞の売買欄で見つけて買いに行ったら、アルツハイマー病にかかったお父さんの車を『もう運転できないから』と、娘が売りに出したのだけど、お父さんが『売りたくない!』とサインを拒んで、話が流れたの。それから2年ぐらいして、娘から『お父さんが亡くなったんだけど、まだあの車に興味ある?』って、電話があったのよ」
Sam「じゃあ、この車は新車の時からエルパソだったんですか?」
Felipa「きっとそうよ。ここへ持って来る時もトレーラーに乗せて持ってきたのよ」
Sam「車高が上がってるし、ビルスタインのショックアブソーバーが付いているけど、それはあなたが付けたんですか?」
Filipa「いや、私じゃないから、前のオーナーね。私はこまめにオイルチェンジして、壊れた所を直して乗ってただけ。さっきオイル換えてきたし、ガソリンも必ずハイオク入れてたのよ。タイヤもバッテリーも新品に換えたばかりよ」
Filipa「そうそう、エアコンも付いているけど、私は一度も使った事がないから、きっとガスが抜けちゃってるわよ」
どうやらこの車、通常メンテナンス以外は乗りっぱなしではあるけれど、かなりの箱入り娘だった様である。
テストドライブを終えてエンジンルームを見せてもらったら、乾いて細かい埃が立つダートロードを日常的に走っていたと見えて、激しく汚れている。所々でオイルを吸った埃が乾いて、カチンカチンに固まっている。車内はエンジンルームほど激しく汚れてはいないけど、それなりに埃っぽい。
エンジンのアイドリングはVWのエンジンとしては異例に静かで、まだ当分は健康に走ってくれそうではあるが、排気ガスが微かに匂うのが気になった。テキサス州はスモッグチェックなんて無いので、これまではノーチェックで来ただろうけど、カリフォルニア州は甘くない。名義変更にはスモッグチェックをパスした証明が必要で、きっとこのままではパスしないだろうと思った。
ボディーは大きくぶつかって修理した跡も無くストレートなのだが、左後ろのバンパーの角がぶつかって、プラスチックのカバーが外れ、ホイルアーチーもちょっと歪んでいる。これが無ければボディーはほぼパーフェクトなのに残念。彼女もこの事を話さないので、ひょっとしたら、このバンパーをぶつけてしまった事がこの車を手放す決心をしたきっかけじゃないかと思い、僕は見て見ぬ振りをして、これに関しては何も尋ねなかった。
僕がこの車で一番気に入った点は、後部座席の灰皿が無くなっている以外、消耗品を除いて新車から付いていた部品が全てそのまま残っていることで、錆びていないことも魅力である。シートやカーペットも汚れているが、擦り切れも破れも無い。まだピンと張ったヘッドライナーだからこそ、真ん中にあるちょっと大きめのかぎ裂きが目立った。
一通りチェックを終えて、僕は彼女に「さっき、『Are you ready to buy?』の質問に『Yes!』と答えたけれど、それは『気持ち』であって、実は経済的な準備はまだできていません。それで、僕がこの車に払えるだろう金額は$XXXXです」と、敢えてネットリサーチして得た情報を無視した、僕のVanagonに対する値ごろ感から割り出した数字を伝えた。それは、この車のコンディションからして、現在のマーケットでは真っ当と言える彼女のオファーに対して半分強の、その場で「No!」言われてもしょうがない、捨て身のカウンターオファーだったのである。 それに対する彼女の答えは、なんと「一晩考えさせて」だった。
エピソード3に続く。
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