生きるってコスパ悪!!
どうも、紫春です( ˙꒳˙ )
今回は、ちょっとした日記パートです。一日悩んでやっぱり書こうと思い、投稿しています。ちょっと遡りながら、最近思ったこと感じたことをそのままに。
恐らく長文になると思われるので、ご了承下さい(〃_ _))ペコリ
昨日、12回目の通院日でした。いつもの様に一週間分の生活や仕事に関して、気分や気になること等を聞いてもらいました。先生はいつも笑顔で、ちゃんと私の話に耳を傾けてくれるので正直、素直に自分の話をし辛い私にとってはとても気が楽になる時間です。
私が初めて心療内科に通院したのは、9月の中旬。
何の前触れも無く前職場に行くことも、家から出ることも、ベットから起き上がることも出来なくなりました。普段の生活もままならなくなり、毎日のように涙が溢れて謎の恐怖と不安に押し潰されそうになっていました。
その間、約2ヶ月一人暮らしの私はほぼ引き籠もりになりました。
正式な診断名は、心身症と循環性気分障害。後者の診断は、この症状に悩まされたのが今回初めてでは無かった為でした。過去に何度も自分の身に起きていたので、調べていた知識だけでは双極性障害なのかなと思い込んでいました。
覚えている限り、産まれて初めて発症したのは高校二年の時だったと思います。それからずっと夏の終わりから春先までの間、自分でコントロール出来ないくらいの気分の波に振り回される生活が続いていました。
毎年の恒例行事並で、正直自分の事が嫌いな理由の一つでもありました。
同じ悩みを抱えた人が、周りに居た故に自分の症状は軽い方なのに何故上手くコントロールできないんだと責めていたから。
でも、年々症状が悪化している自覚はありました。が、きっと自分が弱いからだとか、甘えているからだとか、とにかく自分が悪いんだとしか頭に無かったです。調べ過ぎた、プラシーボ効果だとまで思ってましたし。自己暗示地味てたと思います。そう思い込む方が、周りに迷惑掛けないし心配も掛けなくて済むから。何より日々自分を変えたいと、躍起になっていたから。
元々の性格や経験から、自分は底辺の人間だと思っていたし、誰かに頼ることも甘えることも出来ない素を見せるのが怖い、とても不器用な完璧主義だったのが拍車を掛けたんだろうなと思います。
結局、今年の9月に完全に壊れました。あの時は、本当に怖かったです。自分の部屋以外全てが。職場の人は勿論、外にいる全ての人が私のことを軽蔑していると、悪口を言っていると、自分は要らない人間なんだと、本気で思っていました。沢山の物に囲まれるとパニックになるので、一人で買い物に行くことも当分出来ませんでした。
人って誰しもがコンプレックスを抱えている、ってよく聞くと思います。
私もその一人で、コンプレックスの塊のような人間だと自分では思っていて。
それぐらい多いし、自分の好きな所が本当にこの年になるまで無かったんです。(何故そこまで感じているかは、私の今書いている小説の題材になっているのでそれを読んでいただけると分かると思います。←しれっと宣伝w)
それでも生きなきゃいけないし、今の私は出来ることならまだ生きたいと思えるようになったので少しくらい好きに生きたいんですよね。
そう考えた時に、ふと思ったんです。
人生の試練多すぎませんか????
お金かかり過ぎませんか???
コスパ悪過ぎませんか????!!!!!
って。
通院するようになって更に、毎月の所謂固定費が高くて高くて。
でも、病み上がりだからまだ本格的に働いて稼ぐことも出来なくて。
昨日、先生に相談した時にも
『まだまだ(仕事復帰)始めたばかりですから、“焦らずに”少しずつ慣らしていきましょう。病み上がりですからね。』
そう返されて、ハッとしました。自分は病気でまだ病み上がりで、本来だったらこの季節が一番危ないということを。
先生に言われるまで、自分で気付けなかったからまだまだ染み付いているなと改めて思いました。
ずっと悩んできたコンプレックスに加えて、今の病気に経済面に。
悩みや不安は増える一方で、生きるのって本当に大変だなって思いました。
そんなこんなな日常ですが、今の私がきっと人生で一番自分の事をほんの少しでも好きになれてきているなって思えるんです。