ワイバーンの影を追え 第2章
第2章
旅の始まり
ライヴラの魔力の影響による嵐も収まり、周囲の者もようやく事態が飲み込めてくると、ゴーレムという脅威が去ったことに歓喜し始めた。エンサムはライヴラと今後についての話し合いの席を設ける提案をしたが、ライヴラは拒否した。ワイバーンについてはライヴラもよく思っておらず人に頼まれずとも討伐に行くと言い、条件としてカイランを同行させ、十字軍などはこの件に介入するなと脅した。東の山脈を抜けるとワイバーンと共に邪悪な勢力が力をつけ始めていたが、ライヴラはあくまでも少数精鋭、十字軍とは別行動をとることにこだわった。エンサムは、国王からライヴラと共にワイバーンを討伐せよという命を受けていたので粘りに粘ったが、最終的にはライヴラの威圧感に屈っせざるをえなかった。カイランも自分達だけでは無理だと根気よく説得したものの、それはライヴラの機嫌を損ねることになるため、カイランについてもライヴラの要求を全面的にのむ事となった。かくして、カイラン達とライヴラを含む五人の旅が幕を開けることとなった。
ゴーレムを葬った日から二日後の朝、一行は旅立った。ライヴラの魔力をもってすれば怪鳥を召喚し背に乗って一気に東の山越えも可能であろうが、カイランがエンサムから極力ライヴラの魔法の枷を解かないようにと念押しされていたため、陸路で行くこととなった。十字軍が別ルートから攻め魔軍を引きつけている間にカイラン達が敵の裏をかくという作戦だった。カイラン達がワイバーンの元へ辿り着くには順調であっても一ヶ月はかかる、その間カイラン達、十字軍のいずれかがしくじると作戦は失敗するであろうと予想された。ライヴラは自身の魔力を開放すればワイバーン討伐に十字軍もカイランも不要と高笑いしたが、皆は彼女のその圧倒的な自信が脅威であり、本心では十字軍だけで作戦を遂行するのが理想であった。
カイラン達を乗せた馬車は町の周囲に広がる森を抜け、砂漠へ出た。ここからは馬車を降り、徒歩で砂漠を渡らねばならなかった。食料や水を調達するため、砂漠のはずれの村で一泊することになった。
その日の深夜、カイランたちの部屋の戸を叩く音がした。出てみると、国王の使いの騎士が三人立っていた。ゴーレムの一件と、カイランたちが十字軍と別行動をとるという知らせを受け、城から休みなく馬を走らせ追いついたとのことだった。
「何用ですか?」深夜に、しかも城から休みなくとあり、只事でないのは明らかだった。騎士は部屋を見渡し、ライヴラが別室であることを確認すると、「貴様がカイランか?」と訊いた。騎士の問いにカイランは黙って頷いた。「あの恐るべき大魔導師の復活に際し、お前はとんでもないことをしたものだ。よりによって、お前のようなただの田舎者が大魔導師の枷を握ってしまうとは。国王は大層お怒りだ」一同に緊張が走った。グリムが騎士とカイランの間に肩を入れ、「とんでもねえ言いがかりだ! あれは紛れもなく偶然だ! 落ち度なら十字軍のやつらじゃねえか!」言い終わるまでにエリスとリリスがグリムを後方に引き寄せた。騎士たちは一斉剣の柄に手をかけた。カイランもグリムを押し除け「偶然と言えども、その責は私にあります。ですのでワイバーン討伐を必ず成して戻ります」と言うが、騎士の表情は晴れない。「国王の懸念は、お前が大魔導師の力を得たも同じというところだ。それはワイバーンを討ち取ろうが晴れぬ。無論、貴様がその力を己の野心のために使うとは思えぬ。もとより貴様に扱える代物ではないのだがな、あの魔女は。国王はお前たちを全員処刑せよと仰るが、カイラン、お前を処刑しあの魔女の枷が外れてしまうと、我々はワイバーンと魔女の両方の脅威を受けることにもなりかねん」グリムは制止する手を振り解こうと暴れながら「おお! ワイバーンか魔女か知らねえが安心しな! 今ここで俺がおめえらをぶった斬ってやらあ!」と息巻く。「どのようにすれば国王は納得されますか?」カイランが訊くと、「国王の指揮下に入り、十字軍と行動を共にせよとのことだ。今後に至っては自由は一切認められん。カイランを残し、他の者は立ち去るように。今後接触すること無きよう」
グリムを抑える手の力が不意に弱まり、グリムは前につんのめった。リリスもエリスも最早グリムを押さえつけることはしなかった。「そうであれば私たちも同罪です。この場で全員の首をはねればよろしいのでは? それで事が済みますか?」グリム、リリス、エリスの三人は、その場に胡座をかき、切って見せよとばかりに顔を傾け首を剥き出した。「従わぬようであればそのようにせよとの王からのお達しだ」と騎士たちはいよいよ剣をゆっくり鞘から引き抜き始めた。
「お待ちを」カイランが騎士を制止した。カイランはさっと剣を抜き、そのままブスリブスリと自らの両脚の甲を刺した。「何を!?」騎士が止めるより早く、その剣は次にカイラン自らの両目を薙いでいた。皆咄嗟のことに静まり返った。カイランは両目をまさぐり、次に手探りで足先をまさぐり、騎士の手に持たせた。目の玉と両足の指である。
「これで自由はききますまい。例えライヴラ様の魔力を我がものにしようと、意味はございません。これにて国王に納得いただければと」
「心得た。我々も人の子、国王は必ず説得しよう」と、騎士たちは足早に立ち去った。短期なグリムも流石に何を言おうと収まらないのを察し、それ以上暴れることも悪態をつくこともなく、静かに夜が去った。
翌朝、馬上で目に包帯を巻いたカイランを目にしたライヴラは「どうしたか正直に申せ!」と言ったが、カイランは「この姿に関しては詮索無用です。既に解決しました。ところでライヴラ様、貴方は私たちに同行せずとも、一足早く行けるはずです。人々にとって貴方はワイバーン打倒の剣ですが、矛先が人間に向くことが無かろうかと恐れられてもいます。別に行動する方がよいかと」
ライヴラもおおよその察しがつき、「わかった。但しお前に枷をかけられていては、流石の我も一人旅は危ない。剣を出せ」とカイランの剣を指差した。カイランが剣を抜くと、見事に磨かれた刃の鏡面にライヴラの姿が映る。と、ライヴラの本体の方は消え、剣に映る姿のみで動いている。「我はお前たちに眠りを妨げられたゆえ、もう少し鞘の中で眠らせてもらう。但し、何かあればすぐ鞘を抜き枷を解け。お前たちの身の万一は、我の身の万一でもある。よいな」と、剣はひとりでに鞘へとおさまった。
四人を乗せた馬が広大な砂漠に足を踏み入れた。
砂漠の町
砂漠の風がカイランたちの顔に吹きつける中、一行は疲れ切った馬に跨りながら、遥か先に小さな町の姿を見つけた。その町は、砂漠の中でひときわ目立つ存在であり、遠目からでも賑やかな様子が伝わってくる。カイランの心には奇妙な不安がよぎったが、疲労に耐えかねた仲間たちが先に進むことを望んだため、彼もそれに従うほかなかった。
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