13 アイル・オブ・スカイ 背中①
「面影を追い続ける男」 13 アイル・オブ・スカイ ー背中①ー
スコットランドの北西はハイランドと呼ばれ、木があまり生えない山々が連なっている。
次々と現れる深い藍色の湖と険しい丘。平坦な道がいつまでも続くイングランドでのドライブとはまるで違う。久しぶりに山を見た、と思った。
俺は山の麓の町で生まれ育った。朝晩、山にかかる太陽を見つめて、学校への道を自転車で往復した。
秋には毎年、赤い穂状の小花が咲く植物を摘みに行かされた。葉や茎から染料を取って布を色付ける藍の花だ。
目の前にあるハイランドの湖の色は、その染料水を河口から流して、大きなかき混ぜ棒で静かに溶かしたかのような色だった。
今、目標に向かって確実に近付いている自分がいて、あと二時間後には手が届く。彼女の存在が何か、まだつかめない。でも迷っているわけではない。
この道を走っている自分を、この過程を、一生忘れないでいたいと思う。故郷の記憶と同じくらいに。
空を飛べる、海を渡れる音楽が、俺たちを近付けていく。
*
スカイ島に渡るフェリー乗り場には、カモメが数羽、隊を組んで飛び回っていた。朝の冷たい空気の中で、小さなフェリーが停泊している桟橋には、次に乗り込む人の静かな列があった。
目を凝らすと、海に沿って張り巡らされた鎖の向こう側に、三人の釣り人の姿があった。
その隣に厚手のダウンジャケットを着て、寒そうに身をこごめながら彼らと話している睦月がいた。鎖が揺れると、彼らも一緒に揺れ動いているように見えた。
釣り人の一人が俺を振り返り、彼女の肩を叩いてこちらを指さした。
次の瞬間、満面の笑顔で走って来る睦月に向かって、俺も走った。
全身で俺に飛び込む彼女を捕まえ、はじめてその肩を強く抱きしめた。
彼女の体は微かに震えていた。しばらく、二人で時間を止めた。
コーヒーの香りがして、釣り人の一人が湯気の上がったカップを二つ差し出してくれた。もう一人が睦月が放り出した荷物を担いできてくれた。
三人目が微笑みながら、睦月に「よかったな」と話しかけている。
「待っているうちにすっかり仲良くなったの」と言って、彼女は彼らの狙っている魚の種類を説明した。
カップから立ち昇っていく白い湯気と息が絡み合うのを、俺たちは目で追いかけた。
彼女がいるだけで、人はあたたかさを感じることができる。
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いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。