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航空灯の甘い煙草

 こんな夢を見た。

 長く細くどこまでも続く梯子を上っている。
 天から垂らされた糸が手を差し伸べてきて、きらっと光って翻り、ここだよと主張してくる。

 掴みそこねて、堕ちていく。
 床に砕け散った硝子素材の自分を見つめる。
 その欠片をそっと袋に集めて、涙を流している自分がいた。

 もう、あの場所にはいかない。傷つくのが怖い。
 でも、運命は行かないことを許さなかった。

 所詮、素人だからと言い訳をして文を紡いてきたことを、そっと告白します。

 出逢った人たちの言葉が、詩を書いていてもいなくても、 詩人が撒き散らした雨であって、それを知ってしまったらどこにも戻る場所なんて失くなったの。

 もう自分のすべてを注いで、覚悟をもって書いていきたくなってしまいました。ああ、恐れていたことが。 素人風情が。自意識過剰が。

 でも、戒め以上に甘美で溢れだす火傷を負うような情熱。予想を遠く遥かに超えてしまった未知なる世界に足を踏み入れようとしている。書きたいことが溢れて来るのを止められない。

 身体という入れ物が、熱い想いに負けてしまって、どくどく言って耐え切れずに吐き気がします。昨夜の白濁した日本酒のせいにしておきましょう。

 ここ数日、私はとても変なのです。

 朝っぱらから過剰な誘惑的な気持ちを持て余し、退廃的な目覚めの性の物語を書きたくなって、夢の中でも夢から覚めても、書き殴っている自分に戸惑う。「私のヰタ・セクスアリス」。ただ自分の殻に閉じ込めておくべきなのかもしれない物語。

 私宛に真っすぐに想いをくださる方に。
 名前に季節が入った抱きしめたいだいすきな人たちに。

 流行る甘いいたずら。いつのまにかもう誰もほっておいてくれない。 私も放っておかない。ここは何処なんだろう。

 今夜のここは、実は手紙の中です。
 私を心配してくれるあなたに宛てたもの。

 いつしか過去の亡霊となってしまった、同じ時間を過ごした男に宛てたもの。そして同時に、或る人へのあこがれにも似た苦い想い。

 真夜中のベランダで煙草を航空灯代わりにつける人。

 臆病者の私は傷つくのが怖くて、何か投げつけられたらしっぽを巻いて退散するしかないのに、ひとりよがりが過ぎる。

 本棚に私は、貝殻を置いています。
 耳をつけると波の音、いいえ、あの日の砂の音がするほら貝を。

 檸檬を持って鉱物を見に、あの紀伊国屋に吸い寄せられるように、ふらりと酔ってしまいそう。

 昔、あの人に贈った硝子の地球玉は、まだ捨てずにあるだろうか。
 君だと想って大切にするよ。そう言って嬉しそうに笑った。

 航空灯替わりに煙草をくわえて空を見上げるあなたの横顔を、そっと見つめるのがすきだった。

 そのまま時間を止めたかった。




「行き先のないノスタルジア」 第6話 航空灯の甘い煙草
 ここに封じ込めた人たちへの甘美なる欠片は、今も残っています。
 あなたは時々今でも鉱物を見に行っているかしら。



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< 第5話 私小説の向こう側

「記憶の本棚」マガジン

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水菜月
いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。