未知なる灰谷魚《カダス》を求めて
AVFT
2ndTribute
#灰谷魚トリビュート
参加作品
未知なる
灰谷魚
《カダス》
を求めて
作 ならさき@むつろ
素材提供 灰谷魚
はいたにーうお【灰谷魚】
中部地方の山間部にある灰谷湖に棲息するとされている巨大魚で、いわゆるCryptid(日本ではUMAが一般的な俗称である) の一種である。
灰谷地方の伝説によると、太古の昔に空から落ちてきた灰谷魚が地獄まで続くという巨大な空洞を塞いでしまったことから、現在の灰谷湖ができたのだとされている。
その姿を見たという者は存在したが、その証拠はいまだ提示されたことがない。
「なあ、じいちゃん」
春も終わりに近づいてきた、日曜日のある早朝。
灰谷湖の湖畔に停められた古めかしいジープJ24からぴょこん、と降り立った少年が、同じく運転席からよっこいしょ、と降り立った老人に向かって話しかける。
「なんじゃ、トイレか?トイレならそこらへんで――」
「トイレじゃないってば。そうじゃなくて」
そのままジープの後方に回りドアを開く老人に、少年は不服そうな声を上げる。
「こんなところに、ホントに怪獣がいるの?」
両開きのドアを開けた老人は、そのいぶかしげな少年の声にピタリ、と動きを止めて振り返る。
「タケシ、怪獣じゃないぞ。伝説の魚じゃよ」
「どっちも似たようなもんでしょ。だって『空から降ってきて地獄の入口を塞いだ巨大な魚』なんだから」
「――ん、まあ、そうじゃのお……」
タケシ、と呼ばれた少年に、昨夜自分が熱く語った『伝説』をざっくりとまとめて言い返され、老人は苦笑する。
「ま、どちらにせよ、じゃ。居るか居ないかという話であればの、そりゃもちろん『いえす』じゃて」
老人の、どちらかというと英語よりもひらがなっぽい肯定の言葉にほんとかなぁ、とつぶやきながらも、少年はあきらめたように老人の支度を手伝い始めた。
※
「おい、タケシ。明日ヒマか?」
ゴールデンウィーク前半を父親の実家で過ごすという両親の案を受け入れてやってきたその日の晩。
山盛りに盛られたごちそうの中から自分の皿にから揚げをてんこ盛りにしていたタケシに、向かいの席に座っていた祖父――半次郎が声をかけたのが始まりだった。
「――んー、うん」
「なんじゃその煮え切らない返事は。元気が足らんぞ元気が」
できれば行きたくない、という空気を滲み出していたタケシに、しかし半次郎は気にもせずにそう言い、がっはっは、と笑う。
「タケシは疲れてんだよ、おやじ」
「何言っとる、ただ後ろの席で座ってゲームしとっただけじゃろが」
タケシの隣で日本酒を片手にフォローした父親――伸二をバッサリと切り捨てた半次郎に、タケシは露骨に嫌な顔を見せる。
「明日何かあるの、じいちゃん」
それでも話を促したタケシに、半次郎が一升瓶を片手におう、と笑う。
「明日、灰谷湖に行くぞ」
「灰谷湖?」
「――って父さん、あそこは何もないただの湖だろ?」
灰谷湖と聞いてタケシと伸二が即座に口を挟んだが、半次郎は特に気を悪くした様子もなく、自分のグラスに一升瓶を傾けた。
「何もない、ってことがあるか。あそこにはアレがおるじゃろが」
アレ、と言われて伸二が一瞬ぽかんとしたが、その後にああ、と呆れたような声を上げる。
「なんだ、『灰谷魚』か」
「はいたに――うお?」
父親の言葉にタケシがきょとん、としていると、半次郎が「なんだとはなんだ」と身を乗り出した。
「『灰谷魚』はいる!わしが――」
「『わしが子供のころ見たんは、間違いなく灰谷魚じゃったんじゃ!』――でしょ?」
半ばあきれたような、でもどこか楽しげな口調で、半次郎の隣に座っていた祖母――たえが続けたので、出鼻をくじかれた半次郎がむすっとした様子で座りなおした。
「――って、何なの?その『灰谷魚』って」
タケシの隣に座っていた母親――洋子がタケシ越しに伸二に尋ねると、しかし半次郎が待ってました、とばかりに口を挟んでくる。
「このあたりの伝説なんじゃよ。灰谷湖は実は地獄につながっとる巨大な穴でな、それを空から降ってきた『灰谷魚』っていう巨大な魚がふさいでしもて、そこに雨水が降り注いで灰谷湖になった、っちゅうな」
「うわ、何そのゲームみたいな話。すごいじゃん!」
半次郎の熱を帯びた口調に、今度はタケシが嬉しそうに身を乗り出す。
「じゃろ?でな、明日その『灰谷魚』をな、捕まえに行こうと思ってるんじゃよ」
同じく身を乗り出してニンマリと笑う半次郎に、タケシがすげえ!と嬉しそうに返す。
「それってUMAでしょ?見つけたら有名人じゃない!」
「そうじゃろそうじゃろ?ほいでここにも観光客がいっぱいくるしの」
次第に盛り上がり、しまいにはえいえいおー!と掛け声を上げ始めた二人に、伸二と洋子は深々とため息をつき、たえはただニコニコとほほ笑んでいた。
※
「――でさあ、じいちゃん」
ジープから降り立って数分後。
タケシは半次郎と二人で、灰谷湖の湖畔に立っていた。
そのすぐそばには折り畳み式の椅子が二脚あり、彼らの手には投げ釣り用の釣竿が握られている。
「なんじゃ?」
「なんじゃ?じゃないよ。なんで釣り道具なの?」
「何言っとるか、魚といえば釣りじゃろうが」
さも当然、と言わんばかりに半次郎に答えられて、タケシはいやいや、と複雑な笑みを返す。
「だって、巨大なんでしょ?」
「ああ、でっかいぞ」
「でっかいのになんで『普通の釣竿』を使うの?って話だよ」
冷静に考えれば至極まっとうなことを尋ねたはずだったのだが、半次郎はしかし呆れたような表情でタケシを見つめ、「なんでじゃ?」と逆に問い返してきた。
「相手は魚じゃぞ。たとえどんなに大きな魚でも、ちゃんとした釣り道具を使えば絶対に釣ることができるはずじゃ!」
釣竿を持っていない左手を強く握り締めて力説する半次郎にはいはい、と諦めたように返し、タケシは仕方なく湖に向かって釣り糸を垂れ始めた。
※
それから2時間が経過した。
釣りの経験がないタケシはその2時間の間に恐ろしいまでのビギナーズラックの渦に巻き込まれて、それこそ大量の魚を釣り上げたのだが、そのどれもがいわゆる『外道』――少なくとも食べることが出来ない魚ばかりだったので、次第にタケシのテンションは下がり始めていた。
「――ねえ、じいちゃん」
「なんじゃ?」
「――また釣れたんだけどさ」
「おお?!すごいの!どれどれ――」
少し嫌気が差したような口調のタケシを盛り上げようと、わざとテンションを上げた半次郎が覗きこんだその先には――なぜか空中にふわふわと浮かんでいる魚がかかっていた。
「ああ、これは紀代子魚じゃな」「紀代子――って、なに?」「ああ、原因は解らないが、2ヶ月掛けて空へとのぼっていく魚じゃよ」「空に――って、なんで?」「わからん。かいぶつからでも逃げとるんだろう」「意味分かんないよ。だいたいなんでこんな魚ばっかりなのさ」「さあなあ」「さっきのヤツだって変だったじゃん!下半分にスカートだよスカート!」「ああ『メルドュ』じゃな。アレは珍しい――」「珍しいよ確かに!ガチなスカート履いてたじゃんあの魚!」「まあ、シームレスじゃがの」「意味分かんないよ!」「じゃから言ったじゃろう、ありゃ外道じゃて」「外道っていうか人外すぎるよ!さっきの首が長い魚だって」「ああ、『アルパカ』か?」「まんまじゃん!発射台から飛ばしたくなるよ!」「まあ外道じゃしなあ」「それで終わらせるの?!あとあのやたら冷たかった魚は」「ああ、『市川葉子』かな?」「なんで魚なのに名前ついてんの!」「そりゃ死んでるからの」「死んでたらフルネーム付くんだ?!」「だから外道なんじゃ」「そんなドヤ顔で言わないでよ!」「『外道かどうか見分けるのは簡単だ。何でもありか、何にもないかしかないから(カフカ)』」「なにそれ?」「言ってみただけじゃ」「そんな女子高生の他愛ないおしゃべりみたいな発言今しなくて良いじゃん!」「そうかの?」「そうだよ!」「ちなみにの」「なに?」「さっきの鎖鎌持ってた魚は『クサリガマコサメ』って言っての」「どうでもいいよってかあれ鎖鎌だったの?!」「あやうく首を切られるとこだったんじゃぞ」「あぶなっ!めっちゃあぶなっ!」「まあ、外道じゃからなあ」「何でもありなの外道って!」「じゃから『外道かどうか――』」「もういいよ!」
――とまあそんなこんなで。
気づけば更に一時間が経過していた。
その間にも外道は次々とタケシの釣り竿に引っかかってきて、例えば見た目も動きもまったく同じ『キリコ』と『アリサ』や釣り針に引っかかったまま何故か傍に落ちていた電球に近寄っていった『土』やなぜか「おはよう!良い天気だね!」と叫ぶ頭部だけの魚『テニスブノナマクビ』ややたら大きい(のに灰谷魚じゃなかった)上にレオタードを着ている『ソノコ』ややっぱりやたら大きい(のにまた灰谷魚じゃなかった)のに話が噛み合わない『パーティ』や209歳まで生きるという『ジャスティン・ビーバー』や津波のように押し寄せてくる『ザイゼンナオミ』や雷おこしが大好物な『ツカサトマリー』やなぜか妙に良い匂いがする『クサカベサン』や9999回目が合うと恋愛フラグが立つという『ワンライナー』やそんなたくさんの外道がタケシに釣り上げられてはリリースされていった。
「――ねえ、じいちゃん」
タケシが今釣り上げたばかりのエラが福耳みたいな形の『フクミミ』をリリースしながら声をかけると、相変わらずボウズであってBOSEではない半次郎が真剣な表情で湖を見つめつつ「なんじゃ?」と返してくる。
「釣れると思う?」
「なにがじゃ?」
「なにが……って、灰谷魚だよ」
タケシの問いかけに、BOSEじゃない半次郎がううむ、と思案顔になる。
「灰谷魚はシャイだからのお、もしかしたら今日もダメかもしれん」
「シャイなの?魚が?」
半次郎の答えにビックリして引き上げた釣針にぶら下がってた魚がうええと妙な声を出し、その声にタケシがまたビックリして釣竿を取り落とす。
「シャイじゃぞ。おまけにでかい」
「いやでかいのはもう分かったけどこの魚キモいよ」
「おお!それは『クルマヨイ』じゃな!」
半次郎はそのうええと鳴く魚に大喜びで飛びつくと、目にも留まらぬスピードで自分の釣針に引っ掛けて湖の中にぽちゃんと投げ込んだ。
「『クルマヨイ』の鳴き声に反応するんじゃ」
「するんじゃ――って、灰谷魚が?」
「そうじゃ!今日は運がいいぞ!」
嬉々として釣竿を握りしめる半次郎に「ホントかなぁ」とタケシがつぶやいた、その次の瞬間だった。
半次郎の持つ釣竿がありえないほどにしなったかと思うと、そのまま半次郎がロケット弾のようにすっとんでいったのだ。
「じ、じいちゃん?!」
タケシが慌てて叫ぶがもう遅い。
半次郎は湖面の2mほど上をものすごい勢いで湖の反対側に向けてすっとんでいる。
「じ、じいちゃああああんっ!」
タケシの叫びも虚しく。
半次郎はやがて豆粒ほどに小さくなり、そしてとうとう見えなくなってしまった。
※
それから数時間後。
半次郎を探すのを諦めたタケシが釣り上げた黒い翼のある魚に「いただきまあす。がぶ。」とか言われながら噛み付かれていたところに、半次郎がひょこっと戻ってきた。
「じ、じいちゃん?!イテテ……」
「ああ、それは『モカ』じゃな」
至って平静な様子で外道の解説をする半次郎に聞きたいことがいっぱいあったタケシだが、とにかく無事に半次郎が戻ってきたことが嬉しくて、魚に噛まれていたいからなのか嬉しくてなのか解らない涙を流しながら半次郎におもいっきり抱きつき、半次郎も微笑みながら「よし、じゃあ帰るか」とタケシを抱きかかえながらジープに向かって歩き出す。
その後姿がまるで魚を大事そうに咥えて歩く猫のように見えたのは、気のせいだっただろう。
(了)
あとがき。
皆さんに質問です。
このお話に、灰谷作品が隠されています。
さて、どのお話でしょうか?
正解者にはもれなく、小室モカ先生の個人授業が待ってます。
もちろん、もれなく先生の年表の一部となる特典付きです。
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