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『あの日の桜を見に行こう。』【『春を待ちわびる。』参加作品】

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#春待ち三色弁当
#二次創作
#noteイベント部
#マンスリーイベント


日曜の朝、起き上がってカーテンを開いた俺は、その先に広がっている青空を見てふと、三色弁当が食べたくなった。

「買ってくる、って感じじゃ――ないわな」

コンビニで買ってくれば400円位でお釣りが来るし手っ取り早いとは思うのだが、俺が食べたいのはそんな三色弁当じゃない。

「――んしょ。憶えてるっけか、まだ」

俺は少し苦笑いしながら立ち上がると、そのままフラフラと台所に向かう。
汚れたフライパンや皿やコップで溢れかえっている流しを横目に食器棚の前に立ち、長く開いてなかった引き出しを開けると、そこには一冊の大学ノートだけがポツン、と入っている。
その大学ノートを手にとってパラパラとめくっていく。
そこはたくさんの丸文字で埋め尽くされていて、それを見るだけで俺の鼻の奥がツン、と痛み出す。

「――あった、これだ」

痛みをごまかすようにつぶやいた俺の視線の先には、丸文字で『春待ち三色弁当』と書かれたレシピがあった。

「卵――は、ある。醤油も砂糖もある――っと、めんつゆか」

さすがにいんげんや鶏のひき肉が無いのは最初からわかっていたが、砂糖やめんつゆがなくなっていたことに気づいてなかった自分にアホか、とツッコミを入れつつ、俺はテーブルに置きっぱなしの財布と車の鍵をつかみとった。

「――よし。これで食材はOK、っと」

俺は目の前のテーブルに買ってきたばかりの食材と大学ノートを並べると、よし、ともう一度繰り返してからさっきのレシピをチェックする。
すでに流しの食器やフライパンは綺麗に洗いなおして、ずっと使ってなかった水切りカゴが活躍の場を与えられて生き生きしているようにみえる。

「――まずはフライパンにひき肉と水、か」

俺は自分に言い聞かせるように手順を確認しながら、レシピのとおりに調理を始める。
料理なんて1年以上何もやってなかったから正直上手くできるかどうか分からなかったが、どうせ食べるのは自分だけなのだから気にすることはない、と自分に言い聞かせる。

「――いつも思うけどよ、『完全に水分とか汁が無くなる前に火を止めましょう』って、どのくらいで火を止めりゃ良いんだ?」

思わずついて出た問いに、しかし今はもう応える声もない。
あの呆れたような、でも優しい声がもう応えることはない――
そう考えた途端、火をかけたフライパンがじわり、とぼやけ始めて、慌てて俺は涙を拭う。

「しっかりしろ、俺。次は炒り卵なんだからな」

そうつぶやいた俺の耳に、不意に懐かしい声が聴こえてくる。

『――炒り卵はね、片栗粉をひとつまみ入れると良いんだよ。ふわっふわでね――』

「ああ、片栗粉だよな、わかってる」

俺はそう応えると、封を切ったばかりの片栗粉の袋からひとつまみだけつまんで、ボールの中でプカプカと浮かんでいる黄身に向けてはらり、とふりかけた。

「――よし。できた」

そう言ってふう、と息を吐きながら時計を見ると、もう3時を過ぎていた。

「もうこんな時間かよ。ったく、いんげんのヤロー、手間取らせてんじゃねえっての」

俺は弁当箱に敷き詰めたゆでいんげんに向けて悪態をつきながら、それでも我ながら上手く出来たと満足感に浸っていた。

「これならお前も旨い、って言ってくれるよな。明希――」

ふと口をついて出た問いに思わず振り向くが、そこには誰の姿もない。
昨日までは考えたくもなかったその現実が、しかし今はなぜか不思議と受け入れられるような気がしていた。

「――なにやってんだかな、俺は」

俺は今日何度目かの苦笑いとともに、弁当箱に蓋をする。
俺が使うにはあまりにも小さなその弁当箱。
明希のお気に入りだったそれが今、俺の手の中でかすかに温もりを伝えてくる。

『明希ちゃん、おべんと出来たよ』

――不意に脳裏をよぎったのは、優しい明子の声。

『わあい、おべんとお!』

どこからか明子の声にはしゃぐ、明希の嬉しそうな声も聴こえてきて、俺は思わずリビングのローボードへと目を向けた。

――ローボードの上に置かれた、写真立てと二つの位牌へと。

「明子、――明希」

口にしたその名前とともにフラッシュバックしてくるあの日の記憶。

病院からの電話。
事故。
陽射しがやたらと明るかった霊安室。
線香の匂い。
立ち上る煙突からの煙。誰もいない部屋。冷たい空気。空虚。暗闇。喪失感――

思わず引っ張られそうになったその記憶と感情から現実へと引き戻してくれたのは、包み込むように持っていた明希の弁当箱の温もりだった。

「――ああ、わかってる。ピクニックだろ?」

俺はそうつぶやくと、ゆっくりと二人に近づき、位牌に微笑みながら、そっと写真立てを手にとった。

「――弁当も出来たし、一緒に行こう」

俺は写真の中の二人に、そっと話しかける。

「行って帰ってきたら、大掃除だからな」

と、そう付け加えながら。

(了)

――はい、というわけで。
イベント部、3月のマンスリーイベント『春を待ちわびる。』にご参加いただいた鹿野がんこさんの『春待ち三色弁当』をもとに、勢いで一本書いてみました。
何かを感じ取ってもらえれば幸いです。


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