僕君

僕と君 10 苺とホットケーキ


君の髪をクンクンすると、少し香ばしい。
いつのまにか甘ったるいミルクの匂いではなくなってる。
女の子って、みんなそうなのかな。

たとえるとホットケーキみたいだ。
かすかに甘いバニラの香りに似てる。
少し焦がしたバターのジュッっていう音がしてきそう。

ママがフライパンでひっくり返してるのに気づくと
君はぴょんぴょんそこら中を飛び回って、ご機嫌なターンをする。

焼ける頃にはお皿の前にやってきて
メープルはハートのかたちにしてね、と言う。
最近ではおりこうになって
みんなのフォークを引き出しから3本出して、並べたりできる。

こんなにすきだから、匂いも似てきてしまうのかもしれないね。

ママは苺がだいすきで
つわりの時もいちご星人になってしまうくらいだった。
お腹の中で一緒に味わっていたせいかな。
君も真似っこで、いちごずきだよね。
ぼくが会社に行ってるうちに、いつだって影も形もなくなってる!

ファミレスに行っても、君に選ばせると
いつも苺ホットケーキになってしまう。
折角来たのにね、ハンバーグとかどうだい。と思うけど
しあわせそうなふっくらほっぺを見てたら、これでいいのかな。

ママが遠い目をして言うんだ。
「ちいさい頃ね、母に時々連れて行ってもらうデパートの
 最上階にレストランがあったの。私が選ぶのはいつも決まって
 苺とホイップがのったホットケーキだったのよ。
 おこさまランチよりも、ぜったい、それなの」

そっか、遺伝なんだ。
アルバムに貼られた小さな頃の君は、まっすぐ切り揃えた前髪と
キティちゃんみたいにちょこんと赤いリボンをつけていて。
あの写真の子が硝子ケースの前で、いつも通りに指さす一皿を想う。

「おこさまランチはたべなかったの?」
「ああいうのは、男の子に任せておけばいいの。
 チキンライスに立ってる国旗眺めて、目を輝かせてる子に」

ぎくっ。なんで旗集めてたのバレてるんだろう。君にはお見通し?

そんな我が家のクリスマスは、手作りの苺ロールケーキ。
なぜロールケーキって聞いたら
ブッシュドノエルに決まってるじゃないって。
あ、切り株のつもりだったのか。見えなかった。

鉄板に広げて焼いた、ふかふかの正方形の卵色のざぶとんみたいな
ほかほかのスポンジケーキ。ここまでがママの仕事。
この人は不器用ですからね。僕の出番はここから。

苺を小さく刻んでホイップしたクリームに入れると
春色の淡い花びら色になる。
それをきれいに均等に塗って(ママは均等が苦手)
はじっこからそっと、でも、きっちり巻いていくんだ。
まきまき。(これがもっと苦手)
下手な人はどんどん斜めになっていくからね。
オーブンペーパーごと丸めて、両端をリボンで止めたらそっとしておく。

夜になったら、ママの力作のへなちょこサンタをお皿に飾ろう。
苺を半分に切ってクリームはさんで、チョコの目を書いたやつね。
ちょっとぬけたサンタクロース。

さあ、乾杯しよう。
君はサイダー。僕らはシャンパン。透明な泡泡がはじける。
あ、もちろん、ケーキを切るのも僕がやるよ。
はじっこを狙いに来た二人が口をあけてる。
はい、あーん。同時にあげないと拗ねるからね。ぱくっ。

君と君に、メリークリスマス!


⇒ 『僕と君』 11 うちにいるくま



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水菜月
いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。