5 ティンタジェル 男たちの町②
「面影を追い続ける男」 5 ティンタジェル ー男たちの町②ー
ローソクの火を頼りにまた階段を上がる。やはり二十四段だった。
行きも帰りも同じことを何故か確かめる癖がある。
淡い光だけの店の中に影のシルエットが揺れている。カウンターに腰を下ろし、そこで初めてバーテンダーの顔を覗き込んだ。
端正な顔立ち、肩まである細くやわらかそうな髪。
背骨が白いシャツと一緒にアイロンをかけたように真っ直ぐ伸びていた。俺もかなり背は高い方だが、同じくらいだろうか。
ここに入って来た時に感じた古い木独特の香りは、カウンターの奥にある樽から発生しているようだった。
彼がそこから汲んでくれた黒ビールは、何年も熟成したもののように奥深く重い味がして、胃の底に沈み、広がった。
「複雑な味だね」と言うと、彼は口の端を少しだけ上げて微笑んだ。
このところ、酒を飲まない夜はない。何のために、どこまで飲めば気が済むのか。
そう自問自答しながら、虚しく手を伸ばしていた。
自分が酔っているのかさえわからなくなることがあった。
だが、今夜は少しいつもと違っていた。
このバーの香りと不思議なビールのせいか、目の前に静かで穏やかな人間がいるせいか。時折床から足を伝って流れてくる熱を感じた。
それはじわじわと絶えず静かに流れているかと思うと、ふいに震えが来る程大きくなったりを繰り返した。
「今夜はどこにお泊りですか」
「ずっと車で寝泊りしているんだ。今夜はもう少しここにいたいから、店をまだ閉めないでくれないかな」
人を頼っていた。どうしようもなく目の前の何かにしがみついていたかった。
驚いたな。俺はもっと孤独に強い人間だと思っていたのに。
同じ年頃の青年は、自分のグラスにもビールを注ぎながら
「二階は僕の住処です。シャワーもあるし、ベッドも余分にあるので、良かったらどうぞ」と、少し大きな声で言った。
探るようにこちらを振り返った目を見た途端、彼の目論見がわかってしまった。
それでも、熱いシャワーと足を伸ばせるベッドは今とても魅力的だったし、もう足もふらふらだった。
無理強いするタイプではないだろうと楽観的な判断をし、何も知らない振りをして、申し出に甘えることにした。
*
どういう訳か、昔から俺はよく男に声を掛けられた。
仕事仲間、パーティで紹介された友人、道ですれ違っただけの男……。
彼らが俺を男として求めているのか、女の代わりとして見ているのか、状況は様々だった。中には体だけが目当ての男もいた。
いわゆるマイノリティだ。今はそう言わないかもしれないが。
彼らは大抵は俺の話を熱心に聴くために時間を割いてくれる人間だった。悪くなかった。
俺も彼らの経緯を聞くことに興味があった。痛みの共有とでもいうのだろうか。勝手な話だが。
気持ち悪いという感覚はなかったが、肉体交渉には応じられなかったから、それを超えた奴だけが俺の周りに残った。
今の親友もホモ・セクシャルの人間だ。
友人の紹介で知り合った彼は、総合病院の精神科医をしている。
彼に話をすると、とても気持ちが落ち着き、穏やかになれるのを感じた。
職業のせいかと思ったが、彼は繊細で真っ直ぐ生きて来られなかった分、他の人間よりも相手に対して一段階クッションを準備してくれる。あまり人に踏み込まれたくない俺にはそれが丁度よかった。
だが、俺は女しか恋愛対象として好きになれなかったから、いつも奴は一歩離れたところで寂しそうに俺を見ていた。
俺はそれを知りながら、その存在の強さを手離せないでいた。