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『幸せな片想い』

文章:ならざきむつろ 曲:mog.
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この作品は、リレー小説企画『片想い~l'amour non partage~』の15話目です。
企画詳細: https://note.mu/muturonarasaki/n/nb994a7209d23

14話:Caori Takayさん『明けても暮れてもアイラブユー』
(https://note.mu/caorimba/n/nbbe5ec3f743a )

マガジン『片想い~l'amour non partage~』(登場人物全員片想い。)
( https://note.mu/muturonarasaki/m/m336ee66c2ea7 )
※次の人がイメージしやすいよう、最後に登場人物の設定を記載しています。
※曲はmog.さんの『終わりのある風景。』をニコニ・コモンズにてお借りしてきました。
 ステキな曲なので、ぜひリピートしつつ聴いてみて下さい。
 noteはこちらになります。https://note.mu/mog_lalala/n/n282cf2139e33

                ※

「――では、これで」
私ができうる限りの誠意をこめた笑みを浮かべてそう告げると、彼女が「あら、もうそんな時間?」と微笑み返してきた。
「ケリーさん、快く取材に応じていただき、本当にありがとうございました」
「おかまいなく、私も楽しかったですし」
彼女――今ニューヨークで最もホットな女性弁護士の一人であるリーバン・ケリー女史は、私が鞄を持って立ち上がるのを、その不思議な瞳でじっと見つめている。
私はその二つの瞳――もっと具体的に言えばその虹彩を見て、ずっとためらっていた問いを投げかけてみることにした。
「あの」
「はい?どうかなさいました?」
「ええと、――どうしようかな」
思わず本音が出て、私は曖昧に笑う。
いちおうこれでも名の知れたジャーナリストであるはずなのに――と。
「――ああ。もしかして、このオッドアイのこと?」
ケリー女史がクスクス、と笑いながら自分の眼を指さしてくれたので、私は苦笑いしながらはい、とうなずいた。
「実は私も――その、同じで」
私はそこで下を向き、右目にはめていたカラーコンタクトをはずして、彼女へと目を向ける。
左が青で右が褐色のケリー女史と、
左がシルバーで右が赤の私。
そうそうあることのないめぐりあわせに、ケリー女史は立ち上がると本心から嬉しそうに私の両手を包むように握りしめた。
「まあ、そうなの?すごいすごい!」
「すみません、あまり人に見せたくなくて」
少し照れ臭くなった私に、彼女は気にしないで、と笑う。
「私もね、昔はそうだったもの」
「え?そうだったんですか?」
「そうよ、――良かったらもう少し聞いていかない?」
「え、ええ。でもケリーさんはこの後――」
「オッドアイで悩んでる人が目の前にいるのよ?そっちの方がだいじ」
そう手で制されてはむげに断るわけにはいかないな、と軽く肩をすくめながら再び椅子に座った私を見て、彼女はむふうん、と少し自慢げな表情で私の方に身を乗り出してくる。
「さっきも話しましたけど、私は昔イギリスに住んでてね」
「10代のころ、でしたよね」
「そう。そのころは私、すごい人見知りというか、人とかかわるのが臆病だったの」
「分かります。私なんか今でもそうですから」
「オッドアイって目立つもんね。私が住んでたのは田舎だったからもっとひどくて、同じ年の子たちからは化け物みたいに扱われてたわ」
子どもだから許される、無邪気な悪意。
私も同じ悪意にさらされてきたから良く分かる。
「あの頃は外に出るのも苦痛で、でも両親にそんなこと言えるわけもなくてね。だからいつも学校に行くフリをして、学校の近くにある公園で時間をつぶしてたの」
「きっと自分が悪いんだ、生まれてこなければよかった――」
「そう、そんなことをずっと考えてた。――あなたも同じだったのね」
彼女の問いに、私はこくり、とうなずく。
「そっか、辛かったよね。――で、そんな時だったの、『彼』が現れたのは」
「彼?」
おうむ返しに問いかけた私に、彼女はクスクスと笑い、
「同じ年くらいの男の子だったんだけど、いつも見えない誰かとおしゃべりしてるようなタイプの子で」
「ああ、いますね」
思わず笑いながらそう返すと、彼女も笑いながら――でもどこかまぶしそうに窓の外を見つめる。
「その変な子が突然私の方に近づいてきてね、不思議そうな顔でじっと私を見て、そしてこう言ったの――」

               ※

何を迷うことがあるの?
君のその目は、君が正しいと思うことをを誰かに伝えるためにあるのに。

               ※

「誰かに――伝える」
私がぽつりとつぶやくと、彼女はええ、とうなずく。
「変な子だったけど、その言葉はまっすぐで、すうっと私の中に入ってきてね、そのまま彼のことを好きになってた」
変な子だったけどね、と続けて笑った彼女に、私はわかる気がします、と応える。
「同じ目立つなら、目立つことを武器にしてもいい――」
「そう、だから私はこの仕事を選んだの。自分が考える正しさを、この違う色の両目に目を向けるたくさんの人に伝えられる、この弁護士という仕事をね」
そう言って見つめる彼女のシルバーとブルーの虹彩に、私の姿が映っている。
若いころの彼女と同じ悩みを抱えている、私の姿が。
「――あの、」
「なにかしら?」
「もしかして、今でも彼のことを」
私の口から思わず出た問いに、薄い笑みを浮かべながら、彼女はそうね、と応える。
「私がこっちに移住してきたときに彼とはお別れしてしまったし、『ファンタス』って名前しか知らないんだけど、今でも挫けそうになったときとか寂しくなったときにね、ふっと彼のことを思い出すわ」
もう20年も昔の話なのにね、とクスクス笑う彼女がとても幸せそうに見えて、私はなぜか泣きそうになる。
「あら、ごめんなさい。変な話しちゃって」
「いえ、そうじゃないんです。あなたがその一言でどれだけ救われたかを思って、つい」
すみません、と続けた私に、彼女は笑う。
「悪くないでしょ?もう二度と会うこともない人とその人の言葉を胸に生きていく人生ってのも」
「まるで片想いみたいですね」
「叶うことのない、幸せな片想い――」
悪くないわね、とつぶやくように言うと、彼女は私に微笑んだ。
(了)



【片想いされてる人】
小室 ファンタス(こむろ ふぁんたす)
杏の元家庭教師。日本人とイギリス人のミックス。10歳までイギリス在住。話すとき、たまに英語が混じる。大学卒業後、出版社勤務。犯罪等のレポート・記事の執筆を担当。妄想癖が酷く、出会いも無い日々にたまりかねて理想の女性「杏」を脳内に創りだした。ときどきこの「杏」が夢に出てきて暴走し、リアル生活にも侵入し始めたことが最近の悩み。

【片想いしてる人】
リーバン・ケリー(りーばん・けりー)
ニューヨークにある『クレイグ&ファッツ法律事務所』に努める弁護士で、幼少のころはイギリスに在住していた。
イギリスにいたころ、先天的虹彩異色症によるオッドアイのせいでいじめられていたところを小室ファンタスに助けられ、彼が日本に旅立ち、自身もアメリカへと移住したそのあとも、彼のことを一途に想い続けている。

※ジャケット写真はフォトACよりお借りしてきました。
http://www.photo-ac.com/main/detail/90655?title=%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AF5

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