13 アイル・オブ・スカイ 背中⑤
「面影を追い続ける男」 13 アイル・オブ・スカイ ー背中⑤ー
「私の話、少し聴いてくれる?」
毛布にくるまって画面を見つめたまま、彼女がきっかけを作った。俺はうなずきながらTVのスイッチを切った。
「初めて会った時から思っていたけど、日本にいる男の人たちは、あなたのように遠慮なく目を覗き込んだりしない。長い時間、照れもせず、視線もそらさず、見つめたりしない。だからずっとどうしていいかわからなかった」
彼女は毛布を置いて、自分の背中を俺の背中に押し当てた。
背骨と背骨がパズルのピースのように組み合わさり、互いが相手に預ける力が心地よいバランスを取った。
「私はここに、休暇で来たわけじゃないの。商社に勤めて四年になる。今年から希望していたネパールの援助プロジェクトチームに入って、自分なりに必死だった」
*
「チームの契約先の会社の人を好きになったの。仕事には影響しないように、周りに秘密にして会っていた。知っていたのは互いの親友ぐらい。きっとこの人がずっと一緒に歩んでいく人だって思っていた。
彼がネパールに出発した数日後、手紙が届いたの。
私、彼の字をきちんと見たのは初めてだった。なんとなく、もっと乱暴な字を書く人かと思っていたのに、その手紙の文字はとてもすっきりした、まるで女の人が書くようなきれいな字だった。
また一つ彼を知ったと思う反面、こんなことさえ今まで知らなかった自分が寂しかった。きっとそれは、手紙を読む前の予感だったのね」
睦月は急にそのあとの言葉を棒読みのような口調で話した。あった事実に色を添えないよう注意しているかのように。
「<君とは違う人と婚約した。忘れて欲しい>と短く書かれていた。
日付は出発の、消印は成田。電話をしたくても連絡のつかない土地。
彼がこれをこのタイミングでポストに入れた意味を考えた。帰って来るまでに私に気持ちの整理をしておいてほしいということなんだろうか。面と向かって言葉にするより、私を傷つけないとでも?
私は混乱して彼の帰りを待てなかった。事実を受け入れる勇気なんてなかった。突然飛び出してきてしまったから、東京に戻っても、元の場所にはもう帰れない。先のことは考えられない」
彼女が話すと、それは音としてより先に、寄り添った背骨に感覚として響き、痺れるような快感になって体中を走った。
*
「俺は行方不明の妹を捜している」
君の背中が緊張するのが伝わった。
「両親は俺たちが小さい頃に二人共、事故で死んだ。
俺は学校を卒業してからずっと、クラブでジャズ・ピアノを弾いて暮らしてきた。妹もそこで歌い始めた。認められてコンサートの舞台にも立った。色んなことが怖いくらいにうまくいっていて、妹もそうだと思っていた。
なのに、ある日行方不明になった。男と消えたという噂だった。俺はもう、無事に暮らしているなら、それさえわかれば、ロンドンに帰るつもりなんだ」
自分の声が一度彼女に伝導したあと、もう一度跳ね返ってくる。不思議なこだまが作り出された。
彼女は背中を二回わかったと言うように軽く打ち付けた後、東京の雪の話をした。
最近は片手で数える程しか降らない。降ってもあまり綺麗じゃないの、紙きれみたいで、と。どうしてそんなことを言い出したのだろう。
こんな時間に上空を飛行機が通過して行った。壁から床へと振動が伝わってくる。
静かになって眠ってしまった睦月から体をずらし、毛布を掛けた。
どうして君は真っすぐな人なんだろう。俺は平気で嘘をつく人間なのに。
今わかった。俺たちは逆なんだ。全然、似てなんかいない。
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* 続きは、9月に入ってから再開します。
いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。