サルサ① Hector Lavoe/De Ti Depende
「El Cantante」とも称されたサルサのアイコニックな存在でもあるプエルトリコ出身の歌手、エクトル・ラボーの代表作の一つで、1976年にアメリカでリリースされた。
70年代はサルサ、ラテンの人気レーベルであるFaniaの台頭を初め、アメリカのラテンコミュニティや中南米諸国でサルサが流行していた。
エクトルのデビュー自体は1967年にリリースされた、後に同じくサルサのビッグネームとなるウィリー・コロンとの連名作「El Malo」からで、この頃からあの特徴的な唯一無二のボーカルを披露していた。
その後もウィリーと共演した諸作や、ソロデビュー作となった「La Voz」などのアルバムでヒットし続け、勢いに乗っている状態で再びウィリー・コロンをプロデューサーに迎えて制作されたのが今作である。
当時の人気レーベルFaniaだからこそできたゴージャスで分厚いアレンジと、ファニアオールスターズでの活動も含め勢いに乗っていたエクトルのスター性が奇跡的に噛み合って無敵のアルバムが生まれた。
曲ごとの感想
01. Vamos A Reir Un Poco
イントロのブラスのまるで飛び出さんとばかりに勢いの良い一発から叩き起こされる、エクトルの代表曲の一つ。
入り組むような複雑なブラス隊の演奏を初め、曲が進むにつれどんどん勢いをつけていくかのようなバックバンドの気合いの入りようが伝わってくるゴージャスな演奏にNYサルサらしさを感じさせる。
その勢いある楽団の演奏に決して負けないエクトルの情熱的なボーカルも凄い。彼にかかれば響き渡るようなロングトーンや、捲し立てるような早口の歌唱もお手のもの。彼のボーカルのかっこよさが詰まった名演といえる。
02. De Ti Depende
意外にもタイトル曲は前曲とは対照的な繊細なボレロの楽曲。ロマンチックに爪弾かれるナイロンギターの演奏に早速うっとりしてしまう。
エクトルのボーカルも前曲と完全に歌い方を変え、情緒溢れる優しい歌声で歌う。ラテンのアルバムでは基本的にアルバム全体で聴くというようなコンセプチュアルなアルバムの作り方をしないのは前提にありつつも、2曲目にして一旦クールダウンとばかりにボレロが来るのが面白い。
エンディングでは高らかに歌い上げるボーカルと盛り上がっていく演奏が、正にフィナーレといった雰囲気でどこまでもドラマチックな楽曲だと感じる。
03. Periodico de Ayer
テンションが戻り、再び勢いあるサルサナンバーに。この曲も彼の代表曲の一つであり、以降のライブでも何度か演奏される看板的な楽曲である。
この曲ではオーケストラのアレンジも加わりより荘厳な演奏になるが、勢いもありながらどこか切ない雰囲気も漂う。それでも演奏に埋もれず、尚のこと存在感を誇示するエクトルのボーカルの力強さに驚かされる。オーケストラの印象に引っ張られてか、ボーカルにも情熱的ながらどこか切なくて感傷的に感じる瞬間が随所にある。
7分ほどある楽曲ながら、複雑な演奏の絡み合いとキャッチーなメロディーのおかげで不思議と聴き飽きない名曲に仕上がっている。
04. Consejo de Oro
カロリーたっぷりな前半の中ではいくらか肩の力が抜けたような、能天気に明るい一曲。
ソンのリズムでの小気味いい演奏が聴いていて気持ちいい。(ソンで合ってる?少し自信ないですが)
曲が短いのもあってつるっと聴けるので、アルバム通して聴くと丁度良いポジションにある曲だと感じた。
05. Tanto Como Ayer
スローテンポなボレロナンバーで、絡み合うように入ってくるオーケストラアレンジがミステリアスでスピリチュアルな雰囲気も感じさせる。このオーケストラのアレンジに勝手ながら同年代のブラジルのサイケフォークでの浮遊感あるストリングスアレンジに似てるものを感じ、ややサイケな印象を感じている。
この曲だけエレピが演奏に入ってるのもあり、今作の中では少し異色な雰囲気が漂う曲になっており、アルバムに一味違うアクセントを入れている地味に重要な曲。
06. Hacha Y Machete
ここから2曲は再びアッパーで勢いのあるサルサが続く。
この曲はまずイントロの低音を弾くピアノに痺れる。パーカッションが前面に来るようなパーカッシヴな演奏も好きだし、随所でのキメが本当にかっこいい。コーラス前での「Fuerte Fuerte」で演奏が止まり一斉にブラスが鳴ってコーラスに入るとか特に良いです。その後のボーカルとコーラスの掛け合いも気持ち良い。
07. Felices Horas
アップテンポな元気なサルサその2。
この曲でもパーカッションはかっこいいプレイだが、ピアノがとにかく好きな曲。軽快でキャッチーなフレーズが多く、トロピカルで陽気な印象の演奏と感じた。
ピアノソロに入りコーラスに入るという盛り上げていくような曲構成も良くて、とにかく演奏陣どれもが良いと思った楽曲だった。
08. Mentira
キューバ音楽の名楽団、セプテート・ナシオナルの「Mentira Salome」をカバーした楽曲。
ソンのリズムということもあり、今作の中ではトラッドな印象を受けるがアレンジはサルサよりになっていて、原曲ののどかな雰囲気とはまた違った好カバーとなっている。
間奏でのダイナミックなピアノの演奏が良い。
まとめ
自分でもいつの間にかサルサにはまった身だが、その中でハマり始めた頃に聴き始めたこのアルバムには(最初に聴いたのは冒頭で紹介したEl Malo)とにかく自分の語彙では説明しきれないような様式美的かっこよさ、熱の伝わりように衝撃を受けた。
その後のライブでも幾度か演奏する代表曲も収録されており、当時のサルサ、ラテンシーンの狂騒と勢いが閉じ込められたかのような奇跡のような作品である。
各人前に出ようとしながらも不思議と協調が生まれ、回り回ってボーカルを立てているテンションの高い演奏陣、対照的に情緒的で切ないオーケストラなど編曲がとても素晴らしく、今作でプロデュースに回っていたウィリー・コロンの手腕が遺憾なく発揮された作品だと思った。
デビュー時からの盟友でエクトルの歌声の良さをそばで感じとっていたウィリーだからこそここまでのクオリティに仕上げられたのではないだろうか。
サルサと聞いて感じる敷居の高さや偏見を取っ払って、まずは今作からサルサを聴いてみてほしい。
ここまでの熱量と研ぎ澄まされた美学が収められたアルバムはサルサにおいてもトップにある名作だと思うし、きっとロックリスナーの耳にも良さが伝わるはず…!と思っている。