17 セブン・シスターズ③
「面影を追い続ける男」 17 セブン・シスターズ ー断崖③ー
「睦月、そんな風に無防備に俺に話すな!」
彼女が驚いて一歩下がったのは、俺の言葉の強さのせいではなかった。「あなた、日本語、話せるの?」
俺はそうだとうなずいてから、日本語で話しはじめた。
「俺は四国の高松で生まれ育った。高校生の時に、父が蒸発した。あちこち捜しているうちに、日本を出たくなって、いつのまにかここに落ち着いて、ジャズに取り憑かれていた。妹なんていない。これが本当のことだ。どうして俺なんかに心を開く? 他人のことを勝手に信じるな」
「あなたこそ、私を信じているくせに。私だけが無防備に真実ばかり言ってるだなんて、どうしてわかるの?」
彼女も日本語で答えた。
「そうだな。君は本当に彼を愛していたと言えるのか? 昨日泣いていた君は、明日にはすっかり立ち直っているように思えてきたよ」
「あなたにはわかるはずよ。私たちはきっと上手く生きていけない種類の人間で、幸せに自ら背を向けているのよ。私、彼を真剣にすきだったわ。だから裏切られて、傷ついて、恨んでも後悔はしない」
彼女の強い瞳が、今の俺には受け止めきれなかった。
「俺は違うよ」
「ここに来てからの時間。哀しい時間の心のゆらめきが、私にとっては濃厚で、輝いて胸の奥に残っている。悲しみさえもそんな風に思えるようになったのは、あなたのせい。だから、私はたとえ繰り返すことになっても、また新しくなるの」
「俺は、もう、誰も好きになりたくない」
「司だってまた人を好きになるわ、きっと。傷つけられても、辛くて袋小路に入っていく結果になるだけだとしても、好きになる気持ちは忘れられない」
「君は思ったよりずっと強いんだね」
「あなたは何から逃げているの? 彼女は見つからなかったのでしょ? どうして前を見つめないの?」
俺たちは睨み合ったまま、立ち尽くしていた
「ドーヴァーに戻って。帰りは遠回りしないでね」
フェリーを見送りながら、俺は自分の心と戦っていた。
君はなぜ俺が嘘をついたか聞こうとしなかったね。マリアのことを話せば、君を失うと思っていたんだ。
二人の人間を大切に想うが故に、男は両方に嘘をつき、女は両方に真実を語る。
女は、男が嘘をつくことに傷つき、男は、女の真実を知ることに傷つく。
*
睦月はフェリーの甲板で、遠ざかる白い崖を見つめていた。
司が書いたロンドンの住所。これは本当かしら。
いいえ、私は言葉の真偽なんて、本当はどうでもよかったの。あなたの嘘の世界だって、あなたが創り出したものだとしたら、あなたを好きなことに変わりはないのに。
彼の字を暗記するように見つめてから、彼女はメモを破り、海に投げた。
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