僕と君 3 226
あれは、僕らの間で「226事件」と呼ばれていた。
あの日、そう、2月26日の夜のことだった。
ちょうど生まれて8か月を迎えた君は、リビングにある簡易ベッドの中で
座ってカラカラ鳴るおもちゃと遊んでいて。
僕は会社から帰って来て、遅めのよるご飯を食べていた。
目の前には、あったかい紅茶をふぅふぅしながら飲む
ママの君がいて、なんだかいい光景だなぁってのんびりしていたんだ。
その時だった。
ふと見た君が、ベッドの柵をつかんで、立ち上がっている!
え! え? 僕と君が同時に叫んだから
赤ちゃんの君は目をまるくしながら
自分でもびっくりしちゃったのって顔で、こっちを見た。
次の瞬間、しりもちをついて転がっちゃったけどね。
まさに、クララが立った! だった。
「ねぇ、8か月でもう立つの?」
「うーん、甥っこの時は、1才近くだったような」
焦る新米のパパとママが周りでおろおろしていたら
君はもう一度立ち上がろうとして、今度は前のめりになって
ベッドから落ちそうになった。 おっと、あわてて、キャッチ。
「この子、まだハイハイもしてないのに、いきなりなのね」
「さすが、順番無視するのは君に似て……」
君にきっとにらまれて、僕は黙る。
*
この日から、僕らの生活は一変。
どうやらパパとママが喜んでるって、大きな誤解をした君は
ことあるごとに立ち上がろうとしてはひっくり返り
頭を打ってえーんと泣くを繰り返すんだもの。
ソファーでも椅子でも、何でもつかまり立ちしようとして
失敗してころり。まだアンバランスなんだから危ないよ。
できることならヘルメットさせたいけど、ますます頭重くなるもんね。
床にコルクマットを敷き詰めて、家具の角にスポンジはって
ママは、まったく君から目が離せなくなった。
頼むよ、まずはね、ハイハイだよ。
ひざついて、ねこみたいに歩いてごらん。
ほらって見本をみせるけど、きゃっきゃっとはしゃいで
僕の背中につかまって、やっぱり立とうとする。
寝室のベビーベッドでも立ち上がる訓練。
柵の外にひっくり返りそうになるから、もう怖くて入れておけない。
この日から僕らのベッドの真ん中で寝かせることにした。
ママはベッドガードの代わり。
僕たちは、果てしなく睡眠不足。
*
ある休日、疲れ果てて起き上がれずにうとうとしていたら
火がついたような君の泣き声。
え、どこから?
僕と君ではさんで寝かせたはずなのに
いつのまにかはじっこから落ちて、床で泣いてる。
あわてて抱き上げたら、あーあ、おでこにでっかいたんこぶ。
ガーゼに氷を包んで冷やしたら、ハレひいてきた。
女の子なのにこんな顔にさせちゃったって
しばらくは君を見るたびに、ママは自分を責めて泣き顔。
真っ赤だったおでこは
次の日には青あざになり
しばらくたつと黄色になってきた。
そして、自然に消えて行った。
赤、 青、 黄、か。まるで信号だなって笑ったら
また君が涙目でにらんでいた。ごめんなさい。