僕と君 10 苺とホットケーキ
君の髪をクンクンすると、少し香ばしい。
いつのまにか甘ったるいミルクの匂いではなくなってる。
女の子って、みんなそうなのかな。
たとえるとホットケーキみたいだ。
かすかに甘いバニラの香りに似てる。
少し焦がしたバターのジュッっていう音がしてきそう。
ママがフライパンでひっくり返してるのに気づくと
君はぴょんぴょんそこら中を飛び回って、ご機嫌なターンをする。
焼ける頃にはお皿の前にやってきて
メープルはハートのかたちにしてね、と言う。
最近ではおりこうになって
みんなのフォークを引き出しから3本出して、並べたりできる。
こんなにすきだから、匂いも似てきてしまうのかもしれないね。
*
ママは苺がだいすきで
つわりの時もいちご星人になってしまうくらいだった。
お腹の中で一緒に味わっていたせいかな。
君も真似っこで、いちごずきだよね。
ぼくが会社に行ってるうちに、いつだって影も形もなくなってる!
ファミレスに行っても、君に選ばせると
いつも苺ホットケーキになってしまう。
折角来たのにね、ハンバーグとかどうだい。と思うけど
しあわせそうなふっくらほっぺを見てたら、これでいいのかな。
ママが遠い目をして言うんだ。
「ちいさい頃ね、母に時々連れて行ってもらうデパートの
最上階にレストランがあったの。私が選ぶのはいつも決まって
苺とホイップがのったホットケーキだったのよ。
おこさまランチよりも、ぜったい、それなの」
そっか、遺伝なんだ。
アルバムに貼られた小さな頃の君は、まっすぐ切り揃えた前髪と
キティちゃんみたいにちょこんと赤いリボンをつけていて。
あの写真の子が硝子ケースの前で、いつも通りに指さす一皿を想う。
「おこさまランチはたべなかったの?」
「ああいうのは、男の子に任せておけばいいの。
チキンライスに立ってる国旗眺めて、目を輝かせてる子に」
ぎくっ。なんで旗集めてたのバレてるんだろう。君にはお見通し?
*
そんな我が家のクリスマスは、手作りの苺ロールケーキ。
なぜロールケーキって聞いたら
ブッシュドノエルに決まってるじゃないって。
あ、切り株のつもりだったのか。見えなかった。
鉄板に広げて焼いた、ふかふかの正方形の卵色のざぶとんみたいな
ほかほかのスポンジケーキ。ここまでがママの仕事。
この人は不器用ですからね。僕の出番はここから。
苺を小さく刻んでホイップしたクリームに入れると
春色の淡い花びら色になる。
それをきれいに均等に塗って(ママは均等が苦手)
はじっこからそっと、でも、きっちり巻いていくんだ。
まきまき。(これがもっと苦手)
下手な人はどんどん斜めになっていくからね。
オーブンペーパーごと丸めて、両端をリボンで止めたらそっとしておく。
夜になったら、ママの力作のへなちょこサンタをお皿に飾ろう。
苺を半分に切ってクリームはさんで、チョコの目を書いたやつね。
ちょっとぬけたサンタクロース。
さあ、乾杯しよう。
君はサイダー。僕らはシャンパン。透明な泡泡がはじける。
あ、もちろん、ケーキを切るのも僕がやるよ。
はじっこを狙いに来た二人が口をあけてる。
はい、あーん。同時にあげないと拗ねるからね。ぱくっ。
君と君に、メリークリスマス!