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京都・祇園祭。日本って、いいなあ。

コロナ禍で二度目の夏。
日本全国のお祭りが軒並み中止になっています。
今年は二度目の中止の所もあれば、規模を縮小して行う所もあるようです。京都の祇園祭は、山鉾巡行の場面を全国ニュースで目にすることがありますが、神事は7月1か月かけて行われるんですね。

今年は、鉾を組み立てる技術や神事を廃れさせないために、
一部再開されるようです。
多くの祭りと同様に「疫病退散」のために始まった祇園祭り。
観光客と京都で暮らす人とでは、また感じ方が違うでしょう。
今年は各地から観光客が来ることはないと思いますが・・・
「コロナ退散」を願って静かに行われるようです。

以下は、昨年の夏に掲載した祇園祭の記事です。写真は娘が撮ったもの。YouTubeの動画がきれいなので、観てみてください。
コロナで浮足立っている日本人に、ちょっと落ち着け!と言ってるよう。

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娘が実家を離れ、大学時代4年間と留学準備時代2年間で、合わせて6年間暮らした京都。四条大宮や三条会商店街近辺に住んでいたので、碁盤の目を東西南北自転車で疾走し、充実した毎日だったようです。日本の伝統文化が日常にあたりまえにある環境で、たくさんの刺激を受けて、本当に貴重な経験だったと思います。

京都といえば、神社仏閣にまつわる祭事が1年中、続きます。その筆頭が八坂神社の祭礼「祇園祭」でしょう。祇園祭は約1100年前に京都で流行った疫病を封じるために山や鉾(ほこ)と呼ばれる山車(だし)を立て、それを引っ張って都大路を歩いたのが始まりと言われています。歴史ある祭事は、最近になって作られたお祭りと違って、祭りそのものに存在感があり、「日本て、いいなあ」と思わせてくれます。

「価値観が正反対」の難しい夫ですが、さすがに伝統的な祇園祭の雰囲気には素直に感動していました。夏の京都なんて観光客が多過ぎて、車で移動は大変なのに、私の言うことは聞きませんから、怒られながら助手席でナビして、どっと疲れたのも今は懐かしいです。山鉾巡行を見て、夫は例によってコロッとご機嫌になりましたし。

今年はコロナで祇園祭まで中止とはびっくりしました。疫病退散の神事として始まったのに、現代のコロナ禍ではやむをえません。以下は、7年ほど前のブログの記事です。平和な日常に感謝ですね。

                ☆

祇園祭は7月、1か月間 続きます。
ニュースなどでよく紹介されるのは、山車(だし)を引っ張って市中を練り歩く山鉾巡行。長年巡行は一度だけでしたが、もともと7月24日にも行っていた後祭(あとまつり)が平成26年(2014年)に復活し、17日の前祭(さきまつり)と併せて2回行われるようになりました。

前祭に出る山や鉾は7月10日から、後祭に出る山や鉾は7月18日頃から各町内で組み立てられます(山建て・鉾建て)。

画像1長刀鉾
車が行き交う四条通に鉾を出し、組み立ての真っ最中。鉾先が長いので「長刀鉾(なぎなたほこ)」です。昔から「くじとらず」で毎年巡行の先頭を行きます。稚児が乗るのも長刀鉾だけ。小柳ルミ子の歌「四条通の日盛りを~長刀鉾が通ります♪」が頭の中をクルクル。

山鉾巡行の前日が宵山(よいやま)、前々日が宵々山(よいよいやま)と呼ばれ、お祭りになるのも京都らしい風情です。宵山の人出はかなりのもの。夜になると、通りで翌日の巡行を待つ山鉾の提灯に灯りがともり、祇園囃子の鐘の音が。山や鉾の上に上がって見学させてもらえる所もあり、大勢の見物客がきれいに装飾された山鉾に歓声を上げながら行き交います。

ハイライトは山鉾巡行。沿道は人で埋め尽くされます。
私が見に行った年はまだ後祭が復活していなかったので、すべての山鉾(33基)が17日に巡行しました。その年に選ばれた稚児が先頭の長刀鉾(なぎなたほこ)に乗り込み、出発地点(四条麩屋町の交差点)で注連縄(しめなわ)を太刀で切る神事をして、出発します。昼間の巡行では、外国から渡ってきたゴブラン織りのタペストリーがかかった山鉾など、色鮮やかな装飾が目を引きます。

注連縄を切る時にも沿道から歓声が上がりますが、一番の見所で、大きなどよめきと拍手が起こるのは四条河原町の交差点での「辻回し」。道路に青竹を何本も敷いて、その上に水をかけながら車輪を滑らせ、かなりの重さの山車を何回かに分けて90度方向転換します。扇子を持った男衆が鉾に乗って身を乗り出し、独特の掛け声で音頭をとる様子が映像でよく紹介されます。これを見るために、四条河原町の交差点の歩道では早くから大勢の人が場所取りをして、夏の暑さも忘れさせる祭りの高揚感です。

画像1朝8時ごろから四条通沿いの歩道で、山鉾が来るのを待つ人たち。今は歩道の幅がもう少し広げられています。私たちはこの上のカフェから観覧(裏技)。

辻回しの後は、河原町通りを北上して御池通を西へ(後祭が復活してからは、少しコースが変わっているようです)。クライマックスの地点には有料の観覧席も設けられています。新町御池あたりで解散となり、各山鉾町に帰っていきます。

幅の狭い通りを帰っていくので、家並みの近くまで山鉾が迫り、迫力満点。間近に見られるとあって、細い通りで待機する見物客もいます。戻った山鉾は厄を持って帰っているので、できるだけ早く解体し、保管されます。

観光客が多く訪れるのは山鉾巡行なのですが、7月1日、各町に祭りの始まりを告げ、神事の打ち合わせを行う「吉符入」に始まり、7月31日、八坂神社境内の疫神社夏越祭まで、毎日さまざまな神事や準備が街のあちこちで行われます。デパートや商店街には祇園囃子の鐘の音が流れ、祭りにちなんだディスプレイで祭りモード全開。一度は訪ねてみたい7月の都大路です。

なんか、涙出た(;_;)


画像1大船鉾(下京区新町通四条下ル)
江戸時代の大火に度々見舞われながらも復活を繰り返しましたが、幕末の「蛤御門の変」(1864)で屋形や木組を失い、それ以来巡行には参加していませんでした。平成26年、150年ぶりに完全復活し、巡行に参加。
画像1黒主山(中京区室町通三条下ル)
謡曲「志賀」にちなんだ、大伴黒主が桜の花をあおぎ、眺めている姿。衣装の生地も、山車に掛けられているじゅうたんのような布も、歴史的価値の高い物ばかりです。
画像1うちわの裏に、巡行コースと各町内が代々受け継いでいる山車の場所が描かれています。

(参考)祇園祭山鉾連合会HP
(写真撮影)娘M子



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