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我が名はガジュマル・15

    
    「宝物とガラクタ」



緊張の朝。
 
例の「中学生侵入事件」については、一応職員会議で話題になった。
しかし「あまり騒ぎ立てて児童を刺激したりしないように」という校長からのぬるい注意喚起を受け、素直に同意した職員一同は冷静に対処したようだ。
 
朝のうち、件の騒動を聞きかじった数人のガキが噂話に火をつけて回っていたが、午後になる頃には自然に鎮火していた。

そしていつもと同じテンポの喧騒で、何事もなく下校時間が過ぎる。

 「な?なんてことねぇのさ、ガー公」
 
これまたいつも通りのシロさんが、しっぽでオレを軽く叩いて笑う。
とはいえ、一連の事件の元凶はオレなんだよな、と思うと、良心というやつがひくりとうずく。

三人は、あの後大人たちにこっぴどく叱られた事だろう。
そして、謎のバケモノやバケネコと出くわしたのだと言い張っては、周りの連中から「うそつき」呼ばわりされるのだろう。あいつらはただ、オレ由来の噂に振り回されてやってきただけなのに。あいつらの目の当たりにした「超常現象」は、すべて本当に起きた事なのに。
 
コザクラにしたってそうだ。

ニンゲンどもが去った後、カンヒザクラの枝を、幹を、折れたり傷ついたりしてはいないかとくまなく調べ、「もう大丈夫だから出てこい」と呼びかけたが返事がない。どころか一切気配を感じない。
まさか、、恐怖でどこかへすっ飛んじまったのか?動揺したオレの枝葉たちが再び騒ぎ出すと、
 
「あぁもう、ざあざあざあざあ、うるさいわ!
ちょっと、おちつきなさいよ!」
 
コザクラはどういうわけだか、オレの木の寝ぐらからひょいと顔を出した。
 
するりと降りてきたコザクラの頬は真っ赤に染まっていたが、特に怯えていた様子はなかったのでほっとする。
 
 「おまえ、いつからそこにいたんだよ?」
 
 「あんたがいっちゃってから」
 
 「なんで自分の木じゃねぇんだよ?」
 
 「・・・また・・かとおもった、、」
 
小さくて聞き取れなかったが、やつはそれ以上何も言わず、オレをひと睨みすると静かにカンヒザクラに溶け込んでいった。
 
それっきり。あれから一度も姿を現さない。
ほらみなさいよ、ニンゲンとかかわるとロクなことになりゃしない。
とばっちりを受けた細い枝が、じっとりと怒っているように見える。
いやきっと、中であいつは確実に怒っている。

 「妙にぐずぐずしてやがると思ったら、クソガキどもの心配かい。
ほっとけほっとけ!ニンゲンなんざ」
 
シロさんは少し呆れて、目を丸くした。
 
 「ちったぁ脅かしといた方がいいのよ、やつらすぐ調子に乗りやがるから。それによ」
 
 「おめぇは、ここの、主なんだ。自分のナワバリを荒らすやつがいたら追い出す。当然のことをしたまでだ」
 
あるじ。オレが、ここの?
 
この学校はオレの持ち物ではないし、そこら中の植物たちも各々が勝手に生息しているだけだ。ここらで一番の古株には違いないが、単純にこの地から離れられずにだらだらと居るだけで、そう、オレは、、、
 
 「オレはそんな立派なもんじゃねぇよ」
 
 「いんや」
 
横たわっていたシロさんは、前足を揃えて座り直した。
 
 「ここはよ、好むと好まざるとおめぇの『家』なんだ。
そして、ここに居るやつらはそうだな、、
ニンゲンの言うところの『家族』ってやつだ。
おめぇにはそれを守る役割があるし、力がある。
あのお嬢ちゃんだって、よ~く知ってるさ」
 
家族、役割、力。
オレには全く関係ないと思っていた単語が登場し、面食らった。
 
 「家族、ねぇ。オレのやることはいつもあいつを
不機嫌にさせてるようだけど」
 
 「夕べのアレか。アレはおめぇ、お嬢ちゃんは、怒ってたわけじゃねぇ」
 
 「え、、だってありゃ、どう見たってさ。めちゃくちゃ
睨まれたんだぞ?」
 
 「やーれやれ。鈍い野郎だねぇ」
 
後ろ足で首のあたりをかりかりと掻き、シロさんは目を細める。
 
 「心配でしょうがねぇのさ。危なっかしいからなぁ、ガー公はよぅ」
 
危なっかしい、、のか?オレ。
あんなか細いコムスメに心配されるほどに?
そういえばトモにもやたらと気を遣われていたっけな。
 
矛盾してるぞ、シロさん。
そんな危なっかしくて頼りないオレの、どこに「主」の要素がある?「主」ってのはそうだ、パークの赤いボスのような、冷静で賢くてそして、、、
 
 「おめぇは優しすぎんだな」
 
優しい。
よく聞く言葉だが、これも自分に当てはまる単語だとは到底思えない。
 
 「まぁ、お嬢ちゃんも素直じゃねぇからあぁなるんだろうがよ。けど夕べのおめぇの心意気はちゃーんと、伝わってると思うぜ?」
 
そういえばあの時。
コザクラは、荒れ狂うオレの木と共にいたのだ。
寝ぐらの中にいたから危害は加えちゃいないだろうが、オレのめちゃくちゃでむき出しの感情のあれこれは、木を通じてダイレクトに届いちまったかもしれない。
ふとコザクラの赤い頰を思い出し、一体どのような感情を、どの程度撒き散らしてしまったのだろうか、と不安になる。
 
枝葉がざわざわと揺れる。
オレを覗き込むシロさんの目はミカヅキのように細い。
口元は心なしかにやけているように見える。
 
 「あー、、あのさぁ、、そうだ。『家』といえばさ、シロさんには『家』はあるの?寝ぐらだとか、そういう決まった場所」
 
いたたまれなくなって、話題を変えた。
 
 「家な、、、あったこともあったな」
 
シロさんは、オレに寄っかかって毛づくろいをしながら、遠くを見つめる。
 
 「親兄弟と一緒にな、ニンゲンの世話になってた頃もあった。
カイヌシの姉ちゃんと同じフトンにくるまって眠ったもんさ。
おい、フトンはいいぞぅ、フトンは。あったかくて柔らかくてよぅ」
 
 「へぇ。じゃなんでそこを出たんだよ?」
 
 「何がきっかけだったかねぇ。多分いい感じのメスがいたんでこう、
ついふらふらっとついてくうちに、とかそんなんだろ。ま、それ以来
独り身の、気ままな野良暮らしよ。へへっ」
 
思いがけず知ったシロさんの「昔」。
宝物を見せてもらったみたいで嬉しくなった。
 
 「いいよな、シロさんは自由で。
行きたいところがあればどこへだっていける。
やりたいことがあればなんでもできるんだ。オレはね、シロさん」
 
「オレは、知りたいんだ」

誰にも話したことはない。
自分の中に存在していたことすら忘れていた。 
しまい込んですっかり重たく湿っぽくなってしまったガラクタの想いが、
ぼろぼろと口から溢れ出る。
 
 「オレはこの世の中のことを全然知らねぇ。知っているのは本から得た知識と学校の中の世界だけ。頭でっかちのデクノボウなんだ。ほんとは知りたいんだよ、自分で確かめたいんだよ、別の世界を。自由になりたいんだ。でもここから離れられねぇ。なんにもできねぇ。なのに存在し続けなきゃいけないなんてさ、、、オレ、、悔しくてしょうがねぇんだよ」


ガラクタ


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