『かなづちの音で』
作:ならざきむつろ 原案:雪町子 BGM:kermit
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『かなづちの音で』
原案:雪町子
https://note.mu/town103/n/n4e946b37e66c
執筆:ならざきむつろ
BGM:Green Lullaby(|kermit|)
https://note.mu/coolguitar/n/nd121ed3ae18f
カン、カン、カン――
どこかでかなづちの音がして、僕はもっそりと起き上がると、カーテンの隙間から差し込む朝日に目を細めながらサイドテーブルの目覚まし時計を見る。
「――まだ6時だし。日曜なんだからかんべんしてよお」
ぼやきつつ、でも転がり落ちるようにベッドから降りると、いつもの部屋着に着替える。
もうちょっと何か違うものを着れば良いんだろうけど、どうせ後でまた着替えるんだから別にかまやしない。
カン、カン、カン――
またかなづちの音。明らかにその音は、家の庭の方から聴こえてきてる。
「ったくもう、近所迷惑じゃないの?」
本心からあきれた声でつぶやきつつ着替えを終えると、僕は軽く深呼吸をしてから、ドアノブをゆっくりと回した。
※
「あ、にいちゃんおはよお」
階段を下りて居間に入ると、コタツで妹がミカン片手にワールドトリガーを観ているところだった。
「早いなあ。もう起きてたんだ」
「そりゃね、30分もギコギコカンカンされたら、普通起きるって」
ほおづえをつきつつそう言ってミカンを口に入れる妹の様子が母さんそっくりだ、なんてことを口にしたら殺されそうなのでやめておく。
「30分?そんなに?」
「そう。――ま、にいちゃんが起きてくるくらいだし」
「おま――それひどくね?」
確かに寝起きの悪さと集中力のなさは家族でトップクラスの実力を誇る僕だけどもさ。
「っていうか、誰?」
ふと我に返って問いかけると、妹はいかにも小学生らしい小さな肩を大げさにすくめて見せる。
「見てきたら?」
「いや、知ってんなら――」
教えろよ、と言いかけた僕の耳に、またさっきのカンカンが聴こえてくる。
「ついでにやめさせてよ。お父さんたちまだ帰ってこないし、このままじゃ近所迷惑だもん」
「帰って――ああ、そっか」
そこでようやく思い出した。
父さんと母さんは昨日から今日の準備も兼ねて洋介おじさんのとこに行ってるんだった。
――と、言うことは。
「じゃ、今外でカンカンやってるのって」
「そ。だからほら、いってらっしゃい」
だめだ、妹の意識はすでに、テレビの中で巨大な化け物に変わったギーグにしか向いてない。
僕は片手をひらひらさせてる妹にはいはい、と返事をすると、障子を開けて縁側に出た。
※
カン、カン、カン――
縁側に出た僕が庭に目を向けると、そこには予想通りじいちゃんがいて――
そんでなぜか、犬小屋を直していた。
「じいちゃん、なにやってんの?」
僕の声にじいちゃんは手を休めると、そのしわだらけの顔に満面の笑みを浮かべてよう、とかなづちを持ち上げる。
「なにっておめえ、コロの小屋、雨漏りしてっからよ」
「雨漏り、って――」
そりゃ3年もほったらかしにしてんだから漏れて当然じゃないか――って言おうとして、僕は嫌な予感にとらわれた。
まさか、じいちゃんボケたか?
「安心してください、ボケてませんよ」
すかさず返ってきたじいちゃんのおどけた声に、僕は呆れつつもホッとする。
良かった、少なくともおととい観てたテレビのギャグは覚えてた、って。
「じゃあなんで今ごろ直してるの?」
「うわっ、なんだよもう」
突然僕の脇からにゅっと生えてきた妹の声に飛び上がりそうになった僕。
「にいちゃんうるさい」
「うるさいっておまえなあ――」
「で?なんで?」
僕のツッコミなどおかまいなしに聞く妹に、じいちゃんはあほか、とばっさり。
「コロももうすぐあいつといっしょに戻ってくるのに、寝るところなきゃ困るだろが」
「あいつって、ばあちゃん?」
重ねた妹の問いに、じいちゃんは深々とため息をついて、それ以外に誰がおるか、と返してきた。
「あいつがコロを連れてったんだ、帰ってくるときも一緒に決まっとろう」
じいちゃんはそれで話は終わり、とばかりに僕たちに背を向けると、釘箱から釘を取って犬小屋の屋根に打ち込み始めた。
カン、カン、カン――
「――帰ってくるかな、コロ」
じいちゃんの日曜大工を眺めながら妹がそうつぶやいたので、僕はたぶんね、と返した。
「犬にも三回忌ってあるのかな」
「あるんじゃないか?」
「あるの?!」
「あるだろ、人間だって犬だって、死んで魂になるのは一緒なんだから」
妹の問いに、僕は断言する。
何の根拠もないでまかせだけど、この場はそうした方がいいと思ったから。
「ふうん、そっか」
妹はそれだけ言うと、あとは黙ってじいちゃんの方を見つめる。
僕はそんな妹をちらりと見てから、居間の柱に掛かっているカレンダーへと目を向けた。
今日は、日曜日。
ばあちゃんとコロが亡くなって二年が経った今日は、こうやって始まったのだった。
(完)
※ジャケットの写真は写真ACよりお借りしました。
http://www.photo-ac.com/main/detail/203094?title=%E7%B8%81%E5%81%B4
原案:雪町子
https://note.mu/town103/n/n4e946b37e66c
執筆:ならざきむつろ
BGM:Green Lullaby(|kermit|)
https://note.mu/coolguitar/n/nd121ed3ae18f
カン、カン、カン――
どこかでかなづちの音がして、僕はもっそりと起き上がると、カーテンの隙間から差し込む朝日に目を細めながらサイドテーブルの目覚まし時計を見る。
「――まだ6時だし。日曜なんだからかんべんしてよお」
ぼやきつつ、でも転がり落ちるようにベッドから降りると、いつもの部屋着に着替える。
もうちょっと何か違うものを着れば良いんだろうけど、どうせ後でまた着替えるんだから別にかまやしない。
カン、カン、カン――
またかなづちの音。明らかにその音は、家の庭の方から聴こえてきてる。
「ったくもう、近所迷惑じゃないの?」
本心からあきれた声でつぶやきつつ着替えを終えると、僕は軽く深呼吸をしてから、ドアノブをゆっくりと回した。
※
「あ、にいちゃんおはよお」
階段を下りて居間に入ると、コタツで妹がミカン片手にワールドトリガーを観ているところだった。
「早いなあ。もう起きてたんだ」
「そりゃね、30分もギコギコカンカンされたら、普通起きるって」
ほおづえをつきつつそう言ってミカンを口に入れる妹の様子が母さんそっくりだ、なんてことを口にしたら殺されそうなのでやめておく。
「30分?そんなに?」
「そう。――ま、にいちゃんが起きてくるくらいだし」
「おま――それひどくね?」
確かに寝起きの悪さと集中力のなさは家族でトップクラスの実力を誇る僕だけどもさ。
「っていうか、誰?」
ふと我に返って問いかけると、妹はいかにも小学生らしい小さな肩を大げさにすくめて見せる。
「見てきたら?」
「いや、知ってんなら――」
教えろよ、と言いかけた僕の耳に、またさっきのカンカンが聴こえてくる。
「ついでにやめさせてよ。お父さんたちまだ帰ってこないし、このままじゃ近所迷惑だもん」
「帰って――ああ、そっか」
そこでようやく思い出した。
父さんと母さんは昨日から今日の準備も兼ねて洋介おじさんのとこに行ってるんだった。
――と、言うことは。
「じゃ、今外でカンカンやってるのって」
「そ。だからほら、いってらっしゃい」
だめだ、妹の意識はすでに、テレビの中で巨大な化け物に変わったギーグにしか向いてない。
僕は片手をひらひらさせてる妹にはいはい、と返事をすると、障子を開けて縁側に出た。
※
カン、カン、カン――
縁側に出た僕が庭に目を向けると、そこには予想通りじいちゃんがいて――
そんでなぜか、犬小屋を直していた。
「じいちゃん、なにやってんの?」
僕の声にじいちゃんは手を休めると、そのしわだらけの顔に満面の笑みを浮かべてよう、とかなづちを持ち上げる。
「なにっておめえ、コロの小屋、雨漏りしてっからよ」
「雨漏り、って――」
そりゃ3年もほったらかしにしてんだから漏れて当然じゃないか――って言おうとして、僕は嫌な予感にとらわれた。
まさか、じいちゃんボケたか?
「安心してください、ボケてませんよ」
すかさず返ってきたじいちゃんのおどけた声に、僕は呆れつつもホッとする。
良かった、少なくともおととい観てたテレビのギャグは覚えてた、って。
「じゃあなんで今ごろ直してるの?」
「うわっ、なんだよもう」
突然僕の脇からにゅっと生えてきた妹の声に飛び上がりそうになった僕。
「にいちゃんうるさい」
「うるさいっておまえなあ――」
「で?なんで?」
僕のツッコミなどおかまいなしに聞く妹に、じいちゃんはあほか、とばっさり。
「コロももうすぐあいつといっしょに戻ってくるのに、寝るところなきゃ困るだろが」
「あいつって、ばあちゃん?」
重ねた妹の問いに、じいちゃんは深々とため息をついて、それ以外に誰がおるか、と返してきた。
「あいつがコロを連れてったんだ、帰ってくるときも一緒に決まっとろう」
じいちゃんはそれで話は終わり、とばかりに僕たちに背を向けると、釘箱から釘を取って犬小屋の屋根に打ち込み始めた。
カン、カン、カン――
「――帰ってくるかな、コロ」
じいちゃんの日曜大工を眺めながら妹がそうつぶやいたので、僕はたぶんね、と返した。
「犬にも三回忌ってあるのかな」
「あるんじゃないか?」
「あるの?!」
「あるだろ、人間だって犬だって、死んで魂になるのは一緒なんだから」
妹の問いに、僕は断言する。
何の根拠もないでまかせだけど、この場はそうした方がいいと思ったから。
「ふうん、そっか」
妹はそれだけ言うと、あとは黙ってじいちゃんの方を見つめる。
僕はそんな妹をちらりと見てから、居間の柱に掛かっているカレンダーへと目を向けた。
今日は、日曜日。
ばあちゃんとコロが亡くなって二年が経った今日は、こうやって始まったのだった。
(完)
※ジャケットの写真は写真ACよりお借りしました。
http://www.photo-ac.com/main/detail/203094?title=%E7%B8%81%E5%81%B4