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11 エディンバラ 記憶②

「面影を追い続ける男」 11 エディンバラ ー記憶②ー


 家と家の隙間ほどの細い路地に入ると、もうそこにマリアの姿はなかった。

 先へ行くほど狭くなる石段を上がって奥へ進むと、行き止まりになっている。確かにここに入るのを見た。とすれば、この横の木戸から続く家に入ったに違いない。

 エディンバラには、クロースと呼ばれる袋小路が幾つもあり、過去に『ジキルとハイド』のモデルとなった男も、どこかのクロースに潜んでいたと言われている。
 彼は昼間は教会の司祭として人々の相談役となり、夜になると盗みや殺人を犯す、二つの顔を持つ男だったそうだ。

 俺はそんな陽の当たらない家の戸を叩いた。中から女が出て来た。
 肩まである金色の流れるような髪、意志の強そうな瞳、今にも歌い出しそうな唇。

 だが、マリアではなかった。
 目の前の彼女はとてもやつれた顔をしていた。

「失礼しました。人違いでした」
 そう言って去ろうとした時、中から小さな女の子が走り出てきて、俺にぶつかって転んだ。手に持っていたビンが割れて中のミルクがこぼれる。
 俺は白い液体がじわじわと広がり、人が倒れた形のようになるのを茫然と見ていた。

 何か思い出せそうな気がしていた。何かが引っかかった。
 割れたガラスを掃き集めるのを手伝いながら、いつの日かマリアと一度だけ喧嘩した日の光景を思い出していた。

 あの夜、二人でテーブルをはさんでワインを飲んでいた。口論の原因は何だったのか、めずらしく怒鳴り合った。
 彼女が床に叩きつけたグラス。その音で急に血の気が引き、しばらく沈黙が続いた。
 次の日、彼女は同じグラスを買ってきた。以前と同じように戸棚に並ぶグラス。何も変わらなかったかのように。

 でも、そのことじゃない。俺が思い出そうとしたのは、もっと違う種類のことだ。
 だが、記憶には淡い霞がかかり、手の届かないところへと遠ざかっていった。




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⇒ 「面影を追い続ける男」 目次

いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。