15 ホイットビー①
「面影を追い続ける男」 15 ホイットビー ー嘘①ー
夜中に何度も目が覚めた。はっと天井を見る。灯りは全て消えているのに部屋の中がはっきり見えた。
ここはどこだ。自分がいる場所を自分に説明するために、頭を絞らなければ答えられない。
ホイットビー。そう、また海に沿って南下して来たのだ。昼間ずっと頭が痛かった。眠りたい。
頭の痛みを噛みしめて消そうとすると、一瞬だけ眠気がやってくる。
だが、だめだ。だんだん目覚める感覚が早くなっていく気がする。
そんな頭の中を一つのフレーズがくるくる回っていた。シェイド・オブ・ザ・パスト。過去の陰影?
この町でマリアを捜したあと、ヨットハーバーで睦月と待ち合わせた。マリアの手懸かりは相変わらず何もない。
睦月は海を見ていた。たくさんのヨットのマストが、無数の影のラインとなって映っている。陸に近くなる水面には、町の灯りが映る光のラインが揺れ、二種類のラインは長さはまちまちなのに、横に規則正しい帯となって並んでいた。
そんな場所で睦月がつぶやいた言葉。シェイド・オブ・ザ・パスト。
彼女がささやいたのは、そんな海の絵を象徴するフレーズだったのかもしれない。
俺は瞬間、海面に映る俺と彼女の姿に、過去の影のようなものがまとわりついているのかと思い、慌ててその場を離れた。
*
毛布を体にまとわせても、寒気がした。背中を右から左へ、左から右へ、魂が行ったり来たりしているようだ。天井が高く高く遠ざかっていく。
俺は今夜、何度目かの夢を見ていた。
空を飛んでいる。何もないどこまでも続く細長い草地の上をゆく。
たくさんの人が追いかけてくる。彼らは敵か味方かわからない、見知らぬ人間たち。俺は人の頭の高さ程しか飛べない。飛んでいるというより、必死に空気を掻き分けて泳いでいると言った方が近い。
どうしたらもっと高く飛べる? 鳥のように、せめてあの木の枝まで行ければ、誰も登って来れないのに。
今にも足首を掴まれそうな恐怖。これなら地に足を着けて走った方がはるかに速い。でも、夢の中だから走っても思うようなスピードは出ないかもしれない。
え、夢だからだって?
いつのまにか夢の中の自分を外から見ている。夢の中の自分について考えている、現実の俺がいる。
いつその扉を開けたのだろう。夢と現実の境目が全くわからなくなっていた。口が乾いて、マシュマロを詰め込まれたみたいに、ふわふわして甘かった。
昔からこの夢を見た後には、必ず同じ症状が起きる。腕に力を込めて起き上ろうとしたが、意識が薄れていくのを感じた。
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いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。