『Mosaic』Epilogue
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秋晴れの爽やかな昼下がり。
周囲を木々に囲まれた霊園の駐車場に、一台のRV車が滑り込んできた。
『わ』で始まるナンバープレートを付けたその車が危なげない様子で駐車スペースに停まると、それぞれのドアが開いて4人の男女が外に出てくる。
「……おい、昴。もう少し丁寧に運転できねえか」
後部席から降り立った男性がややげんなりとした様子で口を開くと、運転席から降り立った、昴と呼ばれた男性が、車の背面に回り込みながらなんで?とばかりに首を傾げる。
「そんなに荒かったか?」
「荒かった、なんてもんじゃねえぞ!死ぬかと思ったぞ!」
先程の男性が吐き捨てるように言うと、同じく後部席から降り立った女性がまあまあ、と笑顔で執り成す。
「昴は運転ヤクザだからね、仕方ないよ」
女性のさも当然、と言わんばかりの言葉に、背面のドアを開けた昴が口を尖らせる。
「――瑠璃、それは酷くないか?」
「あら?違った?」
「いやまあ、確かにちょっとくらいは――」
瑠璃ににこやかに切り返されて思わず口ごもる昴を尻目に、助手席から降り立った女性が荷台からバケツと買物袋を取り出しながら、呆れたようにため息をついた。
「ハヤトもスバルも、あそんでない。はやく」
たどたどしい日本語でぶっきらぼうに言う女性に、今度はハヤトと呼ばれた男性が口を尖らせる。
『だってよお、エマ』
『だってじゃないわよ。ほら、これ、使うんでしょ?』
言い返そうとした隼人をばっさり切り捨てると、エマは両手に持ったバケツと買物袋を彼に差し出す。隼人が仕方なさそうに差し出された荷物を受け取ったのを合図に、4人は霊園に向かって歩き始めた。
『――日本語、上手くなったな』
たくさんの墓碑が立ち並ぶ墓地を縫うように歩きながら、昴がエマに語りかける。声をかけられたエマはどこか緊張した面持ちで昴を見ると『そりゃそうよ。郷に入れば郷に従え、だし』と、少し自慢げに笑う。
『ま、俺の教え方が良いんだよな』
二人のやり取りを聞いていた隼人がドヤ顔で会話に割り込むと、エマがハイハイ、と呆れ声で返し、その日本語での切り返しが可笑しかったのか、瑠璃がクスクスと笑った。
「ほんと。日本語、上手くなってるじゃん」
「確かに。隼人先生、やるなあ」
瑠璃と昴がニヤニヤしながら言うと、隼人はさも当然だ、と言わんばかりにふふん、と笑うと「良いからさっさと行くぞ」と、歩調を早めた。
『……そうか、墓参りに、な』
二日前。
昴がかけた電話越しに、昴の父の呟くような声が聴こえてきた。
「うん。エマが来日することになってね、そのついでに叔父さんと再会させたいな、って」
昴がまくし立てるように言うと、電話の向こうから、『叔父さん――ね』と、どこか含みのある声が聴こえてきた。
「――なんだか、含みのある言い方だな」
昴が憮然とした様子で返すと、今度は電話の向こうから笑い声が聴こえてくる。
『まあ良い。 ――すまんが、あいつの墓参りついでに、穹の墓も掃除しといてくれないか』
叔父――徳川翼は徳川本家の直系であったが、アメリカで結婚したことでグリーン・カードを得てからは、本人の希望により、離婚を経て日本に戻ってきてからも分家として生涯を終えていた。今では彼の墓は、徳川本家の隣の土地に、寄り添うようにして建てられている。
その、まるで昴を見透かしたような父の願いに、昴はぐっ、と声を詰まらせる。
「――あ、うん。綺麗にしてくるよ」
『そうしろ。なんせ昴、お前が行くのは初めてだからな、穹もきっと喜ぶ』
電話越しに聴こえてきたその穏やかな声に、昴は天井を見上げ、そうだねとだけ応えた。
「……ここか?」
少し前を歩いていた隼人が、一つの墓の前でぴたりと立ち止まり、親指で指差しながら昴へと目を向ける。
「徳川――うん、ここだ」
墓碑の名を確認した昴が頷くと、隼人は持っていた買物袋を瑠璃に渡し、重ねて持っていたバケツをばらすと「昴、水行くぞ」とすたすたと歩き出した。
「わるいな、隼人」
見つけた水塲で汲んだ水を手に、昴がぽつりと呟く。
「まったくだよ。大の大人が、墓参りの仕方も知らないなんてよ」
常識だよ常識、と自慢げに言う隼人だったが、昴がそれに笑みを浮かべるだけで否定をしないかったため、急に照れ臭くなって突然あさっての方に顔を向けた。
「――まあでも、良かったよな」
突然話を変えた隼人に、しかし昴もああ、と応える。
「そうだね、叔父さんもこれで――」
「ちげえよ」
言葉を遮られた昴が隼人を見ると、隼人は真顔になって彼を見つめていた。
「穹ちゃんだよ。――きっと、待ってたはずだからな、」
あの子ならな、と呟くように言う隼人に、昴もそうだね、と素直に応える。
「――うん。長かったけど、ようやく来る事ができた」
昴はぽつりと呟くと、隼人を見て、行こうか、と淡く微笑んだ。
※
掃除を終えた4人は、蝋燭と線香、そしてエマの父親である翼の墓にはウイスキーのミニボトルを、穹の入る徳川本家の墓には彼らのCDを供え、墓の前で静かに手を合わせる。
『お父さん――来たよ、私』
父の墓の前にしゃがみ込むエマが、ぽつり、と呟くのを、早々に手を戻した隼人が微笑みながら見つめる。
『あんたのした事は、今でも許せない』
エマが目を伏せたのを見て、隼人がそっと彼女の肩に手を伸ばす。しかし彼女はすぐに顔を上げると、ただまっすぐに墓碑を――父を見上げた。
『でも、死んじまったんなら、仕方ないよね』
そう呟く彼女の声に、少しずつ嗚咽が混じる。
『向こうで――向こうできっ――と、』
彼女の嗚咽は次第に大きくなっていく。
『お母さん――と、仲直り――できてる――よね?』
嗚咽でほとんど言葉になっていないエマの肩を隼人の手が優しく包み込むと、エマは弾かれたように振り向いて彼に抱き着き、わんわんと泣き始めた。
「……涙ってさ、」
エマと隼人の様子を見つめていた昴の耳に、瑠璃の声が聴こえる。
「流すもんじゃなくてさ、」
昴が瑠璃に目を向けると、彼の視線に気付いた彼女がまっすぐに昴を見る。
「気持ちと一緒に、溢れ出してくるもんなんだよね、きっと」
そう言って微笑んだ彼女に昴も柔らかな笑みを返すと、改めて徳川の墓の前でゆっくりとしゃがみ込み、静かに口を開いた。
「穹。これまで俺は、お前の果たせなかった夢を叶えるために生きてきた」
「昴――」
語り始めた昴に、瑠璃が優しく声をかける。
「全てはお前のためだった。――夢を叶えられなかった、お前の」
昴はそこで言葉を区切ると、ちらりと供えていたCDのパッケージを見つめる。
「でもな、エマと――ああ、彼女、エマって言うんだ。見た目はお前にそっくりだけど、中身は全然違うんだぞ」
『……良く解らないけど、悪口を言われた気がする』
隼人の胸に顔をうずめているエマが、そのままの姿勢でぼそり、と呟き、三人が思わず吹き出す。
「――でさ、エマと踊ってみて思ったんだ。俺は――」
そこで再び昴は言葉を区切ると、顔を上に向ける。
そこには、抜けるような秋の空が在った。
「――俺は、やっぱりダンスが好きなんだ、って」
昴のその言葉に、隼人が口の端をくい、と上げて笑う。
何を今更、と言わんばかりに。
「そしてさ、穹。
お前は、お前と関係なしにダンスが好きだった俺を追いかけてたよな」
昴の脳裏に、穹が元気だった頃にダンスをした、あの公園での出来事がよぎる。
「――穹。これからはお前のためにじゃなく、俺のためにダンスをすると、そう決めた」
その言葉に、瑠璃の目が大きく見開かれ、じわりと涙が溢れてくる。
昴が、前を向いた。
穹を想い出の中に残し、自分の脚で歩き始めた。
ただそれだけのことだった。
それだけが、瑠璃には嬉しかったのだ。
「だから、穹。見ててくれ、兄ちゃんのことを――」
そのとき。
……ふと。
何かに呼ばれたような気がして、昴は顔を上げる。
木々の隙間から差し込んでくる日差しに目を細める彼の耳に、
どこからか、穹の声が聴こえてきたような気がした。
『ありがとう、お帰りなさい』
と。
(『Mosaic』 FIN)
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