アナログMTR

<昔のレコーディング雑記>その3

アナログマルチレコーディング時代の思い出を、さらに幾つか。

レコーディングは、リズム録り~各種ダビング~MIX(トラックダウン)~マスタリング~カッティング(アナログ盤当時は)と続き、プレス行程に入りアナログレコードが完成する。

各工程で様々な逸話が存在するが、もちろん僕より詳しい人が大勢いるので(汗)なにとぞ突っ込みはご勘弁を笑。記憶違いや思い違いもありますのでご容赦ください。

<アナログマルチの切り貼り>

2インチ(約5cm)のアナログマルチテープを切って貼る技は、ベテランのエンジニアでも何人かしかやってなかったと思う。

マルチテープの価格は多分当時一本36000円位。やたら重い。

確か30分弱録音出来た。

その24トラックの音源が入った世界に一つしかないマスターテープを切っちゃうんですよ。

例えばリズム録りが終わってミュージシャンが帰った後、アレンジャーがどうしても、テイク2の大サビから使いたいと言い出す。

するとエンジニアは仕方ないなという感じで、アナログマルチのOKテイクの大サビ前ブレイクポイントを頭出しして、カッターで斜め切り。

繋げたいテイクも頭出しして、同様に切って、メンディングテープで貼り合わせる。

再生してみると違和感なく音源が繋がっている。

初めて見たときは驚愕した。

実はレコーダーには切って貼る専用のスペースが上部のヘッド脇にあって、まあ世界中どこでもやってたんだろうなと想像できるんだが・・。

その後デジタルのマルチテープも同様に繋げると言う話を聞いたが、真偽のほどは定かでない。

<様々なダビング>

リズム録りが終わるとほぼ楽曲の全容が見えている。

でも、イントロや間奏やエンディングにひと味付けるために、別日にソロパートのミュージシャンが呼ばれる。

多いのはギタリストや、サックス奏者で、たまにハモンドなどキーボード物(まれにミニムーグやアープオデッセイ)。

あと当時多かったのはブルースハープとか。

ギタリストは2時間くらいの押さえで、大体二曲のギターソロを仕上げて帰る。

持ち味が各人あるのだが、まずギターの音色を作り上げ、歪み物の掛かり具合を調整し、たまにテープエコーなど噛ませて個性を出す。

アレンジャーもその辺熟知しているので、「もう少し甘めで」「あー、そこは思い切り行っちゃって下さい」とか曲のニュアンスに合わせて要望を伝える。

ギタリストも何を望まれてるのかよく判っているので、2~3テイク目で持ち味のフレーズがコードとはまると、「もうバッチリ!」となって次の曲へ。

歌謡曲物の場合、人気フレーズはジミヘン、ペイジ、ベック、サンタナ、ニール・ショーン、後年グレイドン、ルカサー等といろいろ引き出しがあって楽しかった。

もちろんインスパイアされていても、オリジナルフレーズだ。

*写真は1980年当時、Steve Lukatherのエフェクターボード。写りが悪くてごめんなさい、なにせアナログカメラなんで笑。

サックスはもっと早く、二曲で1時間押さえとか普通だった。

サックスプレイヤーがスタジオ入りして、曲聴きつつ譜面見つつとりあえず一服。

「で、ソプラノ?アルト?」

アレンジャー「あ、ソプラノで」

そのままスタジオ入って準備でき次第、曲を出し、必ず一発目から録音する。

当時売れっ子のサックスプレイヤーは神懸かっている人も多く、いきなりベストテイクを吹く事がある。

一発目終わってアレンジャー「あーそれ頂きます!」

サックス「えーと、モニターほとんど聞こえなかったんだけど・・」

アレンジャー「でもメチャ良かったんで聴いてみましょう」となり、そのままOKって事もあった。

あまりに早いので、そのうちギャラは一曲単位に変更された。

コーラスは曲中の「Woo,Ah(ウー、アー)」物はともかく、サビの字ハモ(歌詞付きの主メロにコーラスを付ける)は歌手の歌入れが終わってないと出来ない作業だ。

巧いヴォーカリストならば良いのだが、アイドル物となると歌入れは壮絶だ。

今みたいに機械で補正も出来ないので、ここはディレクターの出番である。

とりえあえずエンジニアが少ないトラックをやりくりして、3チャンネル位を空けて準備しておく。

歌入れ当日、忙しいアイドルの時間のない中、マネージャーから「3時間でよろしく」とか言われ、とにかくそこそこ行けそうなテイクをだましだまし録っていき、本人帰った後、チャンネルセレクターを駆使してどうにか歌のOKチャンネルを作る。

とはいえ細かいピッチのズレはどうしようもなく、それにハモリを付けるコーラスチームは苦労したと思う。

当時コーラスのおかげで本人の下手さをカバーした曲なんていくらでもある。

コーラス録りはアレンジャーの注文によっては異常にチャンネルを使うので、よくピンポンブレイクがあった。

それまで録ったコーラスの6チャンネル位をバランス取って、別のトラックのLR2chにミックスして移し、新しいトラックを確保する作業だ。

たまに勢いでどんどんトラックを浪費していき、気がつくとピンポン先のチャンネルが無い、となるとスタッフ全員顔面蒼白である。

*写真は1980年当時、LAで最も売れっ子だったコーラスチーム。Bill Champlinとその仲間。その後Billはシカゴに加入。

<MIX時の手数>

もちろんコンピュミックスなど無い時代。

当時はようやく24ChMTRとはいえ、ピンポンにも限界がありトラック数が足りず、別の楽器が同じトラックにダビングされてるのもざらだった。

MIXの進捗具合見るために深夜スタジオに顔出すとアレンジャーが、

「お、いいとこに来た!手が足りなかったんだ」

それは文字通り手が足りないわけである。

「毎回のサビでこのチャンネル、ミュートして。あとこの二本のフェーダー、ここまで下げて。」

コンソール周りにはエンジニアとアレンジャーとそのボーヤとが疲れた顔で張り付いている。

各フェーダーの脇には、サビとかAメロとか書かれて、フェーダーの位置が線で何本か記載されているテープがべたべた貼られている。

アシスタントはマルチと2Trのテープを回し、曲中ではリヴァーヴやディレイの変更を担当。

エンジニアとアレンジャーはそれまで数時間、各楽器やVoのバランスや音色を調整して来てて、重要なフェーダーやイコライザ操作を担当。

曲中の場所さえ判れば、まあ誰でも出来る操作をボーヤと僕が担当するわけだ。

MIX始まると戦争状態。あちこちから手が伸びて交差する。

途中「あ、ごめん止めて」となると最初からやり直し。何を間違ったかは教えてくれない笑。

「やっぱここのギターもう少しあった方がいいかなあ」などとやってると、はや数時間。

こっちも曲覚えて全容が見えると「いやサビのコーラスちょい下げでしょ」とか言ってしまい、気がつくと夜明けを迎えるのだ。

時は過ぎ、ある日、久々のMIXで最新のスタジオに行くと、卓のフェーダーが勝手に動くのを初めて見て、ああ時代は過ぎ去ったなと感じたものだ。

<オケ全体にフェイザーを掛ける>

某美形男子ヴォーカリストのMIXの時。アレンジャーが曲のエンディングでオケ全体にフェイザーを掛けたいと言い出した。

その昔KISSだかのLive盤でそういう処理の仕方をしてた曲があり(ジェットサウンドとも呼ばれていた)、確かにその楽曲には合う感じだった。

しかしよくあるEG用のエフェクター等ではとてもそんな感じにはならない。

どうすればいいのか悩んでいると、ベテランのエンジニアが

「確かそれはテレコを使って作るんだ」と言いだし、MIX後の音源をいったん2trのマスターレコーダーにDbしたのを二本用意して、数ミリsecの単位で位相の調整を始めた。

手作業と感覚でほんの少しだけオケをずらしてスタートし重ねるのだそうだ。

僕には原理はよく判らず、ふーんと思って見ていたが、なかなかうまくいかず1時間後ぐらいにアレンジャーが業を煮やしたか、

「あーもうそれ無くてもいいかな」とか言いだし、諦めかけたところ、エンジニアの方は「いや絶対出来る!」と意地に。

それから数時間後、疲れて別室で待っていた僕らの所にエンジニアやってきて、「出来たから聴いてみて」と。

位置も掛かり具合も、見事にそのオケをフェイジングして、カッコイイ仕上がりになっていた。

本当に尊敬した。

特別付録 <リズム録りの結果>
以前の記事の続き。

2テイク目くらいでスタジオマジック起きて、良い感じにリズムが録り終え、副調でみんなで聴いて満足し、アレンジャーが「じゃあ、次の曲行こうか」となる。

しかし、若手の何かしないと存在感が証明出来ないディレクターが「えーと、もう1テイクいいですかね?」となって、その場が凍り付く時の話。

対処方法はいろいろある。

(1)アレンジャー一瞬の沈黙の後(その後の時間配分を即座に計算)

「じゃあもう一発やりましょう」

ミュージシャン達もスタジオに戻り演奏開始。

別に悪くは無いのだが、さっき出し切っちゃったので、マジックが起こったテイクに比べるとそりゃ劣る。

副調で聴いて「やっぱさっきのテイクの方がいいな」ミュージシャン達も口々に同意。

ディレクターも「そ、そうですよね、じゃ2テイク目で」と一件落着。

(2)アレンジャー「えーとどの辺が良くなかったですかね?」

これが一番ディレクターには痛い。

「えー、あの・・二回目のサビとかもっとグッと行けたりしないかな-」

アレンジャー「じゃもう一回聴いてみましょう」アシスタント即座に頭出しして再生。

聴き終わり「いや、これかなり良い感じだねーどうですかね?」
とディレクターをそれまでにない真顔で見つめ、他のミュージシャンもにやにやしつつ、

「俺、コレかなり好き、コレより良いの出来るかなー、自信ないなー」とか言っちゃう。

ディレクターたじたじで「あ、今聴いたら凄く良いね、じゃこれで頂き」とか言わせて一件落着。

(3)ベテランの明らかに立場が上のエンジニアが小声で「え、マジ?」

さらに凍り付くが、エンジニア「これ、めっちゃいいと思いますよー、ちょっともう一回聴かせて」とアシスタントに指示。

アレンジャーもここはエンジニアにまかせた状態。

聴き終わりエンジニアは「○○ちゃん、Aメロの4小節目とか直すんだよね-?」

「あ、やります」

「じゃ完璧じゃん。よし時間無いし、そこだけ先にやっちゃおう」となし崩しで直しに入り、

終了後、「で、もう1テイクやりますか-?」

ディレクター小刻みに震えながら「あー今聴いてたらこれで良いと思います、まあ時間もないし」と一件落着。

まあそんな感じだが、ディレクターもアレンジャーも若手で、判断に迷ってしまうとドツボにはまる事も、まれにありました。

テイク4とかになると、みんな完全に飽きちゃうのに・・笑。

80年代以降、シンセの台頭と打ち込み一辺倒になってからも色々と逸話ありますが、今回のシリーズはこの辺で。


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