隠し切れなかったもの。
仕事が忙しくなったのもあるが、とある事が切っ掛けでライブ参戦本数が減った。
それはコロナ禍以降の夜行バスが復活しない事も関係あるが、それだけでは無い。
ちょっと重い話になるので苦手な人は回れ右で。
実は去年の2月に7年半同棲&付き合っていた彼女が癌で死んだ。
病気が判明したのはその1年半前。
その時点で既に余命1年と宣告されていたのだが、そんな状況でも彼女は、おいらがライブに行くのを笑顔で送り出し、その間の仕事を回してくれていた。
彼女が放射線治療をする間だけ入院し、体調が落ち着いたら退院、その間はコロナ禍の事もあり、同棲、彼氏であっても親族では無いため、お見舞いも出来ない始末。
だけども、彼女の親は高齢でもあったし、住んでる場所も遠かったりと色々と事情があり、洗濯物や、必要なものはおいらが受け取りに行ったり、届けたりしていた。(受け渡しは看護師さんを通してで会えないままだった)
そんな毎日でもLINEや電話をくれて早く家に帰りたい、おいらのご飯を食べたいと言っていた彼女。
辛いだろうに笑って私は憎まれっ子だから200歳まで生きるよ、って言っていた彼女、そんな彼女が亡くなったのだ⋯
その分のツケが回ってきて、今てんやわんやって訳だ。
そりゃ、行ける本数も減るのは当たり前。
自分は人混みが嫌いだから一緒に行くことは出来ないから、といつでも好きなライブに行ってもいいけど、予めいついつどこどこに行っていつ帰ってくるかだけ教えておいて、とだけ言って、いつもおいらを見送り出して、おいらが居ない間仕事をやってくれていたとてもとても素晴らしい人。
いつでも周りに笑顔を届ける太陽みたいな
おいらなんかには本当にもったいない人でした。
いよいよ危ないとなった時に病院に呼ばれたけど、駆けつけた時には既に亡くなっていた。
彼女の親御さんも立ち会えなかった。
家族葬をすることになり、お通夜の日から葬祭場においらも一緒に過ごせるようにと、彼女の親御さんが取り繕ってくれ、荼毘に付す前に一緒に夜を過ごすことが出来たのは今でも本当に感謝している。
その夜は寝ずに何度も何度も彼女の顔を覗き込んだ。
化粧をするのが嫌いで(肌が弱かったというのもあり)化粧なんてしてなかったのに、亡くなってから綺麗にして貰えて本当に良かった。
おいらより1つ年上の彼女と今じゃ同い年になり、今後はおいら1人だけが歳を重ねていく⋯
正直、未だに彼女の死を受け止めきれていないし、1人寂しい夜を何度も重ねてきたし、これからもそうだろう。
本当はこの事はおいらの胸の中にだけしまいこんでおこうと思っていたし、今でもなんで書こうと思ったのかは分からない。
この文章を書いている今も目から溢れ出して来る涙は止まらない。
ただ、慰めて欲しい訳でもないし、何かをして欲しい訳では無い彼女が生きた証を記しておきたかっただけだ。
完全に自分自身のエゴである。
必要な人は無くして初めて気付くって言うけど、本当にその通りだと思う。
今後も彼女はおいらの中で生き続けるし、これからはおいらと一緒に移動出来るって勝手に思っている。
大切な人が居るこれを読んでいるあなた、大切な人は本当に大切にして欲しい。