朝ドラ『虎に翼』第13週 「俺には分かる」が教えてくれたこと
「俺には分かる」
これは、寅子(伊藤沙莉)の兄で花江(森田望智)の夫でもある直道(上川周作)の口癖である。ドラマの中では、全く当てにならない言葉として家族に扱われていた。直道が「俺には分かる」と言って、寅子のおなかの子を男と予想すると、「じゃあ、女の子だね」と、寅子が返す。寅子の言う通り、生まれてきた子は女の子だった。直道はこの後戦死する。これが、生前の直道が最後に発した「俺には分かる」であった。この「俺には分かる」が、第13週で復活する。
3種類の「俺には分かる」
直道の「俺には分かる」は、3種類に分けられる。1つ目は勘だ。例えば第1話で直道は、寅子が家出しようとした理由を「俺には分かる。好きなやつがいるんだろ」「だから明日の明日の見合いが嫌なんだよな」と説明した。寅子は即座に「違います」と否定する。直道は「隠さなくていい」と言って、寅子の好きな相手を猪爪家に下宿している佐田優三(仲野太賀)だと決めつけた。
直道の勘は半分当たっている。寅子は、一度は否定したものの、結婚に胸が躍らないと打ち明けた。寅子が家出しようとしたのは、直道の言う通り、見合いが嫌だったからなのである。一方、寅子が優三のことが好きという指摘は外れている。寅子は、このとき優三のことを恋愛対象だとは考えていなかった。後に優三との結婚を決めたときも、寅子は社会的地位を得るための結婚だと考えていた。寅子が恋に落ちたのは結婚した後のことである。ただし、優三の方は、前から寅子のことを好きだったと、結婚後に寅子に打ち明けている。優三の方は、すでに寅子にほれていたのかもしれない。
2つ目は、願望だ。例えば第20話で直道は、父の直言(岡部たかし)が贈賄の容疑で検察に勾留されたときに、「無実の人間はすぐに釈放される。朝になったら、申し訳なさそうに帰ってくるさ。俺には分かる!」と言った。直言が無実であったことは後に明らかになる。だが、この時点で、直道は直言が無実であることを知らない。また、たとえ無実の人間であっても、すぐに釈放されるとは限らない。むしろ罪を認めなければ、なかなか釈放されないのが現在にも残る日本の問題だ。実際に、直言は検察に脅されて、やってもいない罪を認めるまで、釈放されなかった。
3つ目は、後付けだ。例えば第24話で直道は、直言が検察への自白の内容を覆し、自身の罪を法廷で否認したあとに、「俺には分かっていたよ。父さんがこの決断をするって」と言った。しかし、この発言の前に、直道が直言の決断を予想していた描写はなかった。当初は言ってなかったことを、結果が出てから「分かっていた」と言ったのだ。
このように直道の「分かる」は、当てにならない。1つ目の「勘」は、当たることもあれば、外れることもある。さらにその根拠も示されない。根拠もなく言っているのであれば、たいていは外れるだろう。2つ目の「願望」も、その多くは叶わない。むしろ叶いそうにもないからこそ願うのだ。3つ目の「後付け」に至っては、当たる以前のものだ。なぜなら、後から何とでも言えるからだ。直道が本当に分かっていたなら、結果が出る前に言わなければ、説得力を持たない。このような経験を経て、猪爪家では、直道の「分かる」を当てにならないものとして扱うようになった。
長男・直人の「俺には分かる」
直道の「分かる」は、長男の直人(琉人)に受け継がれた。猪爪家で一時預かっていた孤児の道男(和田庵)と会うと、花江は機嫌がよくなる。それを不思議に思った寅子に対し、直人は「俺には分かる。恋は人を笑顔にする」と言った。直人は、夫の直道を亡くした花江が、道男に恋をしていると考えたのだ。たしかに、恋は人を笑顔にすることはある。ただし、人を笑顔にするのは恋だけではない。道男が来ると花江が笑顔になるのは恋が理由だとは限らないのだ。
寅子たちは、直人の「分かる」を笑って受け流す。何せ花江と道男は歳が離れている。花江は30代半ば。道男は16、17歳だ。それでも直人は言う。「昔、おばあちゃんも言ってた。まさか寅子と優三さんが一緒になるなんて。人間何があるかわからないって」と。直言と違って、直人の「分かる」には根拠が示された。だが、その根拠は心もとない。確かに、直人の祖母で、寅子の母のはる(石田ゆり子)は、寅子と優三の結婚を予想してなかった。人は未来を正確に予測することはできない。しかしだからといって、ありえそうもないことが必ず起こるわけではない。
結局、直人の「分かる」は外れた。そのことは、第65話で明らかになる。道男が来ると花江の機嫌がよくなるのは、道男が来た晩に花江の夢に直道が出てくるからであった。道男に貸した直道の服を着た道男の姿を見ると、直道のことを思い出してしまうと、花江は第58話で言っていた。つまり、花江は道男に恋しているのではなく、夢に現れる直道に今もまだ恋しているのだ。
花江の道男への気持ちが恋でないことは、第63話の構成からも分かる。猪爪家のシーンで、寅子と花江は、優未と直治との寝姿を見て「かわいい」と言い合っていた。次のシーンで、道男の作った不格好ないなり寿司を見た花江は「かわいいわね」と言っている。そして、花江が立ち去った後に、直人の「俺には分かる。恋は人を笑顔にする」の発言となる。これらのことから、花江の「かわいい」は子どもへの愛しさを表したものであることが読み取れる。つまり、花江は道男のことを自分の子どものように思っているのだ。
直人の「分かる」は、母の笑顔を守るためのものだった。直人は、道男に母を奪われるのをおそれていた。母を守ろうと、道男に馬乗りになったこともある。しかし、母の笑顔を見て、恋する母を受け入れた。つまり、直人の「分かる」は、母の気持ちを理解しようとした末の勘違いだったのだ。
父の妾との歳の差の恋
なぜ作者は花江が道男に恋していると誤解させるような表現をしたのか。それは、猪爪家と大庭家を対比させるためである。大庭家では、弁護士の大庭徹男(飯田基祐)が家族を支配していた。徹男が亡くなると、徹男の妾の元山すみれ(武田梨奈)が大庭家に遺言書を持ち込んだ。遺言書には、全財産をすみれが相続するとあった。ただし、この遺言書が有効であったとしても、戦後の新しい民法では、徹男の妻の梅子(平岩紙)と長男の徹太(見津賢)、次男の徹次(堀家一希)、三男の光三郎(本田響矢)は、遺留分として財産の半分を請求する権利があった。そのことに、大庭家で最初に気づいたのは、父と同じ弁護士の徹太ではなく、梅子だった。梅子は、寅子とともに明律大学で法律を学んでいた。梅子は、高等試験司法科の受験を諦めた後も、法律を学び続けていたのだ。
その後、すみれが遺言書を偽造していたことが、よね(土居志央梨)と轟(戸塚純貴)の調べで明らかになる。これにより、すみれには相続権がないことが分かった。すると、今度は徹太が梅子や弟たちに相続を放棄しろと迫る。しかし、戦後の民法では、梅子や徹次、光三郎にも相続権がある。大庭家は、誰がどれだけ財産を相続するか、子どもたちの祖母の常(鷲尾真知子)の面倒を誰が見るのかで揉め続けた。
そんな中、光三郎がすみれと恋仲であったことが明らかになる。そのことを知った徹次は「最近頼もしかったのは、恋の力ってやつか」と光三郎をからかう。これは、「恋は人を笑顔にする」と言った直人の言葉と重なる。つまり、花江と道男の恋を匂わせたのは、光三郎とすみれの関係を暗示したものだったのだ。常は、すみれを話し合いの場から追い出すよう徹太に命じる。すみれを追い出そうとする徹太を光三郎が止めようとする。
その時、梅子の高笑いが響く。梅子は遺産も嫁の立場も、母親の務めも全て捨てて、ここから出ていくと宣言した。「私を捨てるのかい?」と問う常に対し、梅子は民法第730条を読み上げる。
この条文は、「直系血族及び同居の親族でなければ、互いに扶け合う義務はない」とも読める。つまり、梅子が大庭家を出れば、子どもや義母の面倒を見る義務はなくなる。民法第730条は、戦後、新しい民法を作る過程で寅子の前に立ちはだかった政治学の権威、神保衛彦(木場勝己)の置き土産であった。古い価値観に基づいた法律が梅子を救う。法律は使いようなのだ。こうして梅子は家父長制から解き放たれた。「ご機嫌よう!」そう言って立ち去る梅子の表情は、いつになく晴れやかだった。
分かり合えた猪爪家と分かり合えなかった大庭家
大庭家を出た梅子は、花江の相談に乗る。花江は義母のはるが死んでから、家事を完璧にこなせないこと、子どもたちに心配をかけたことに悩んでいた。梅子は言う。「いい母になんてならなくていいと思う。自分が幸せじゃなきゃ誰も幸せになんてできないのよ」と。それを聞いて花江は考えを変えた。「手が回らないときは、みんなに手分けして助けてほしいの」と、子どもたちに頼んだのだ。その夜、花江の夢に直道が現れる。花江が直道に言う。「私には分かる。直道さんがずっとそばにいてくれてるって」と。直道は返す。「分かってくれているって、俺には分かっていたよ」と。
猪爪家は、家族で助け合いながら暮らすことを選んだ。猪爪家の人たちは、時にすれ違いながらも、お互いのことを分かり合おうとしていた。直道と直人の「分かる」は、目の前にいるあなた(たち)の気持ちが「分かる」だったのだ。一方、大庭家の人たちは、お互いのことを何も分かっていなかった。子どもたちのことを一番に考えていた梅子でさえも、子どもたちのことを何も分かっていなかったのだ。猪爪家にあって、大庭家になかったもの、それは互いに分かり合おうとする姿勢だった。そのことを「俺には分かる」の口癖は教えてくれる。
追記(2024年7月5日16時29分)
第14週では、寅子と娘の優未(竹澤咲子)のすれ違いが徐々に大きくなり始めた。優未は、忙しい母に負担をかけないよう、いい子を演じている。
優未は、寅子に遠慮して、思っていることが口にできていなかった。「思ってることは口にだしていかないとね」第15話で直道はそう言った。直道の言葉は、花江に受け継がれているはずだ。花江の言葉が、第15週の予告編で流れた。「寅ちゃんが見てるのはね。本当の優未じゃないの」と。花江の助けで、寅子はようやく、本当の優未の姿を見るのだろう。
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