11 エディンバラ 記憶③
「面影を追い続ける男」 11 エディンバラ ー記憶③ー
睦月の待つところに向かわなくては。
急速に空が暗くなり始め、小雨が降り出した。
俺は何度も道に迷い、その度に歩行者にカールトン・ヒルの場所を聞いた。しかし、気付くとまた一本、道を間違えていた。さっきの門で曲がるべきだった。頭が混乱していた。
咄嗟に口に出た思い出の丘。あんなに行き慣れたはずの道なのに、まるで迷路に紛れ込んでしまったように行き着けない。
やっと大きなカーブの広い坂道に出ると、上から見える街並みを一瞬振り返った。灯りはじめた家々の窓が、自分とはまるでかけ離れた世界に思えて、ものすごい無力感に襲われる。いつから自分はこんなに冷たい時間にいるのだろう。
丘の上のギリシャのパルテノン神殿のような柱の一本に寄りかかっている人影が見えた。遠くからでも睦月がじっと動かずにいるのが確認できた。俺から目を離さずに手を振っている。
草を踏み分け一歩ずつ近付いていく間、俺は彼女を抱きしめたい衝動と闘った。そんな想いを抑え、葉に止まった蝶を捕える時のようにそっと片腕に触れた時、あたたかい流れが走った。この瞬間、俺はまだ存在している。
「睦月」
彼女の名前が俺の声に乗って響く。彼女は反対の手で、俺の腕を掴んだ。
「探し物は見つかった?」
彼女は俺の答えを待たずに、スケジュール代わりの地図を広げて言った。
「次はどこに行くの? もう私の旅につき合ってる振りなんてしなくていいよ」
いつのまにか君に頼りたくなる自分がいた。君といると救われる。だからもう一緒に居てはいけない。
「ごめん。ここからは一人で行くよ。君を巻き込みたくないんだ」
睦月は悲しそうな瞳で俺の目を見てうなずいた。
「大切な人を探しているのね」
インヴァネス行きの夜行列車に乗るという彼女を駅まで送った。
「君といたこの数日間、楽しかった。ありがとう」
彼女は力なく微笑みながら「さよなら」だけ言い残し、列車に乗り込んだ。そして、窓から顔を出すこともなく列車は出発した。
俺は想像以上に呆気ないこの別れに失望している自分を感じていた。自分から言い出したことなのに。
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いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。