「1センチ。」2016 Re-Mix Ver.
ならざきむつろ(BGM:ゆう)
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※ 今回はゆうさん( https://note.mu/monometrika )がアップされていた音素材『bluesphere』(https://note.mu/monometrika/n/n7e2e5efa0aaf )をお借りしました。ありがとうございました。
「1センチ。」2016 Re-Mix Ver.(1518文字)
土曜の夜の8時を過ぎた頃。ラッシュアワーの時間帯のため家路につく人々でごった返している地下鉄のドアの手前に君たち二人がいた。
君たちはそれぞれがんばって大人っぽい格好をしているが、どう見ても高校生――いや、中学生くらいにしか見えない。
彼らの周囲に立つサラリーマンのせいで、余計に若く見える。
「大丈夫?」
ドアの脇にあるポールに寄り掛かるようにして立っている君が、少し不安そうな表情で目の前の彼氏に声をかける。
サラリーマンたちに背を向け、ドアに手をついて支えるようにして立っている彼氏は、少し苦しそうな表情で、でも無理やり笑顔を浮かべて大丈夫、と応える。
「ぜんっぜん平気。これでも毎日筋トレ欠かしてないんだぞ」
そう続けた彼氏の声は、でもそのドアに伸ばしている腕と同じく、少し震えている。
「でも、なんか苦しそう」
そう言った君がその手持ち無沙汰にしていた両手を少し持ち上げ、しかしためらいがちに少し宙をさまよってから、やがて何かを諦めたのか、自分自身を抱きしめるように腕を組む。
「大丈夫だって。――それよりゴメンな。もうちょっと早く帰ってれば空いてたのにな」
苦しそうな笑顔で詫びる彼氏に、君はふるふる、と首を横に振る。
「ううん、ぜんぜん。楽しかったし」
「そっか、良かった――」
その時だった。
地下鉄がカーブに差し掛かったせいで、背後のサラリーマンの固まりが彼氏の方へと寄ってきたのだ。
「ぐ――」
負けまいと必死に力を込める彼氏だったが、大人の集団の圧力に負けて、ジリジリと君の方へと近づいていく。
「だ、だいじょ――」
心配になって声をかけようとした君はでも、目の前数センチのところに彼の唇が近づいてきていることに気が付いて、顔を真っ赤にして口を閉じる。
そんな君の様子を誤解したのか、彼氏が心配そうに「大丈夫?」と尋ねる。
ミントタブレットでも食べたのだろう、爽やかなミントの香りが彼女の鼻腔をくすぐる。
「ち、近いよ――」
なんとかそれだけ口にした君にようやく状況を理解したのだろう、彼氏も顔を真っ赤にして離れようとするが、背後からの圧力がそれを許さず、むしろ更に彼と君の距離は縮まっていく。
――そう。あと4センチ。
「ご、ゴメン――」
彼氏が緊張したように、でも慎重に声をかけると、君は緊張したように、でも微かに首を横に振る。
――あと、3センチ。
君の身体に必死に触れないでいる彼氏の顔に、君の甘い吐息がかかる。
彼の身体を支えようか迷っている君の顔に、彼の熱い吐息がかかる。
――あと、2センチ。
もはや君たちは、互いの目しか見えてない。
あと、ほんのちょっと近づけば、互いの唇が触れるのだ。
君たちがまだ触れたことのない、唇が。
――あと、1センチ。
彼の目に、潤んだ瞳の君が映る。
君の目に、頬を上気させた彼が映る。
触れそうで触れていない互いの心臓が、今まで無いくらい鼓動を早めている。
――あと、1センチ。
彼は思う。
今ここで、伸ばしている腕の力を緩めたら――と。
君は思う。
今ここで、ほんのちょっと身体を前に倒したら――と。
しかし結局、君たちは動かなかった。
身体も――いや、その顔の表情さえ緊張で固まっていた君たちは、結局それ以上動くことができなかったのだ。
そしてやがて地下鉄がカーブを抜け彼氏の背後の圧力が緩むと、彼はホッとしたような表情を浮かべて君から身体を離――そうとして、驚いたように自分の胸元を見つめた。
そう。
君が慌てたように彼の服の胸元をぎゅう、と掴んでいたからだ。
「ちょ、ど、どうした――」
慌てた彼の言葉は、そこで不意に途切れた。
――そう。
真っ赤な顔で目を閉じたまま1センチの壁を超えてきた、君の唇によって。
(了)
※ 今回のジャケットもイラストACよりお借りしました。
http://www.ac-illust.com/main/detail.php?id=60440&word=%E9%9B%BB%E8%BB%8A
「1センチ。」2016 Re-Mix Ver.(1518文字)
土曜の夜の8時を過ぎた頃。ラッシュアワーの時間帯のため家路につく人々でごった返している地下鉄のドアの手前に君たち二人がいた。
君たちはそれぞれがんばって大人っぽい格好をしているが、どう見ても高校生――いや、中学生くらいにしか見えない。
彼らの周囲に立つサラリーマンのせいで、余計に若く見える。
「大丈夫?」
ドアの脇にあるポールに寄り掛かるようにして立っている君が、少し不安そうな表情で目の前の彼氏に声をかける。
サラリーマンたちに背を向け、ドアに手をついて支えるようにして立っている彼氏は、少し苦しそうな表情で、でも無理やり笑顔を浮かべて大丈夫、と応える。
「ぜんっぜん平気。これでも毎日筋トレ欠かしてないんだぞ」
そう続けた彼氏の声は、でもそのドアに伸ばしている腕と同じく、少し震えている。
「でも、なんか苦しそう」
そう言った君がその手持ち無沙汰にしていた両手を少し持ち上げ、しかしためらいがちに少し宙をさまよってから、やがて何かを諦めたのか、自分自身を抱きしめるように腕を組む。
「大丈夫だって。――それよりゴメンな。もうちょっと早く帰ってれば空いてたのにな」
苦しそうな笑顔で詫びる彼氏に、君はふるふる、と首を横に振る。
「ううん、ぜんぜん。楽しかったし」
「そっか、良かった――」
その時だった。
地下鉄がカーブに差し掛かったせいで、背後のサラリーマンの固まりが彼氏の方へと寄ってきたのだ。
「ぐ――」
負けまいと必死に力を込める彼氏だったが、大人の集団の圧力に負けて、ジリジリと君の方へと近づいていく。
「だ、だいじょ――」
心配になって声をかけようとした君はでも、目の前数センチのところに彼の唇が近づいてきていることに気が付いて、顔を真っ赤にして口を閉じる。
そんな君の様子を誤解したのか、彼氏が心配そうに「大丈夫?」と尋ねる。
ミントタブレットでも食べたのだろう、爽やかなミントの香りが彼女の鼻腔をくすぐる。
「ち、近いよ――」
なんとかそれだけ口にした君にようやく状況を理解したのだろう、彼氏も顔を真っ赤にして離れようとするが、背後からの圧力がそれを許さず、むしろ更に彼と君の距離は縮まっていく。
――そう。あと4センチ。
「ご、ゴメン――」
彼氏が緊張したように、でも慎重に声をかけると、君は緊張したように、でも微かに首を横に振る。
――あと、3センチ。
君の身体に必死に触れないでいる彼氏の顔に、君の甘い吐息がかかる。
彼の身体を支えようか迷っている君の顔に、彼の熱い吐息がかかる。
――あと、2センチ。
もはや君たちは、互いの目しか見えてない。
あと、ほんのちょっと近づけば、互いの唇が触れるのだ。
君たちがまだ触れたことのない、唇が。
――あと、1センチ。
彼の目に、潤んだ瞳の君が映る。
君の目に、頬を上気させた彼が映る。
触れそうで触れていない互いの心臓が、今まで無いくらい鼓動を早めている。
――あと、1センチ。
彼は思う。
今ここで、伸ばしている腕の力を緩めたら――と。
君は思う。
今ここで、ほんのちょっと身体を前に倒したら――と。
しかし結局、君たちは動かなかった。
身体も――いや、その顔の表情さえ緊張で固まっていた君たちは、結局それ以上動くことができなかったのだ。
そしてやがて地下鉄がカーブを抜け彼氏の背後の圧力が緩むと、彼はホッとしたような表情を浮かべて君から身体を離――そうとして、驚いたように自分の胸元を見つめた。
そう。
君が慌てたように彼の服の胸元をぎゅう、と掴んでいたからだ。
「ちょ、ど、どうした――」
慌てた彼の言葉は、そこで不意に途切れた。
――そう。
真っ赤な顔で目を閉じたまま1センチの壁を超えてきた、君の唇によって。
(了)
※ 今回のジャケットもイラストACよりお借りしました。
http://www.ac-illust.com/main/detail.php?id=60440&word=%E9%9B%BB%E8%BB%8A