【練習】三大噺:『子猫』『パプアニューギニア』『人魚』
ならざきむつろ(BGM:ヨシダショウ)
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※ ヨシダショウさんにステキなBGMをお借りできました。ぜひ聴きつつ読んでみてください。
『子猫』『パプアニューギニア』『人魚』
Written By ならざきむつろ
BGM:
『Silently,Solemnly』(ヨシダショウ)
https://note.mu/yoshishow/n/n4abf9fe0e7fa
「ねえ」
突然声をかけられて顔を上げると、向かい側でスマホを弄っていたアケミが不思議そうな表情でこちらを見ていた。
「ん?どした?」
俺がノートパソコンのディスプレイに映っている作りかけの書類のことをいったん忘れ、できるだけ優しく問いかけてみると、アケミは幾分ためらったあと、意を決したようにまっすぐ俺を見つめる。
「ちょっと、聞いていい?」
「あ、うん。いいよ」
そのアケミの深刻そうな口調に少しためらいつつも了承すると、彼女はしかし「ええと」と呟きながら、言葉を探すように視線を宙に泳がせる。
「なんだよ、こわいなあ」
俺がそう言って笑ってみせると、彼女もつられたのか、ほほ笑みと苦笑いの中間のような笑みを浮かべる。
「一応先に言っておくけど、浮気はしてないから」
「あ、うん。それは心配してない」
笑いながら言ったジョークにあっさり切り返されてしまい、それが暗に『私以外にあなたを好きになる奇特な女性は居ないでしょ』と言っているようで、――それが間違ってないので、思わず笑ってしまう俺。
「じゃあ――あれか?武市さんの子猫の話――」
「ううん、猫を飼う気はないからそれはもういい」
これまたあっさり切り捨てられてしまう。
俺としては子猫、飼いたいんだけどなぁ……。
「――飼わないからね」
気持ちが顔に出ていたのか、いくぶん不審げにこちらを見るアケミ。
「は、はは、やだなあ、決めたんだから飼わないだろ」
「……なんかその割には、未練がましい顔してたよ」
ぎくり。
「あ、い、いやその――っていうかそれでもないの?」
「うん、それでもないの」
「じゃあ――」
そう続けた俺の口をアケミはいいから、と遮る。
見上げるように見つめる彼女の瞳が、まるで獲物を狙うときの猫の目のように大きくなっている。
「言葉が思いつかないワケじゃないから。ただ迷ってただけ」
「迷う?珍しいな」
思わず口にした素直な感想に、しかし彼女は怒るでもなくあいまいな笑みを浮かべ、そして手に持っていたスマホを俺に差し出してきた。
「ん?俺は恋人のスマホチェックなんて――」
「させないわよ。そうじゃなくて、それ読んで」
少し呆れたように返した彼女に促されて、俺は彼女のスマホを覗きこむ。
そこにはブラウザが、こんなページを開いていた――
※
女性がシュゴンになったという話はパプア・ニューギニア、ミルン湾地方でも語られている(『世界の民話』第23巻、パプア・ニューギニア、小川超訳、ぎょうせい、1978.12.10、pp.110~114、「海牛ジュゴン」)。緑の蛇が人間の娘を産み、成長した娘は若者と結婚した。娘は母親が蛇であることを夫に隠していたが、やがて男の子も生まれた。娘は母親の蛇に食料を運び、子供の世話を頼んだ。ある日、夫は蛇が子供の側にいるのを見つけ、斧で蛇の体をバラバラに切ってしまった。変事が起きたことを知った妻は、鉢に母蛇の亡骸を集め、息子と共に海辺に行き、「母のために死のう」と歌いながら水に沈んでいった。女はジュゴンになり、男の子は「ばら色の淡水魚」になり、人間はこの二つを仲間と思い、決して食べたりしない。緑の蛇は「ドボナ」(おばあちゃん)と呼ばれ崇められ、シュゴンは「悲しみに沈んでいるので、深海にしか住まない」で、「人間の顔をし、女のような乳房を持つ」といわれる。語り手はラチャエル・タララト。
(引用:『ちりは上にも下にも積もる アフリカの水の精霊・人魚(1)』http://homepage3.nifty.com/~akasatana/akasatana38.html )
※
「――知らなかったな」
俺は丁寧に読み終えると(何故か流し読みをしてはいけない気がした)、彼女にスマホを返しながらそうつぶやく。
「ジュゴンって蛇の子供だったのか」
「そっち?」
「そっち」
俺がそう言ってニヤリ、と笑い、それで?と問い返すと、彼女はため息を一つついてからスマホを受け取る。
「実は私、クォーターなの」
「クォーター……って、司令塔じ」
「アメフトじゃなくて、血筋的な意味です」
そうすかさずツッコミを入れる彼女はどう見ても日本人じゃないかと思うのだが、彼女がそう言うのならそうなのだろう。
「クォーターねえ。てっきり沖縄出身なのかと思ってた」
「なんで沖縄?」
「日に焼けてるし、美人だから」
そう答えた俺にありがと、と返す彼女。
「でもホントよ。『アケミ』は源氏名で、本名は――」
そう言いながら取り出した自分の名刺の裏に、テーブルの上のボールペンでサラサラと書き付けた彼女の名前は、苗字は日本名でも、日本人の名前ではなかった。
「そうだったのか。ぜんぜん気づいてなかった」
「そりゃ、そう見えるように努力してるもの」
少し自慢気に腕を組む彼女。
組んだ腕に彼女の豊かな胸が乗っかっているのが、妙にエロい。
「――なに見てんのよ」
「いや、どことどこのクォーターなのかなって」
「オッパイ見て分かるんだ」
「そりゃ、おっぱい星人だし」
そううそぶいてみせる俺を呆れたような目で見つめてから、さっきよりも大きなため息をつく彼女。
「ったくもう。――えっとね、父は日本人だけど、母が中国人とインドネシア人のハーフ」
「中国人とインドネシア人で、ハーフって言うんだ」
「そりゃそうです。――って言っても、おばあちゃんがインドネシアなんだけど、マレー人とメラネシア人のハーフで」
「メラネシア?」
俺の問いかけに、彼女は手に持っていたスマホを、水戸黄門の印籠のように見せつけてくる。
「パプアニューギニア出身だったひいじいちゃんが、戦争のドサクサでインドネシアに渡って、ひいばあちゃんと結婚したらしいの」
「ああ、だからそのジュゴン」
俺の取ってつけたような納得の仕方に、わかんないよね、と苦笑いする彼女。
「この話ね、実はおばあちゃんが昔よく話してくれてたの。微妙にオチが違うけど」
「オチ?」
「うん。私が聞いてたのは、最後にドボナは海で蘇って神様になって、ジュゴンになった娘とバラ色のお魚になった孫と海の中で幸せに暮らしてます、って」
「お、ハッピーエンド」
少しおどけたように言う俺に、薄い笑みを返す彼女。
「でもね。このお話を聞くたびに、私、いつも悲しくなってた」
「悲しく?」
「うん。――なんかね、お話のドボナが、私みたいだ、って」
予想外の話に、俺は思わず彼女を見つめる。
ブラウンがかった艶やかな髪に日焼けしたような小麦色のハリのある肌、真っ黒で大きな瞳、豊かで形の良い胸の膨らみ。
「――どう見ても『蛇』って感じじゃないな」
「見た目の話はしてないよ」
『バカなの?』と言わんばかりに冷たい目で見つめる彼女に照れ笑いをしてみせる。
「すまんすまん。で、なんでドボナそっくりだって?」
「たくもう。――私って、マレー人とメラネシア人と中国人と日本人の血が流れてるの」
「ああ、そうなるよな」
よく考えてみたら、それってクォーターじゃない気がする。まあいいけど。
「もっと細かく言うと、中国人のじいちゃんだって、純粋な漢族ってワケじゃないし。日本人の父だって弥生人とか縄文人とか曖昧な場所の人だし」
「そりゃまあ、そもそも島国だしな」
「でしょ?そうなってくるとさ、私ってどこに行っても『異端』じゃない?」
「そう?」
『異端』などという単語が出てくる日本人はそうそういないと思うのだけど、そこは敢えて口にしない。
「そうよ。人種としては中途半端もいいとこ。だからね、今はこうやって日本で働けてるけど、やっぱりどこか『違う』って思われてる気がするのよ」
そう言って力なく笑う彼女に、俺はただ「そうかな」としか答えられない。
「そうよ。いくら一生懸命勉強して日本語が上手くなっても、日本人っぽいメイクをしてそれっぽくしてみても、やっぱりどこか違和感がある気がする」
「――猫ってさ」
俺はまっすぐに俺を見つめる彼女に、自分の思ったことを正直に口にする。
「猫?」
「ああ。猫って、いろいろいるじゃない。血統書バリバリの純血種もいれば――」
「ミックスされた雑種もいる」
「そう。でもどの子もやっぱり猫で、それぞれで個性があってさ。やっぱりカワイイわけだ」
俺の言葉に、彼女は苦笑いしつつ「そうね」と応える。
「人間だって同じじゃないか、って思う。『区別』するために民族的な分類をすることはあっても、それはあくまで表面的なことで、本気で好きになったり一緒にいたい、と思う相手にそうはしないと思う」
子猫を見て、可愛いと思う。
血筋や血統や素性なんて関係ないところで、ただひたすらに可愛いと思う。
それが人間だし、日本人なんじゃないか――
「――まあ、理想論ではあるけどね。少なくとも俺はアケミのことを同じ世界の人間だと認識してた。人種とか関係なしにね」
そう締めくくって笑ってみせた俺に、彼女はいったん天井を見上げると、今日何回目かのため息を短く吐き出しながらこう、言った。
「仕方ないなあ。明日武市さんに聞いてみるから」
「へ?」
「へ?じゃないわよ。子猫の話、まだ貰い手決まってないか聞いてみるから」
そう言ってこちらを優しく見つめる彼女に、俺は軽くガッツポーズをしてみせた。
(了)
※ ジャケットはイラストACよりお借りしました。http://www.ac-illust.com/main/detail.php?id=4269&word=%25E4%25BA%25BA%25E9%25AD%259A
『子猫』『パプアニューギニア』『人魚』
Written By ならざきむつろ
BGM:
『Silently,Solemnly』(ヨシダショウ)
https://note.mu/yoshishow/n/n4abf9fe0e7fa
「ねえ」
突然声をかけられて顔を上げると、向かい側でスマホを弄っていたアケミが不思議そうな表情でこちらを見ていた。
「ん?どした?」
俺がノートパソコンのディスプレイに映っている作りかけの書類のことをいったん忘れ、できるだけ優しく問いかけてみると、アケミは幾分ためらったあと、意を決したようにまっすぐ俺を見つめる。
「ちょっと、聞いていい?」
「あ、うん。いいよ」
そのアケミの深刻そうな口調に少しためらいつつも了承すると、彼女はしかし「ええと」と呟きながら、言葉を探すように視線を宙に泳がせる。
「なんだよ、こわいなあ」
俺がそう言って笑ってみせると、彼女もつられたのか、ほほ笑みと苦笑いの中間のような笑みを浮かべる。
「一応先に言っておくけど、浮気はしてないから」
「あ、うん。それは心配してない」
笑いながら言ったジョークにあっさり切り返されてしまい、それが暗に『私以外にあなたを好きになる奇特な女性は居ないでしょ』と言っているようで、――それが間違ってないので、思わず笑ってしまう俺。
「じゃあ――あれか?武市さんの子猫の話――」
「ううん、猫を飼う気はないからそれはもういい」
これまたあっさり切り捨てられてしまう。
俺としては子猫、飼いたいんだけどなぁ……。
「――飼わないからね」
気持ちが顔に出ていたのか、いくぶん不審げにこちらを見るアケミ。
「は、はは、やだなあ、決めたんだから飼わないだろ」
「……なんかその割には、未練がましい顔してたよ」
ぎくり。
「あ、い、いやその――っていうかそれでもないの?」
「うん、それでもないの」
「じゃあ――」
そう続けた俺の口をアケミはいいから、と遮る。
見上げるように見つめる彼女の瞳が、まるで獲物を狙うときの猫の目のように大きくなっている。
「言葉が思いつかないワケじゃないから。ただ迷ってただけ」
「迷う?珍しいな」
思わず口にした素直な感想に、しかし彼女は怒るでもなくあいまいな笑みを浮かべ、そして手に持っていたスマホを俺に差し出してきた。
「ん?俺は恋人のスマホチェックなんて――」
「させないわよ。そうじゃなくて、それ読んで」
少し呆れたように返した彼女に促されて、俺は彼女のスマホを覗きこむ。
そこにはブラウザが、こんなページを開いていた――
※
女性がシュゴンになったという話はパプア・ニューギニア、ミルン湾地方でも語られている(『世界の民話』第23巻、パプア・ニューギニア、小川超訳、ぎょうせい、1978.12.10、pp.110~114、「海牛ジュゴン」)。緑の蛇が人間の娘を産み、成長した娘は若者と結婚した。娘は母親が蛇であることを夫に隠していたが、やがて男の子も生まれた。娘は母親の蛇に食料を運び、子供の世話を頼んだ。ある日、夫は蛇が子供の側にいるのを見つけ、斧で蛇の体をバラバラに切ってしまった。変事が起きたことを知った妻は、鉢に母蛇の亡骸を集め、息子と共に海辺に行き、「母のために死のう」と歌いながら水に沈んでいった。女はジュゴンになり、男の子は「ばら色の淡水魚」になり、人間はこの二つを仲間と思い、決して食べたりしない。緑の蛇は「ドボナ」(おばあちゃん)と呼ばれ崇められ、シュゴンは「悲しみに沈んでいるので、深海にしか住まない」で、「人間の顔をし、女のような乳房を持つ」といわれる。語り手はラチャエル・タララト。
(引用:『ちりは上にも下にも積もる アフリカの水の精霊・人魚(1)』http://homepage3.nifty.com/~akasatana/akasatana38.html )
※
「――知らなかったな」
俺は丁寧に読み終えると(何故か流し読みをしてはいけない気がした)、彼女にスマホを返しながらそうつぶやく。
「ジュゴンって蛇の子供だったのか」
「そっち?」
「そっち」
俺がそう言ってニヤリ、と笑い、それで?と問い返すと、彼女はため息を一つついてからスマホを受け取る。
「実は私、クォーターなの」
「クォーター……って、司令塔じ」
「アメフトじゃなくて、血筋的な意味です」
そうすかさずツッコミを入れる彼女はどう見ても日本人じゃないかと思うのだが、彼女がそう言うのならそうなのだろう。
「クォーターねえ。てっきり沖縄出身なのかと思ってた」
「なんで沖縄?」
「日に焼けてるし、美人だから」
そう答えた俺にありがと、と返す彼女。
「でもホントよ。『アケミ』は源氏名で、本名は――」
そう言いながら取り出した自分の名刺の裏に、テーブルの上のボールペンでサラサラと書き付けた彼女の名前は、苗字は日本名でも、日本人の名前ではなかった。
「そうだったのか。ぜんぜん気づいてなかった」
「そりゃ、そう見えるように努力してるもの」
少し自慢気に腕を組む彼女。
組んだ腕に彼女の豊かな胸が乗っかっているのが、妙にエロい。
「――なに見てんのよ」
「いや、どことどこのクォーターなのかなって」
「オッパイ見て分かるんだ」
「そりゃ、おっぱい星人だし」
そううそぶいてみせる俺を呆れたような目で見つめてから、さっきよりも大きなため息をつく彼女。
「ったくもう。――えっとね、父は日本人だけど、母が中国人とインドネシア人のハーフ」
「中国人とインドネシア人で、ハーフって言うんだ」
「そりゃそうです。――って言っても、おばあちゃんがインドネシアなんだけど、マレー人とメラネシア人のハーフで」
「メラネシア?」
俺の問いかけに、彼女は手に持っていたスマホを、水戸黄門の印籠のように見せつけてくる。
「パプアニューギニア出身だったひいじいちゃんが、戦争のドサクサでインドネシアに渡って、ひいばあちゃんと結婚したらしいの」
「ああ、だからそのジュゴン」
俺の取ってつけたような納得の仕方に、わかんないよね、と苦笑いする彼女。
「この話ね、実はおばあちゃんが昔よく話してくれてたの。微妙にオチが違うけど」
「オチ?」
「うん。私が聞いてたのは、最後にドボナは海で蘇って神様になって、ジュゴンになった娘とバラ色のお魚になった孫と海の中で幸せに暮らしてます、って」
「お、ハッピーエンド」
少しおどけたように言う俺に、薄い笑みを返す彼女。
「でもね。このお話を聞くたびに、私、いつも悲しくなってた」
「悲しく?」
「うん。――なんかね、お話のドボナが、私みたいだ、って」
予想外の話に、俺は思わず彼女を見つめる。
ブラウンがかった艶やかな髪に日焼けしたような小麦色のハリのある肌、真っ黒で大きな瞳、豊かで形の良い胸の膨らみ。
「――どう見ても『蛇』って感じじゃないな」
「見た目の話はしてないよ」
『バカなの?』と言わんばかりに冷たい目で見つめる彼女に照れ笑いをしてみせる。
「すまんすまん。で、なんでドボナそっくりだって?」
「たくもう。――私って、マレー人とメラネシア人と中国人と日本人の血が流れてるの」
「ああ、そうなるよな」
よく考えてみたら、それってクォーターじゃない気がする。まあいいけど。
「もっと細かく言うと、中国人のじいちゃんだって、純粋な漢族ってワケじゃないし。日本人の父だって弥生人とか縄文人とか曖昧な場所の人だし」
「そりゃまあ、そもそも島国だしな」
「でしょ?そうなってくるとさ、私ってどこに行っても『異端』じゃない?」
「そう?」
『異端』などという単語が出てくる日本人はそうそういないと思うのだけど、そこは敢えて口にしない。
「そうよ。人種としては中途半端もいいとこ。だからね、今はこうやって日本で働けてるけど、やっぱりどこか『違う』って思われてる気がするのよ」
そう言って力なく笑う彼女に、俺はただ「そうかな」としか答えられない。
「そうよ。いくら一生懸命勉強して日本語が上手くなっても、日本人っぽいメイクをしてそれっぽくしてみても、やっぱりどこか違和感がある気がする」
「――猫ってさ」
俺はまっすぐに俺を見つめる彼女に、自分の思ったことを正直に口にする。
「猫?」
「ああ。猫って、いろいろいるじゃない。血統書バリバリの純血種もいれば――」
「ミックスされた雑種もいる」
「そう。でもどの子もやっぱり猫で、それぞれで個性があってさ。やっぱりカワイイわけだ」
俺の言葉に、彼女は苦笑いしつつ「そうね」と応える。
「人間だって同じじゃないか、って思う。『区別』するために民族的な分類をすることはあっても、それはあくまで表面的なことで、本気で好きになったり一緒にいたい、と思う相手にそうはしないと思う」
子猫を見て、可愛いと思う。
血筋や血統や素性なんて関係ないところで、ただひたすらに可愛いと思う。
それが人間だし、日本人なんじゃないか――
「――まあ、理想論ではあるけどね。少なくとも俺はアケミのことを同じ世界の人間だと認識してた。人種とか関係なしにね」
そう締めくくって笑ってみせた俺に、彼女はいったん天井を見上げると、今日何回目かのため息を短く吐き出しながらこう、言った。
「仕方ないなあ。明日武市さんに聞いてみるから」
「へ?」
「へ?じゃないわよ。子猫の話、まだ貰い手決まってないか聞いてみるから」
そう言ってこちらを優しく見つめる彼女に、俺は軽くガッツポーズをしてみせた。
(了)
※ ジャケットはイラストACよりお借りしました。http://www.ac-illust.com/main/detail.php?id=4269&word=%25E4%25BA%25BA%25E9%25AD%259A