13 アイル・オブ・スカイ 背中②
「面影を追い続ける男」 13 アイル・オブ・スカイ ー背中②ー
フェリーからもう一度釣り人たちに手を振って、俺はやっと彼女と向かい合った。
「ここで、どのくらい待った?」
「二日。自分がこんなに人を待てるなんて、日本にいる時はわからなかったな。釣り人より我慢強いなんて知らなかった」
そう笑いながら、睦月はここに来るまでの話をした。
「インヴァネスからバスで一時間位かけて、コーダー城に向かったの。途中のカローディンの戦場を通る時にね、脳内で凄い音が鳴り始めた」
「もしかして、戦う音?」
「そう。剣がぶつかり合う金属音や、人々の怒号や、馬の蹄の音。目を開くとものすごい土埃で」
「ああ」一人で怖い思いをさせてしまった。
「でも私、本当の戦争は知らない。ニュースやドキュメンタリーの映像でしか見たことがない。それを想像で組み合わせているだけかもしれない」
「今まで見た幻覚もみんなそうだってこと?」
「きっと。でも、あなたも同じものを見るのを説明できないけど」
「まったく同じではないかもしれないね。でも、その場所に起きた何かが語りかけてくるような気がするんだ」
「ただの幻に囚われている私は、弱さにつけ込まれてるのかもしれない。本当の苦しみや悲しみを知らないから」
「俺たちが違う国に生まれたら、悲劇が現実になってしまう世の中だ」
時代が違えば人生も変わる。この先何が起こるか、誰にも予測がつかない。
「コーダー城はマクベスの城って言われているの」
「またシェイクスピアだね」
「城を守るために外を見張っていた家来が、マクベスに報告しにくるの。
<森が動いています>って。敵が城に向かってじりじりと押し寄せて来る様子を表現するその言葉には、すごく緊迫感があった。だから窓から外を眺めてみたの」
「森は動いたかい?」
「今はやさしい花の咲く庭園だったわ。それに、シェイクスピアが書いた頃、この城はまだ建ってなかったとか」
「名ばかりのゆかりの地だったんだな」
「そう。でもふと思い出したの。宿命とか、彼が言いたかった、たった一つの手違いによる運命の回転について。学生の頃よりはわかるような気がする」
「君とすれ違ったままじゃなくて、よかったよ」
*
甲板で風に煽られながら、彼女は大きな地図を取り出した。
その地図を縦半分に折って、上方左側の島を指さした。
「スカイ島って『空の島』だと思ってたの」
「違うの?」
「S・K・Y じゃなくて S・K・Y・E」
「Eがつくのか」
「<翼>を意味するのね。そう言われて地図を見ると、鳥みたいに見えるから不思議」
たくさん書き込まれていた丸印がなくなっていた。
俺はそれが真新しい地図だということに、しばらくして気付いた。
彼女は裏返しにして右半分が表に出た地図を、黙って俺に手渡した。
ずっと左側を旅してきた俺たち。ここは折り返し地点だった。
君は相変わらず何も訊ねないんだね。ここへ来た意味を説明できない俺をいたわるかのように。
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いつか自分の本を作ってみたい。という夢があります。 形にしてどこかに置いてみたくなりました。 檸檬じゃなく、齧りかけの角砂糖みたいに。