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地味に大事な「給食指導」

食べ物の恨みは恐ろしい

これは、ほぼ真実で、多くの子どもたちが楽しみにしている給食の時間を疎かにしているとそのうちに痛いしっぺ返しをくらってしまうので、気をつけましょう。
学級がぶっ壊れてくると、力をもっている子の分だけが大盛りになったり、お代わりジャンケンに不正が働いたりします。おとなしい子たちは、表立って文句は言いませんが、こういう状況を容認している担任を見下すようになり、全員のコントロールを失います。

キーワードは「平等」 当番が座ってからいただきます。

まず、給食当番。言わずもがな「当番」ですので、必要な分掌ですから全員に平等に役割が回るようになっています。
当番の配膳が終わって、白衣を脱いで自席に座るまで「いただきます」をしてはいけません。食べる時間はみんな「平等」です。たまに、空気が読めない子が「早くしろよ。みんな待ってるんだぞ」って文句を言いますので、全員の前で徹底的に糾弾します。「待つのが当たり前。みんなは、全員が揃うのを待っている。君は、食べる瞬間を待っている。二度と自分のわがままな気持ちを人に押し付けたり、分からせるような我が儘な発言をしてはいけません。

配膳の失敗は、全員でカバー

時々、配膳に失敗します。最初の方は、大盛りに気味に配膳した結果、途中から量が少なくなってしまったり、全員まで配り終えないうちに食管が空になったりします。たまに、「給食室に取りに行っておいで」って自分たちの尻拭いを給食室にさせる教員がいますが、とんでもない。どんなに時間がかかってもクラスに割り当てられた分量で解決しなくてはいけません。決められた条件の中で工夫をするからこそ、思いやりが生まれてきます。
当番がどこで学んだのか「足りなくなったので、寄付してください」って言うことがありますが、すぐに言葉を訂正します。「寄付じゃない。義務です。」
そして、「多い人は戻しにきてください。」って言いなおさせます。それでうまくいかないぐらい酷いと思ったら、「全員、減らしにきなさい。」って言って、担任が当番の代わりに、皿の分量を見て、仕分けします。
ちょっと変わってるところで、「班の中で一番多い人戻しに来なさい」「2番目に多い人・・・」っていうのもわかりやすいし、班で監視されるので食いしん坊の狡さを晒すことができます。

無理強いはしないが「好きなものだけ」は認めない

毎日の大きなイベントは、「お代わり」
私の場合は、2通り。数ものは給食終了間際に全食品を食べ終わった者の中でお代わりを希望するものが集まって、ジャンケンで取り合う。2品目あったら、同時に行って、選択権は平等に1品のみ。
数えられない物は、全食品食べ終わった子から、早い順にお代わりをしていく。ただし、後ろに並んでいる人のことを考えて装うようにさせました。どんなに先頭に並んでも、好きなだけ取るのではなく、次に待っている人のことを考えてセーブできるように促しました。そのうちに、誰も並んでいなくても、子供自身が「おかわりするつもりのある人?」って待機人数を確認して、塩梅するようになっていったのは、とても嬉しい成長でした。
好き嫌いについては、特に指導はしませんでした。自分や我が子の経験上、成長に従って、食の好みは変化するので、小学校の給食1回で矯正する必要なはないとの考えです。なので、一品を全く食べない子もそれを認めました。ただし、全食品を食べなかった子は、お代わりの権利を与えませんでした。これも「平等」を意識したルールでした。

平等に先生も同量のはずだったのだが

たまに、子供に装わせようが自分で装うが山盛りにする教員がいますが、私は、突っ込まれないように子供と同じようにしました。給食費で考えればわかりますが、教員は高学年と同じ給食費を払ってます。(因みに、低学年、中学年、高学年で給食費は違っていて、相応にポーションや数で差別化が図られています。)であるならば、高学年と同じ分量を食べるべきと考えます。実際には、基礎代謝も違うので、量は多い方が身体的には正しいと思いますが、1日の一食、しかも200円ちょっとしか払っていないものに意固地になるのはスマートではない。
そのように子供たちに言っていたのに、たまに食器から溢れんばかり山盛りにしてくれることがありました。
「先生、どうぞ」って、満面の笑みで配膳してくれます。クラス全員が私の方を見つめてニヤニヤしているのが見えるのです。
大嫌いな山盛りの「レバー」の向こうに。


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