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エスパーニャの夜
エスパーにゃって、ねこ語じゃないんだよ。
スペイン語で、スペインのこと、「エスパーニャ(España)」って言うの。かわいいよね。
フラメンコを習っている時に、スペインを旅行した。南を中心にあちこち巡った。写真をたくさん撮りたくて、そして、やはり本場の踊りを見てみたかったから。
フラメンコ舞踊の先生に、元舞踊団員でセビリアでガイドをしている人を紹介してもらって、会う手筈を整えた。彼女はなかなか日本人離れしたダイナミックな雰囲気の持ち主だった。うん、スペイン合ってる。
噂の彼氏も一緒に案内してくれた。
先生から、彼女がつき合ってるスペイン人の美形の彼氏、絶対見とれるよって予告されていたけど、長身で、想像以上に彫刻のような顔立ちにびっくりした。
モデルって聞いてはいたけど、今まさに通ってるバスの車体広告に載ってるとは! これでフラメンコ踊ったらさぞかし凄いことになるだろうに、踊りはやってないだとー。キィー、勿体ない。
二人は王宮を案内してくれた。私はアラビア風のタイルがだいすきで、王宮の室内の装飾が、殊の外すきだった。南スペインは海を渡ればすぐアフリカだ。異国情緒に溢れている。
*
夜になって、まず大きめの劇場に踊りを見にいったが、全然魅力を感じなかった。私が見たいのはこういうショーではないんだ。できればレッスンしている練習場とか、街の人たちが気軽に踊っている場所とか、観光客用に作られたのでははないものが見たかった。
劇場の前に、なんだかボッコボコにあちこちへこんだ昔タイプの日本車が止まっていた。うっわ、と思っていたら、その窓から何人かが私に手を振っている。よく見たらガイドの彼女もいる。
夕飯に行くからと迎えに来てくれたらしい。乗り込むと、運転している友人ね、最近免許取ったんだよと教えてくれて、真夏のスペインなのにひんやりできた。
あやしい運転に若干生きた心地がしなかったが、川沿いに並んだレストランに着くまで、みんなああだこうだと一生懸命話しかけてくれて、その温かさが嬉しかった。
スペインで食べるものは、ほんとうに何でもおいしい。日本人の好みにも合うんだろうな。魚介もふんだんにある。私はバルという気楽に入れる居酒屋のような店がすきで、飲みながら目の前のタパスをつまむ形式が気に入った。
唯一、昼間食べたパエリヤがあまりおいしくなかったと言うと、みんな口を揃えて、そりゃそうだよー、パエージャはママの味じゃないとーと叫ぶので、イタリアのパスタみたいにおふくろの味が大切にされていることを知る。次来る時は言ってよ、ママに頼むからねって。
セビリアは若者の就職率が壊滅的で、そこにいた人たちもほとんど職がなかった。でも、なんだか明るくて、みんな生きる希望に満ち溢れてみえたのは、どうしてかな。
ガイドをしてくれた彼女の友人たちもそうだったけど、スペインの人たちはとても気さくでやさしい。いつかここに住んでみたいなって思った。
セビリアに来る前に行ったクエンカでも、疲れて駅近くのカフェに入ったけど乾き系のおつまみしかなくて、お腹すいたなって言ったら、メニューにないサンドイッチを作ってくれたな。
再び帰りの列車に乗る前に寄ったら覚えていてくれて、またサンドイッチ食べる?って。ハムとチーズときゅうりの具だけで、こんなにおいしかったこと、なかったよ。
*
彼女は私の頼みを聞くとウィンクをして、ある場所に連れて行ってくれた。また例のガタガタ車で。
そう。私がいちばん感動したのは、セビリアのステージで見たきれいな踊りでも、グラナダの洞窟の熱い踊りでもなかった。
たくさんの人が集まるとあるバー。特にタブラオのようにステージがあるわけでもない。しかし、お酒を飲みながらしばらくいると、急にどこからともなくギターの音がしてくる。歌がはじまる。リズムをとるテーブルを叩く音がする。
ふいに一人の若い女性がすっと立ち上がった。見るからに雰囲気が違う。丈の短いブラウスだから、両腕を挙げるとちらっと筋肉質のお腹が見える。
空気が変わる。セビジャーナス。二人一組で踊る、祭りの踊り。日本だとまずこの曲から触れる教室が多いだろう。
こんなに艶めかしい妖しいセビジャーナスは見たことがなかった。腰つきがぜんぜん違うのだ。
ガイドの彼女に「誰だかわかる?」と聞かれて、私はそのダンサーが日本でも有名な人だと気づいた。私、彼女のビデオ持ってる。
「ここ、みんながお忍びで飲みに来るところなんだ。あんなに昼間も踊ってるのに、なんでまたこうして踊ってるんだろうね」
ほんとだ。ものすごく楽しそうに踊っている。舞台だと、どちらかというともっと怖い顔つきで突き詰めてるのに。
いつのまにか相手を務める男性のダンサーも出てきて、二人が腕を絡ませながら踊る。熱風を巻き起こして、騒ぎは続く。
こんな風に日常に踊りが溶け込んだ情景が見たかった。踊り出さずにはいられないような、熱いものがこみ上げてくるような、でも痺れて動けないような、私にとっては向こう側の出来事。
いつのまにか私も手拍子で仲間に入っていく。言葉ではなく、瞳で探り合えたなら、何か伝わってくる。地響きのような一夜。
朝方までそこにいて、惜しむように、私はセビリアの暑い夏に浸っていた。
「水無月の残り香」 第29話 エスパーニャの夜
この熱い夜のことは、今でも脳裏に焼き付いています。
> 第30話
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