ジムで『カードキャプターさくら』を観ることについての是非
ジムに通いはじめてかれこれ一年半ぐらいになりました。
私が通っているのは田舎の公営ジムではありますが、なかにはメニューや回数をちゃんと計算して頭を使ってトレーニングしている人もいます。ただ、ほとんどは私みたいになんとなく体を動かしているだけで、そういう人にとってはトレーニング中の時間ってけっこう退屈なんですよね。
ありがたいことに今の時代は動画配信サービスの普及によって手軽に映像コンテンツを楽しめるようになったので、私はだいたいアニメを観ながらトレーニングしています。
今期だとヴィンランド・サガなんか良いですよね。屈強なヴァイキングたちの弱肉強食の世界、トルフィンの怒りと成長。アドレナリンがたぎるような熱い物語は、筋トレにも相性抜群。
トレーニングしながら、そんな血沸き肉躍る男臭いアニメを観ていると思うんです。
「は~ カードキャプターさくら観て~」 って。
カードキャプターさくらといえば言わずと知れた女児アニメの金字塔。現在ネットフリックスで配信中。
いまさらすぎるほど有名なタイトルですが、私は2019年にカードキャプターさくら初見。そしてハマる。ただただおもしろい。さくらちゃんかわいい。ずっと眺めていたい。そう、それがトレーニング中であったとしても、です。
ただ私のいままでの経験上ジムでカードキャプターさくらを観ている人間はいませんでした。
現在進行形でカードキャプターさくらにハマっている私は「クリスマス回のさくらちゃんのお洋服かわいいよね~!」とか「スピネルがお菓子に酔っちゃう回最高だよね~!」とか「さくらが『ミラー』で作った自身の分身を桃矢が見抜き、その上でその分身に優しく接してあげるところの良さ...」と、誰かと語り合いたい欲求があふれていますが、いまだその欲は満たされていません。
なのでもし実際に私がジムでカードキャプターさくらを観ている男を見かけたら、
(ほう、52話ですか...。『パワー』のカードで力持ちになって公園のペンギン滑り台を運ぶ姿を、「ぜったい見ちゃダメだからね!」とシャオランくんに恥ずかしがりながらお願いするさくらちゃんの乙女心がキュートな回...。)
と、1ツイートにギリ収まるぐらいの情報量を込めたアイコンタクトをその男と交わしてしまう可能性はあります。この孤独な世界でようやく同じ言葉を話すヒトに会えた、そんなよろこびにうち震えることでしょう。ただその男がこちらに体を向け「あなたも観ますか?」と笑顔で尋ねてきたら安部公房の『飛ぶ男』のラストみたいに絶叫して拒絶するだろうことは想像に易いです。
そう、ジムでカードキャプターさくら観てる男は 怖い 。
先述の通りヴィンランド・サガのような青年誌ないし少年誌原作のアニメなら問題なくジムで観ることができます。しかしカードキャプターさくらはクラシック女児向けアニメ。成人男性がニヤニヤしながら観ていれば周囲から望まぬ注目を集めてしまいかねません。
しかしまあ、ジムでなんのアニメを観ながらトレーニングしようが自由ではあります。ジムの注意書にも
他の方が驚かれてしまいますので以下の行為はお控えください
・大きな声は出さないようにしてください
・入れ墨・タトゥーは他の方から見えないようにしてください
・館内でのレリーーズ!!はご遠慮ください
とは書いてありません。汗まみれで荒い息づかいの男が、空に向かう木々のようにさくらちゃんをまっすぐ見つめていてもジムのルール上は問題ないということになります。
しかしいくらそれがルール違反ではないと言えど、危機管理能力が十分に備わっている人間はカードキャプターさくらを観ている男の隣でトレーニングしようとはしません。もし私がカードキャプターさくらを観ながらトレッドミルを使用したとすれば、私の左右の機器をだれも使わなくなってしまいます。それによってジムの円滑な運営に問題が生じてしまえば、インストラクターにマークされてしまうのも必然です。
「お兄さん、ジムでの少女アニメはちょっと・・・」
と、声をかけられてしまうかもしれません。しかしこのような場合でもパニックになってはいけません。ここでの対応の如何によっては出禁になってしまう可能性もあります。
「さ、さ、さくらちゃんが、見たくて、えっと、別に、変な意味じゃなくて、さくらちゃんが、かわいくて、その...」
これはいけません。このような対応では、その場で拘束され警察病院で体内にGPSを埋め込まれてしまいます。あくまでクールに落ち着いて振る舞うことが重要です。
「お兄さん、ジムでの少女アニメはちょっと・・・」
「おっと失礼、驚かせてしまったようですね。しかしあなたはカードキャプターさくらを少女アニメとおっしゃいますが、その認識はかならずしも正しいとは言えません。カードキャプターさくらは決して子供だけに向けられて作られたアニメではなく、年齢・国籍・時代を問わず誰しもが楽しめる作品。ひとつのマスターピースともいえるこのアニメに『少女』と冠してしまうのは、私にはいささか窮屈に思えます。(ここで額の汗を拭い、さわやかにほほえむ)
トレーニングは自分との戦い。気持ちが乱れていては十分な成果は望めないことはインストラクターであるあなたにもご理解いただけるはず。その孤独で苦しい時間を最期まで戦い抜くまでの儀式 - リチュアル - 。それが私にとってカードキャプターさくらを観る、ということなのです。
どんなに苦しいときでも笑顔を絶やさず、友達と家族を守るさくらちゃん。我々はその献身的な姿に励まされ
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリ(火災報知器のベルがフロアに響く)
っ!これはクロウカードの気配!?
ごめんなさいインストラクターさん!続きはあとでっ!
行くよケロちゃん!!(ジムから駆け出す)
待ってや、さくら~!(裏声)
と、もしものときはこの通り自然にその場から逃げる算段をしています。逃げるほか術はありません。痴漢冤罪と同じです。
やはり脳内でいかにシミュレーションしても、ジム内でカードキャプターさくらを観るのは少し難しいようです。他人への配慮をふまえ妥協案としてスマホをポケットに入れて耳だけで楽しむという方法もありますが、それでも一歩間違えてスマホからイヤホンが外れてしまうと、さくらちゃんのかわいい「ほえ~!」がフロアに響くことになりかねません。
ベンチプレスマシンでは、みなさん神経を集中させて自分の筋肉が許容しうる限界の負荷のバーベルを挙げています。そんな人が『聴き続けると綺麗な円が書けなくなる』と言われる丹下桜の極甘ボイスを不意に耳にしたらどうなるか。これはもう、生死に関わる事故が起きますよ。
「最期に耳にするのが丹下桜の声だとすれば、その死こそ『完成』なのでは?」という古のヲタク諸兄の意見もあるかと思いますが、他人に迷惑をかけてしまうことは避けたいものです。やはりジムでカードキャプターさくらを観るのはいけないことなのでしょうか。
という悩みを人に相談したら、
「さくらちゃんのお父さんみたいな肩幅になりたいのかな?と思われるから、問題ないんじゃない。」
とのことでした。
以上です。