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霜華剣 第2集

第2集

見えざる型

 狗子佛が只者ではないことは、もはや疑いようはなかった。狗子佛は幹からいくつも分かれた枝のごく細い一番先に、片足で立ち様子を窺っていたが、李華達に気付かれると、その枝から反動もつけず、鳥の羽根のようにフワリと地面に降り立った。見事な軽功に感心している場合ではない。李華は剣を構えたまま、じわりじわりと間合いを詰めた。しかし、何の前触れもなく、映画のフィルムがコマ落ちしたかのように、一瞬で狗子佛の仕込み杖の刃先が李華の鼻先に触れていた。

「狗子佛様…あなたは一体?」緊張で脂汗をかきながら、李華はやっとのことでその言葉を口に出した。

「その小童がいては旅路の足枷となろう。儂に其奴を預からせてくれぬか?」

「馬鹿を言わないでください。彼は私の弟子です。弟子を取りながら育てぬ師がおりますか!」李華は鼻先の杖を弾き、そのまま大きく踏み込んで僧に斬りかかった。しかしこれも簡単に躱され、二の矢三の矢と連続で斬撃を放ったが、全て最も簡単に受け流された。

「霜華剣法の極意は敵の力を受け流し、それに自らの力を加えて相手に跳ね返す。ゆえに斬撃を受けて弾けば弾くほど威力を増す独特の剣。しかし、敵の初手を受け流しきれねばその絶技も活かせぬ。ククク」

 この僧は見事に李華の技が霜華剣法であることと、その剣の弱点を的確に言い当てた。こうなると、もはや劉辰を逃す時間さえ稼ぐのは難しかった。「狗子佛様、私の完敗です。どうぞ思うように」李華は剣を投げ捨て掌を揚げた。

「ハハハ、よかろうて。おんしらを殺して儂に何の得があろう」僧も杖を下げた。

「儂はここからはるか西の煉獄山岳より参った。おんしらと出会ってのち、今日まで見せてきたのは我が透氣炎掌の型そのものじゃ」

「いえ、しかし狗子佛様はそのようなことは一度も…」

「さよう、一度も目にしていないと…。その小童がうっすら感じ取っただけでな」

「ど、どういうことでしょうか?」

「透氣炎掌の型の極意は、型の本質を悟らせない。ゆらめく炎の輪郭の如く、形作らないのが型なのじゃ」

「本質を悟らせぬと…?」

「儂がおんしらと出会った時、様々な套路を毎日お前達に披露した時、そして今、お前の鼻先を儂の杖の切先がかすめた時、いずれからも目の前の儂の姿を、想像できたかの? その小童以外は。まさかつゆほども想像できんじゃろうて」

「なんと!! 幾重にも人の目を欺いて、これまでの経緯が全て透氣炎掌という套路の一部であったとは!!」

「とはいえ、実はそれほども、り、立派じゃねぇかもしれんがのう、ヒャハハ」

「お見それしました。もはやどちらが本質か判断つきません。見事というより他ありません」

「しかしその童は不思議じゃのう。儂の擬態を見破り、しかも儂の技を受け継ぐための資質が、先天的に備わっておるとしか思えぬ」

 劉辰はこれまでの様子を、よく理解できぬままただハラハラとして見ていた。

「狗子佛様、ここまでの非礼をお許しください。よろしければ私たちに同行願えませんか?」

「ふふ、ともに旅せずとも、縁はめぐりまた必ず会う。儂だけではなく、この先にある縁全てが。しかしひとつ忠告すると、お主とその童は本来、陰陽五行の理屈では極陰の気勢。つまり…ともに居れば双方に災いをなす最凶のめぐりあわせじゃ」

 李華は冷静に言った。「そうであろうと、師は弟子の面倒を最後までみます」

「まぁ、そういうじゃろうて。天命を変える術がなくも無い。時期がくれば、それもわかろうて。では、次に会うまでふたりとも達者でな」

 そう言い残すと、僧は森の奥に吸い込まれるように消えていった。

李華の過去

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