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16 ヨーク③

「面影を追い続ける男」 16 ヨーク ー鍵盤③ー


 フォス川を渡った向こう側に、円筒の形をしたクリフォード・タワーが姿を現した。それは青い芝に覆われた大地の上に載せられ、梯子のような長い階段が入口まで続いていた。

 やっと登りきると、息つく間もなく、中には更に螺旋状に通路が続いている。屋上まで辿り着いた途端、急に視界が開けるのも変わらない。

 柵が腰の高さくらいまでしかないので、身を乗り出すと落ちそうになる。晴れ晴れとどこまでも見渡せる景色。
 港で乗船を待つ車のように、家が色とりどりに並んでいる。いつの日か、彼女と見た記憶がまだ昨日のようだ。

「『冒険者たち』ってフランス映画、観たことある?」
 睦月が壁を手で伝って歩きながら、俺に訊ねた。
「いや、新しい映画?」
「ううん、古いの。ラストにこれに似た塔のシーンがあるの」
「そう。どんな話?」

「一人の女と、その人を愛する二人の男の話。彼女は前衛アーティストで、男は若くてハンサムなパイロットと、もう一人は渋い中年で、中古車工場で働いてたかな。若い男がアラン・ドロン。中年がリノ・ヴァンチュラ。女優がジョアンナ・シムカス」
「ああ、有名な映画だね。観たかもしれないな」

「役名忘れてしまったから俳優名で話すけど。男たちはジョアンナを愛していて、特に若いドロンは自分に自信があるんだけど、彼女が選んだのは中年のリノの方だったの」
「飛行機乗りの方が負けたんだ」
「そう。三人は危険な宝探しに海に行くの。ジョアンナとリノは旅から戻ったら一緒に暮らそうと考えているけど、船に乗っている間は、ドロンの気持ちを気遣って二人の仲を黙っているのね。そしてある日、彼女が殺されてしまう。残った男二人は敵に追われながら、最後にこんな塔に逃げてくるの。そして、リノも弾に当たってしまう」
 その後、彼女はしばらく黙っていたので、話はそこで終わりかと思ったが、ここが大事という顔をして、再び続けた。

「死ぬ間際に、リノ・バンチュラがドロンに言うの。
<彼女は、お前と一緒に住みたがっていた>って」
「残された者に対しての愛情か」
「ね。死ぬ時に、相手のために嘘がつける人間て、凄すぎるよね。私のだいすきな映画。いつか思い出したらまた観て」
 その最後の言葉は、まるで別れの宣言のように、俺に響いた。

 塔を降りると、彼女は急に「疲れたから先にホテルに帰る」と言い出した。俺も一緒に戻ると言うと
「あなたにはまだ行く場所があるでしょ」と首を振った。
「帰りがけにワインを買っておくね。今晩は気が済むまで飲もうね」
 笑顔で手を振って去っていく姿が、とても小さく見えた。



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⇒ 「面影を追い続ける男」 目次


いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。