17 セブン・シスターズ①
「面影を追い続ける男」 17 セブン・シスターズ ー断崖①ー
風を切ってM1(モーターウェイ)を走っていた。あと一時間もすればロンドンに着く。
昨晩、睦月を抱いたことで、俺たちが特別に前と違うということはないはずだった。だが、俺は内心うろたえて、彼女を俺のアパートメントにこのまま連れて行くかどうか迷っていた。
それは責任とか、同情とかの意味で迷っていた訳ではない。俺は彼女が必要なのかどうか、確信が持てなかったのだ。
彼女の方だって、昨日俺を必要としたからといって、今日もそうだとは限らない。俺は自分の気持ちを割り出すのを、彼女の気持ちを考える振りをして避けている。
「お願いがあるの」
睦月が窓の外を向いたまま言った。
「何?」
「このままドーヴァーに連れて行ってもらえるかしら。私、フェリーでフランスに行くわ」
俺はすぐに答えられずに、煙草を一本吸った。
何故フランスへ? 日本には帰らないつもりなのか?
ロンドンの俺のところに来いと言えば、思い留まる?
たくさんの言葉は、ふるいにかけているうちに、全部消えてしまった。結局彼女を引き止める理由を見つけられずに、俺たちはドーヴァーに向かった。
「あれが有名な白い崖<ホワイト・クリフ>なの? 遮るものが多くて、よく見えないのね」
港から見るドーヴァー城の下の岩壁は、建物の合間にちらりと白い姿を見せているだけで、全景は寧ろ、船に乗ればはっきりとわかるだろう。
彼女はフェリーのチケットを買って戻って来た。
ここからフランスまでは、高速フェリーで九十分もあれば渡れる。そう、いつでも戻って来られる距離なんだ。
俺は、ロンドンの住所と地図をメモして彼女に渡した。
出航の時刻まで、まだ時間があった。
「フェリーはこの後も何船も出ている。ねえ、君に見せたい場所があるんだ。付き合ってくれる?」
急に、ある風景が浮かんでいた。
海沿いの道路を走れば三十分程の距離を、俺は無意識のうちに遠回りの道を選んで車を走らせていた。時を稼ぎ、自分の中のこの感情をどう言葉にしたら一番真実に近くなるか、今を逃したらもう伝えられなくなると焦っていた。
「フランスには行く当てがあるのか?」
「列車に乗って、国境の町に行きたいの。フランスの東、イタリアの西のマントンって小さな港町。そこに、ジャン・コクトーの美術館があって、地中海のように明るい絵があるんですって」
睦月が翳りない笑顔を取り戻し、南仏の明るい空の下で輝いている姿が浮かんだ。それが彼女のためには、いいのかもしれない。
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⇒ 「面影を追い続ける男」 目次
いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。